昇り木葉付八重芯引先青紅光露
その男は、いらいらして落ち着かなかった。
最初に話しを聞いた時は、
「何をバカなことを言っている、どうせ恥をかくだけなのに…」
と、思っていたのであるが、どうも本気で言っているらしいことが分かってくると、一概にもバカなやつらだと言ってもいられないような気になってきた。
その男らの住む地方では、昔から花火が盛んである。江戸時代から、祭りには村人による手作り花火が使われていた。
この村人による花火が発展し、今ではその町には大きな花火メーカができていた。
この花火メーカは、神屋花火工業株式会社といい国内では最も大きな花火会社の一つであった。
そして、隣町にはもう一つの大手花火会社の七軸煙火工業株式会社があり、神屋花火工業のライバル会社であった。
歴史を紐解くと、隣町とは昔から花火で競い合っていたのである。
もちろん、江戸時代は今のような華やかな花火ではなく、のろし花火呼ばれる単に尾を引きながら空に弧を描くだけのものであったが、それでもその高さや明るさを競っていた。
どちらの町も花火では負けられなかった。打ち上げ花火の基本と言われる菊物を始め、仕掛け花火や創作花火、連発物のスターマインにおいても、ともに小さな町の最大の産業であり、また最大の会社である神屋花火工業と七軸煙火工業は競い合ってきた。
だから、どちらかの会社がその年の花火に見劣りすることになれば、その町が隣町に負けたことになる。
毎年、この町のそばを流れる県内では最も大きな川の河口で花火大会が行われてきた。
この時は、両社だけでなく町をあげての大騒動となる。打ち上げられる花火ごとに点数が付けられ、最優秀作品には内閣総理大臣賞が授けられる。
この賞をどこの花火メーカが取るかが、毎年の話題だった。
総理大臣賞を受賞するかしないかで、来年の花火の受注が大きく違うのである。
受賞できれば、確実に売り上げが五割はアップする。花火会社の収入は大きく増えるし、ひいては他にこれといった産業のない町にとって、それは大きな意味を持ってくる。
もちろん、その花火大会には両社だけでなく、日本中の主たる花火メーカが多数参加するのであるが、これまでその最高の栄誉を受賞していたのは、ほとんどが神屋花火工業か七軸煙火工業のどちらかであった。
実際、昨年と一昨年が神屋花火工業で、その前は七軸煙火工業が二年続けて内閣総理大臣賞を受賞しており、ここ十年で、この両者以外の会社が栄誉を手にしたのはたった二回だけであった。
それほど、この二社の花火技術は他を圧倒して卓越していたし、その芸術性も優れていたのである。
今年も両者の間で優勝が争われることは間違いないと関係者の誰もが予想していたが、大会二か月前になってそのプログラムが公表された時、皆があっと驚いた。
七軸煙火工業が催す花火は、『四尺四寸玉(四十四号玉)昇り木葉付八重芯引先青紅光露』であったのである。
これがなぜ驚くのかといえば、まず、これまでの打ち上げ花火の最大のものは四尺玉(四十号玉)で、日本海側に面した県の花火メーカがその四尺玉の花火の打ち上げに成功したのは、数年前だった。
未だにこの大玉の打ち上げは、ギネスブックにも載っている世界最大のものなのである。
今回それを上回る世界記録を狙ってきたものであるから、驚かない訳がない。
ちなみに、花火の一尺は約三十センチメートル(一寸は約三センチメートル)であるから、四尺といえば直径一メートル以上、重さにして約四百二十キログラムもあるのである。
それをさらに四寸分、約十二センチメートル上回ろうとしている。球の体積は半径の三乗に比例するからその重さは、四尺玉の一、三三倍の約五百六十キログラムにもなる。
この約五百六十キログラムの火薬のかたまりを別の打ち上げ用の火薬で大空に上げる訳であるが、これが大変なのである。実際に四尺玉の打ち上げに成功するまでには、何回となく失敗している。
四尺玉ともなると大空で開花した時、直径六百メートルくらいまで広がる。
と言うことは、少なくとも三百メートルより高く打ち上げないことには、大輪(大菊)がまるくきれいに開いた花火とはならないのである。
五百六十キログラムもの花火を三百メートル以上も打ち上げるとなると、打ち上げ用の火薬の量も莫大なのもとなる。
しかし、単に打ち上げの爆発力を目茶苦茶に大きくすれば、打ち上がるであろうが、その時の衝撃で玉自体がばらばらに壊れてしまう危険性がある。玉が壊れてしまったのでは、花火にならない。
それでは、ちょっとやそっとの衝撃では玉が壊れないくらいに頑丈に作ればいいだろうと考えるかもしれないが、そうすると逆に上空で玉本体に着火した時に、頑丈過ぎてうまく開かない花火となってしまう。
まさしく、打ち上げ花火とは、物理的に非常に狭い範囲でこの問題を切り抜けているのである。
以前に四尺玉の打ち上げに失敗した時は、やはり重すぎて大空に上がらず、打ち上げ筒の中で玉に点火してしまい、大地上に上半分だけの半球状に開いてしまった。これは、見方によってはきれいなものであるが、空にぱっとまんまるに開く菊を最高なものとしている花火師たちにとっては、屈辱以外のなにものでもなかったのである。
その様な困難な四尺玉(四十号玉)をさらに一気に径で十センチ以上、重さにして約百四十キロも重い四尺四寸玉(四十四号玉)を打ち上げようというのであるから驚き以外のなにものでもない。
これだけでも目を剥くほどのことであるが、七軸煙火工業はさらにその上に八重芯と呼ばれる三重丸の菊を出展することを明らかにしたのである。
この八重芯菊は、日本花火の最高峰の芸術作品であって、その辺の花火大会では滅多に見られない。
それこそ、秋田県大曲や茨城県土浦などの日本を代表する花火大会において花火師たちが粋を凝らし、その年の全てをその一発に注ぎ込んで打ち上げるものなのである。
そんなに難しく芸術性の高い作品を世界最大の四尺四寸玉で打ち上げようというのは、実際のところ関係者にしてみれば、驚きを超えて呆れたといったところであった。
神屋花火工業の技師長もその一人で、もっと正直なところは、
「なにバカなことを言っているんだ。万が一、四十四号玉の八重芯菊ができたとしても、どうやってあの繊細なものを打ち上げるんだ、とうとう狂っちまったんじゃないか七軸煙火のやつらは…。どうせ恥をかくだけなのに、うちが二年続けて優勝しているからといって、なに血迷っているんだ…」
とつぶやいたのであるが、決してこれは彼一人ではなかった。
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今回の花火大会で七軸煙火工業が四十四号玉の八重芯菊を催すことは、花火関係者だけでなく、一般市民の間でも広く知れ渡ることとなった。
その理由は、新聞の社会面とテレビのワイドショーに取り上げられたためで、運動会の玉転がし競技に使う玉に負けないくらいの大きな花火玉を製造しているところがテレビで紹介され、ギネスに挑戦することなどを女性レポーターはテレビカメラに向かってけたたましく捲し立てたのである。
そんなこともあって、今回の大会は例年以上に大勢の観客がつめかけることが予想されたが、テレビの生中継の申し込みなども大会本部にあり、否が応でも前評判は高まった。
七軸煙火工業での四十四号玉作りの状況は、定期的にワイドショーでレポートされた。それで見る限りでは順調に進んでいるように思われたが、それが本当に大空に打ち上がり、みごとに開花するのかどうかは、そのレポートでは分かるはずがなかった。
しかしながら、神屋花火工業の技師長は、次第になんとなく不安にかられるようになってきた。
絶対にできやしないと思いながらも、ここまでの七軸煙火工業の自信はどこからくるのか…。
安全確保の観点から普通は花火の製造現場には、部外者は厳しく立入りが禁止されている。七軸煙火工業が積極的に招き入れない限りは、そんな危険な現場をレポートできる訳がないのである。もちろん、七軸煙火工業の宣伝になる訳だから悪くない話ではあるが、逆に、もし失敗したなら世の中の笑い者になるだけである。それも今度は日本中の笑い者である。
大変なリスクがあるはずなのに、七軸煙火工業は何の臆することもなく果敢にチャレンジしようとしている。不思議である。
ひょっとして、既に七軸側は四十四号玉の打ち上げに成功しているのではないか。今回の件には何か隠されたものがあって、成功することが分かっているのではないか。もし、成功すれば、七軸側は大変な栄誉を手にすることになる。
ここまで技師長は考えて、大きく首を振った。
「そんなバカな…、四十四号玉が打ち上がる訳がない。まして八重芯菊だなんて…」
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その年の花火シーズンも終わろうとしている八月の最終土曜日が大会の日だった。
大空で開花したときの直径が七百メートルを超えるようなとてつもない大玉を打ち上げようというのだから、打ち上げ筒の周辺の半径七百メートルは保安のために一般の立入りが禁止され、観客の見られる場所が例年以上に少なくなっていた。
さらに、その上に例年の二倍以上の観客が早々とつめかけたものだから会場周辺は大混乱となっていた。
とにかく、夜七時半から大会は始まった。
より選られた花火メーカが、その年の新作を打ち上げていく。蝶や鳥などを象った型物もあれば、地上すれすれまで火花が垂れる柳などもあったが、ほとんどの作品が菊物であった。
日本花火は、菊物に始って菊物に終わると言われるほど、それが基本となっている。
菊物花火は、いかにまんまるに、放射線上に真直ぐ火花(星)が飛び、きれいな色を出すかが重要である。星が垂れたり抜けたりしたら見栄えが悪く減点されてしまう。その上に星が色を変えて開くときに、一斉に変化して一斉に消えないといけない。
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神屋花火工業の順番が回ってきた。今回の作品は、『昇り銀竜八重芯錦先紅銀乱』であった。
つまり、玉が銀色の尾を引きながら上昇し、中央に二重の芯を描いた外側に、まず錦(黄茶色)の光が開き、その菊状の花弁の光が暗い紅から明るい紅に変わり、さらにきらきらきらめく銀色に変わって終わる、というものであった。
光の輪が夜空に開き、ドンという腹に響く花火音が伝わった。
みごとだった。開花のタイミングも打ち上げられた玉の頂上でぴったり合って、玉の座りも最高だった。どの花弁も真直ぐ開き真円に等しく見えた。色の変化もどんぴしゃりで、最後の銀色のきらめきも一斉に光り、そして消えた。
すばらしい!
観客の中からは、
「ウワー」
といった、ため息とも驚きともつかない喚声とともに、大きな拍手がわき起こった。
今日の中はではもちろん、近年まれに見る最高のできだった。いや、ひょっとしたら、日本中でこれまで打ち上げられた菊物花火の中でも最も優れたものかもしれない。
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とうとう、最後のメインイベントである四十四号玉の打ち上げとなった。
神屋花火工業の技師長は、大会本部の桟敷席の一番隅で目立たないように静かに座っていた。
「自分の会社の花火はすばらしかった。予想を超えた最高のできだった。あとは七軸煙火のものさえ終れば、今年の優勝が決まる。そもそもこの様な芸術大会の場に四十四号玉なんてとんでもない企画を持ってくるなんて非常識過ぎる。大会本部は何を考えているんだ、どうせまともに打ち上がる訳がない、打てるものなら早く打ってみろ」
そう思ってじっと待ったが、なぜか喉の渇きだけは、冷えた麦茶を続けてコップに二杯飲んだのにおさまらなかった。
上空には、テレビ中継に備えて二台のヘリコプターが飛び、四十四号玉が開くところを上空から撮ろうとしていた。
テレビ局にしてみても、今回の打ち上げが失敗に終っては示しがつかない。全国何百万人という視聴者が、この打ち上げを固唾を飲んで待っているのである。
なかなか、大玉は打ち上げられなかった。
そのうち会場には、マイク放送でヘリコプターが上空の危険区域に接近し過ぎたために、そこから退出するのを待っているとの説明があった。
せっかくの緊張したムードに水をかけられたような雰囲気になったが、間もなく無線で忠告を受けたのか、ヘリコプターは離れて行った。
上空がやや静かになって、再び緊張が高まってきた時、直径が約一、二メートル、高さが約五メートルもある打ち上げ筒の発射火薬に点火された。
「シュポッ…」
という独特の発射音とともに、夜空に向けて花火が飛び出した。
観客席からは、導火線に付いた微かに赤い火が上空へ昇っていくのが見えた。
とにかく打ち上がった。
最悪のシナリオである打ち上げ筒の中での爆発だけは、避けられた。
この後は、少なくとも高さ四百メートルまでは上がってくれないといけない。もし、それより低空で開花したりすれば、完全な菊とはならず失敗である。
花火は上昇しながら時折、緑色の光を左右に放った。これが『昇り木葉付き』と言われる導火線に仕掛けをした『曲導付き花火』の特徴で、最後に大菊を開かせる前の茎と葉のイメージを描き出しているものである。まさに、日本花火の凝りに凝った造形美の面目躍如といったところである。
徐々に上昇のスピードが落ちて、今までに打ち上げられたものと比較しても相当に高い位置まで上がり、見えなくなったと思ったその時、ぱっと火花が開いて光が同心円状に伸びていく。
中心が白、そして次に緑、外側が青と三重になった光の花弁の外側はさらに一斉に紅に変化した。
これが四十四号玉かと思った瞬間、ドンという耳をつんざき、体中に響く大爆発音とともに見上げた顔全体に衝撃波が鋭くぶつかるのを感じた。
夜の天空を全て埋めてしまうかのような巨大な菊は、まるで観客席までも包み込むように大きく広がると、最後に白く鋭く光り、辺り一面を昼間のように照らし出すと静かに消えた。
観客には言葉が出なかった。
世界一の大きさといい、その上に八重芯の変化菊を見事に描いて見せた。
玉の座りも星の張りも、そして光の変化の華麗さも、その大きさを抜きにしても最高であった。
誰が見ても、完全に神屋花火工業は七軸煙化工業に負けたのである。
桟敷席の中で大会の審査委員や関係者が、そのあまりの見事さに、
「うーん…」
と、うなっていた時に、やはり隅にいた七軸煙化工業の社長と技師長は飛び上がり、そして抱き合っていた。
「おいおい、やったぞ、大成功じゃないか。もう神屋花火なんか敵じゃない。悔しかったら四十四号玉を打ち上げてみろっていうんだ…」
社長は感極まって、涙ぐんでいた。
一方の神屋花火工業の技師長は、ただ呆然と何も見えなくなった夜空を見上げていた。
この四十四号玉打ち上げをもって今年の大会は終了し、当然内閣総理大臣賞は七軸煙火工業に決まった。
無論、現に観客席でその見事な花火を観賞したものには及ばないにせよ、テレビの前にいた視聴者にもその圧巻が十分に伝わったことだろう。
実際にテレビ番組では、観客席から撮ったもの、上空のヘリコプターから撮ったもの、打ち上げ筒の脇から無人カメラから撮ったものなどを何度も放映し、アナウンサーは最大級の賛辞を繰り返した。
興行的にも大成功であった。今回の七軸煙火工業とテレビ局が一体となった盛り上げに一般市民の花火に対する関心が一挙に高まった。
花火には、八重芯や三重芯などの色々な種類特徴があり、また、それぞれ長い伝統文化の上で開発改良が進められ、このような芸術作品とまで言われる世界最高の花火が出来上がっていることが広く人々に理解されるようになったのである。
この成果により花火人気も急上昇し、来年は七軸煙火工業はもちろんのこと、その他のメーカも受注が増えて花火業界全体の景気上昇は間違いなかった。
しかし、負けた神屋花火工業の技師長は悔しさでいっぱいだった。桟敷席を出ると、先程の四十四号玉花火のすばらしさを口々に言い合いながら帰宅を急ぐ観客を次々と追い越しながら、足元の石を蹴飛ばした。
「なんであんなでかい玉が一発で打ち上がってしまうんだ。四十号玉だって失敗を重ねてやっと成功したのに…、それもテレビ中継の大舞台で、ちきしょう…」
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七軸煙火工業では、社長と技師長が帰るのを待って大祝杯が挙げられていた。
ギネスブックに載る世界最大の花火打ち上げと、三年ぶりに神屋花火工業に勝って総理大臣賞を受賞したことで、その場は全ての社員、関係者が集まった狂喜乱舞の喜びの宴となっていた。
しばらくして、そんな社員たちの騒ぎようを横目に、社長と技師長は目立たないようにその場を離れ、社長室に入ると中から鍵を掛けた。
社長は、ロッカーの隅から秘蔵の年代もの高級芋焼酎と二個のグラスを取り出すと技師長に注いで勧めた。
「技師長、私はこんなにうまくいくとは思わなかったよ」
「私だってそうですよ、これほど見事に…」
「君のアイディアはすごいよ、ヘリコプターを使うなんて…」
「そもそも、あんな大きなものを何百メートルもの高さまで打ち上げようなんてナンセンスですよ。ヘリコプターで上まで持っていって開花させた方が簡単で間違いない。もちろん、ヘリから落としてある高度になったら点火しても良かったのですが、花火というものは、空中のちょうど停止した位置で開花しないと座りが悪いと言ってまんまるにならずに歪なものになってしまいますから、今回は、数百メートルのロープで吊しておいてから開花させました」
「そうか、それであんなにドンピシャリのまるになったんだな…」
「そうです」
「でも、どうしたんだ、あの花火は確か昇り木葉付きで、緑の葉が何枚も昇りながら開いて…」
「あれは四十四号玉でなく、木葉だけ付いた小さな玉を打ち上げたのです」
「えっ、大玉なしで…」
「ええ、いかにも打ち上がったように見せかけるためには、何か赤い火が地上から昇っていかないと困るのです。何も昇っていかないのに突然大菊が描かれたりしたら変に思われます。まあ、あの木葉付きは単なるパフォーマンスの一つで、下から打ち上げた玉の大きさは五号玉にもなりません」
「それじゃ、ヘリから吊り下げた大玉の位置は、下から昇ってくる玉の位置に合わせなければならないし、それに点火のタイミングも難しいのでは…」
「なあに、昇ってくる玉の位置はその前に何発も打っていますから、だいたいの見当はつきます。点火のタイミングは上空のヘリからは分かり難いので、私が地上から携帯電話で連絡しました。地上から打ち上げた玉の導火線はやや短くしてありますから、何枚か葉を開かせた後は、火が消えて玉がどの辺りにあるか分からないようになっています。だから、少々大玉の点火位置がずれても誰も気付きません」
「なるほど、もうこんなことは出来ないな…」
「今回はテレビ局のヘリがあったから、それに紛れて出来ましたが、そうじゃないとなかなか難しいですね…。でも、考えようではヘリを使ったことを明らかにして、その分野の新たな花火を開拓するのも手かもしれません。昇り銀竜じゃなくてヘリから落とす下り銀竜だなんて、あっても面白のではないでしょうかね?」
「まあ、当分の間はこのことは厳秘だな…」
そう言って、社長は空になった技師長のグラスに再び芋焼酎を注いだ。
「この件は、技師長を信じて任せっきりだっだが、大玉の作成費からヘリのチャーター代まで、大変な出費になったんじゃないか。もちろん、最初からそれをとやかく言うつもりなどまったくないが…」
「とんでもありません。まず、テレビ局と大会本部との契約では、四十四号玉の打ち上げに成功すれば三千万円の放映権料が、失敗しても一千万円が大会本部に入ることになっています。そもそも、四十四号玉の打ち上げがなければ例年と同じくテレビ放映なんてなかった訳ですから、うちと大会本部との約束では、成功すれば二千百万円がうちに支払われることになっています。だから、出費どころか黒字ですよ」
「じゃ、黒字の上に我が社を日本中にアピールできて、来年の注文殺到も間違いなしってことか…」
「そうですよ、笑いが止まらないとは本当にこのことですよね…」
そう言って二人は、声高らかに笑った。
(おわり)
今回の作品は、ストーリー的には計画どおり成功裏に終了するという私の作品には少ないものです。
従って、オチについては、「無事、打ち上がるか?」どうかがカギとなって、全員が固唾をのんで待っていたものが、実は「打ち上げた」のではなく「吊り下げた」ものであった、という読者を騙したものです。
騙すにしても、もう少しパンチの効いたオチにできればよかったのですが…。
なお、本作品を執筆するにあたり、図書として、武藤輝彦著「ドン!と花火だ(三空出版)」及び丸玉屋・丸玉屋小勝煙火店監修「花火うかれ(JTBキャンブックス)」を参考にさせていただきました。
特に「ドン!と花火だ(三空出版)」からは、花火のイロハから本当に色々と勉強させていただきました。この書がなければ、当然書けなかったものです。心より感謝いたします。
本作品は1995年(平成7年)1月22日に作成したものですが、その際は、最後に社長と技師長が乾杯する場面では、高級ブランデーでした。当時、ある読者から「ブランデーはこの小説に合わない。当然、焼酎ですよ!」の意見がありましたので、今回、芋焼酎に変更いたしました。グラスも茶碗に変えた方が良かったでしょうかね?