君の知らないものがたり
「え、閉店、、、ですか?」
突然の出来事だった。
ミーティングがあると店長に呼ばれ、はじめ当たり障りのない話をしてたかと思うと、資料を渡されて、その事実を知った。
「去年700万以上の赤字を出したんだけど、まあ、決定打はそれだけじゃないからね。。。」
「はぁ。」
人生でかなりの出来事だったはずだが、我ながら腑抜けた返事をしたものだ。
いつやいつやと言われて、数年。
なんだかんだで続いてくものと思っていたが、違った。
終わりは突然訪れた。
とはいえ、実際の閉店まではかなりの日数があった。
それまでは、変わらない日常を過ごすこととなった。
…いや、過ごすはずだった。。。
「え、ガン?」
それは、閉店直前の会社の健康診断だった。
肝ガンが見つかったのだ。
幸いステージは軽く、経過観察にはなった。
ガンならすぐ治療を! と思いもしたが、肝ガンは進行がとても遅いもので、状態が良好なら自然治癒する場合もまれにあるらしい。(ほとんどないが)
いかんせん、酒もタバコもしてないのに、何故肝ガンなのか。
しかもこのタイミングで。
ついてない。
人生今どん底真っ最中なのかもしれない。
そしてオレはヤケを起こした。
初めて風俗に行ってみた。
30数年生きてきて、彼女はできたことあったけども、そういうことにご縁はなく、童貞ではないが、いわゆるナマはしたことなかった。
「吉原って東京にあったのか、、、」
知らなかった。新事実だ。
語幹から勝手に京都周辺だと思っていた。
そしてオレは、浴場介助の名の下に、初めての経験をしたのだっ!
…大したことなかった。
とてもじゃないが、別にどうでもいいことだった。
スキン有りとナマ。
何も変わらない。
むしろ汚れるから、ふつーにベッドでしてたらできないなとも感じた。
浴場ならではだ。
やはり、愛する人とするのが1番だ。
生殖行為は、スキンシップ、コミュニケーションの一つでもある。
今日初めて会った知らない人とシても、彼女がいた頃の愛し合う感動に勝るものなんて、何一つなかった。
出会い系で探してしてる人は、よっぽどモノ好きなんだなと、深く深く感じた。
きっと一生もうここにお世話になることはないだろう。
モニターとヘッドホンと、自らの素手で充分なのだ。
また一つ大人になった。
そんな気がした。
あくる日。
体調がすごぶる悪い。
ガンがいきなり悪化したのだと思い、かかりつけの病院に行った。
血液検査の結果、
「え、HIV...?」
そう、エイズになった。
終わった。
終わったんだ。
これで、オレの人生は。
もうきっとこれからは何をしても許される。
だって、職を失い、ガンを患い、不治の病まで手に入れた。
これ以上のドン底、いったい何があるってんだ。
教えてくれ。
なんだってオレがこんな目に遭わなきゃならんのだ。
笑えてきた。
ああ、これが狂気か。
笑うとなんだか楽しい。
そっか。
人間は、楽しいから笑うんじゃなく、
笑うから楽しいのか。
これは天啓だ。悟りだ。真理だ。
とてつもない全能感に包まれた。
ほら、もう痛みだって感じない。
ただただ楽しい。
もうどうなったっていいんだ。
しばらくの間、笑いが止まらなかった。
「はい、もういいですよ」
ふと意識を取り戻すと、見知らぬ白い服を着た人がいた。
なんだか頭が回る。
ひどい二日酔いのよう。
なんだろ、これ。
よだれも勝手にこぼれる。
「ああ、始めての反応なので、仕方ないですね。これから慣れていきましょう」
何を言っているのかわからなかった。
オレはそのままゆっくりと目を閉じた。