外国人実習生として老舗旅館で研修することになった、ライモス。
「オコシヤス!」
元気のいい、掠れの混じった青年の声が気持ち良く出迎える。
ここは京都。山奥のとある老舗旅館、「弥生荘」
外国人実習生として働くライモスは、最近この旅館で働き始めた。
アニメを通して日本に興味を持ち、初来日で温泉に感極まり、遂には温泉宿で働きたいと、実習生制度を利用して弥生荘にやってきた。
「うんうん。
今日も元気がいいね。
ライモス。お風呂場の掃除を頼んでいいかな」
弥生荘14代目のタケヒコサンだ。
「ギョイッ!」
早速、デッキブラシがつやつやの石畳を擦る音が聞こえる。
よほどこの仕事が好きなのだろう。
ライモスは鼻歌を歌っている。
「シェンマーマーマーヤー
シェンマーマーマーピルクラー
チャケチャケマーマーマー
チャケチャケピルクラー」
しばらくするとタケヒコサンが、やってきた。
「精が出るね。楽しそうに仕事をしてくれると、こっちまで嬉しいよ。
そうそう、さっき予約が入って、16時ごろ、お一人お客様がいらっしゃるから。
それまでに、松の間の準備もお願い」
「ピルクラー!」
弥生荘での仕事が余りにも嬉しすぎたのか、
ギョイ と間違えてしまったライモス。
デッキブラシをホースに持ち替えて風呂場掃除を仕上げにかかる。
夕方に来るお客様はどんな方だろう。
感動してくれるといいな。
汚れを流し終わり、ルンルン気分で、
今度は松の間に向かうライモス。
「マーマーマー
ナンナパンパピルクラー」
上機嫌が止まらない。
松の間に到着したライモス。
太い指で優しく扉を開ける。
松の香り。
すーっと心地の良い香りに、思わず深呼吸。
お客様はお一人様なので、それに合わせ、布団や歯ブラシなどアメニティを取り揃えていく。
支度が終わると、ふと窓の外を覗く。
そこから見下ろす緩やかな渓谷。
柔らかな日の光を反射するせせらぎの中、魚が跳ねる。
故郷のピルクラーもあんな魚だった。
などと思いながら、空気清浄機の角に小指をぶつけつつ、松の間を後にした。
「あらぁ、ライモスちゃん。
また小指をぶつけたの?」
ご主人の3人目の奥さん、フミさんだ。
2人で軽く談笑していると、廊下の奥からタケヒコサン。お客様が起こしのようだ。
もう16時か。
日本はこの時間でもまだ明るいから、ライモスは時間の感覚を未だ掴めずにいた。
「タケヒコサンが奥から奥さんに喋るってコトバが面白いですね」
「あらぁ、タケヒコサンはライモスに喋ったのよぉ」
そんな話を最後に、右足をやや引きずりながら玄関にお出迎えに行った。
玄関では、タケヒコサンが、スーツ姿の壮年の紳士と話していた。
「オコシヤス!」
「お〜お元気がいいねぇ。外人さんかい」
「ライモス申す者です」
「ライモス君は先日来たばかりなんですが、日本のことがとても好きで、明るくて頑張り屋さんなんですよ。さぁ、ライモス。お客様を松の間へご案内してね」
ライモスはお客様のスーツケースを抱えて、先行して歩き出した。
「どこからイッラッシャタですか?」
「兵庫県だよ」
「ヒメジ?シメジ?ヒツジ?ですか?」
「わたしの大好物や星座まで知っているとは。
さてはご主人から話を聞いていたかな。
でも残念。わたしは姫路じゃなくて神戸というところから来たんだよ」
「コウベ?シャレコウベ?シャガレゴエ?」
「ぁあっはっはぁ
ライモス君は面白いねぇ。
神戸はね、神様の戸と書いて神戸なんだよ」
「お客様はカミサマですね!
生きてますのに、カミサマですね?」
「ぶぁ〜っはっはっ!
じゃあシャレコウベにするかね!
洒落にならんなぁ!」
「ハハハー。デスネ!」
2人は松の間の前に立っていた。
ライモスが扉を引き、お客様はスーツケースを持って入り、ゆっくりと扉を閉めた。
「ゴユルリトしてイッテクダサイ」
日本の紳士は優しい。
故郷の母、マーマーマーも負けず劣らない。
それに世界一ピルクラーを捕まえるのが上手い。
ピルクラーは雑食性で、初めて見るものを噛んで学習する変わった習性がある。それを逆手に取って、丈夫な布を噛ませてそのまま陸に引き上げてしまうのである。
引き上げる言えば、そろそろ洗濯物を取り込まなきゃ。