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001 匣は開かれた

001

享楽と退廃の都ザナドゥ、過度に機械化されたこの都市は無秩序に辺縁地域を食い荒らす様に拡大した。

この都市を収めるのは県でもなければ国でもない、統治者は企業である。

国家は大企業群の傀儡に成り果て、この場所では一切の効力を持たなくなってしまっている。

非人道行為が、貴賎によって区別して裁かれる。

黒い噂の絶えない政治家が金で当選する。

楽園を謳ってはいるものの、楽園を楽園と享受できるのはほんの一部の資産家、支配者層のみであった。


ザナドゥに夜はない。

薄汚れ、ゴミ塗れなのを隠すように、夜のネオンサインが目を灼く。

喧騒が渦を巻き、時間感覚を狂わせる。

異臭を誤魔化すために香が焚かれる。

不夜城、という表現がしっくりくるだろうか。

そんな中を何かに追われるように駆ける少女が1人ーー実際追われているのだが、彼女と追跡者は眠らぬ街の人々を押しのけながら、人通りのない路地へ駆けて行く。


「俺を追い詰めたつもりだってんなら間違いだぞ、ワザと人目を避けたんだよ」


少女は立方体の、金属製の匣の様な物体を片手で持ち、何度も軽く、ぽんぽんと上に投げている。

普通は路地裏へと追い詰められ、ふてぶてしい態度を取れる状況ではないが余裕気な態度であった。

相対するは、物言わぬ機械。

白い、マスクの様な部位にはピコピコと赤いランプがちらつく。

乱雑な機械音を鳴らしながら一直線へ駆けてくる。おおよそ人間離れした速度である、絶体絶命か。

「遅えんだよ!」少女の左手はロボットの突きを軽く受け止める。

ガキィ、と金属同士が強くぶつかり合う様な音を響かせながら。

そう、金属同士。彼女の四肢はサイバネティクス技術で置換されている。

それはこのご時世では普通のことだ。


「おらっ!」鋭い蹴りが機械の胴体に突き刺さる、鋭い金属音を響かせながらロボットの胴体は半損し、ケーブルが露出、火花を散らしている。

「もう一発!」華麗な蹴りが2度同じ場所に入る。当然、鉄板ですら無いケーブルに、鉄板を突き破る一撃が入ると簡単に引きちぎれるのは火を見るより明らかだ。

「あーあ、結局これ使う機会なかったか、まぁ、ドロイドに使うのも惜しいわな」

右腕を見ながら、崩れ落ちるドロイドの頭を引っこ抜き、寝ぐらへ向かう。

ドロイドの頭は情報リソースであり、高純度のメモリであり、ソコソコの値で闇取引されているのだ、なんにせよ有用である。


さて、この少女ーー名をロキシィ、と言うが。四肢の機械化、ニューロネット接続と中度のサイバネティクス改変者、最近困っていることは追っ手に追われていることだ。

ドロイドを差し向けて来るだけなので結果それは彼女の生活の糧となっているのだが、こう毎日の如く来られると舌打ちもしたくもなる。

「全く、なーんでドーモトインダストリアルのボロっちいドロイドが俺を付け狙うんだよ、まぁ、この匣だろうけどよ」

貧民街の出である彼女でも、そのドロイドの紋には見覚えがあった。

ザナドゥ統治企業の一つ、ドーモトインダストリアルである。ドロイド技術、兵器開発で金を稼ぎ、死の商人と呼ばれることを平気で行った、そのマネーがこのザナドゥ設立に使われている。

そのことに彼女は反吐が出そうであった。

彼女は統治企業群を嫌悪する、彼女の住んでいた街、通っていた武術道場はザナドゥ増築の際にあっさりと破壊された、居場所を追われた為である。

ザナドゥ内の居住IDと少しの福利厚生は与えられるものの基本的に貧民街以外のところで生きることは出来ない。


「少し良いかね。そこの少女よ」

背広の男が突然ロキシィの背後から肩を叩く。

貧民街の裏路地にそぐわぬその風態、まるで上級サラリーマンの様な物腰、それよりも、接近を感じさせない気配の殺し方、などなどに彼女は身構えた。

「何だよおっさん、ナンパなら俺より良い相手が一杯いるぜ」

軽口を叩きながらも、相手から目を離さない。

貧民街に住んでいるとゴタゴタに巻き込まれることも少なくない、故に、経験からある程度相手の能力を推定する目を彼女は持っていた。

「卑下するのはやめたまえ、 なかなか目を見張るものがあるが台無しだ。それよりも用事は……」

「この匣だろ、分かってんだよ」

背広には先ほどのドロイドと同じくドーモトインダストリアルの紋章、つまりこの男はドーモトインダストリアルの社員である。

「話が早い、それは私達のモノだ。こちらに渡していただきたい、早急にだ」

背広男は手を差し出す、ロキシィはまだ力量を図れずにいた。

「断る、この匣の使い方は知らねぇ、古代のレリックかどうかも鑑定士じゃねえから分からねぇ、だが、テメェ等が欲しいって言うなら絶対にくれてやらねぇよ!」

ククク、と嗜虐的に男が笑みを浮かべる。

「ならば実力行使しかあるまい」背広男が一瞬視界から消え、ロキシィがそれを知覚した時にはすでに、腹に一撃を喰らい吹き飛ばされていた。

「ガッ、テメェ、機械仕込んでやがるな…!」

それも、スマートな背広に収まるほど小型化されたもの、その上出力もロキシィのものとは段違いである。

「せっかく雑魚のドロイドを送って優しく奪おうとしたのだが……、今だってそうだ、素直に渡せばこんな痛い目を見ること無かったのだよ」

明らかに勝てる相手ではない、次元が違う。三次元生命体である人間が四次元を認識できないのは必然、つまり背広男の力を認識できなかったのはそれほど隔たりがあると言うことだ。

「さあ、渡したまえ」

首根っこをひっ掴み、まるで子供のようにロキシィを持ち上げる背広男。金属質の手を掴むロキシィ。

刹那、ロキシィは頬を緩める、死の覚悟ができたのだろうか。否!その逆である!

「お……、り…だ…!」

声を引きしぼるロキシィの腹にもう一度打撃を加える男。

「聞こえなかったが、もう一度大きな声で」

ここまで来ると当然タダで解放する気は無い、俗に言うリンチである。

「お断りって……言ってんだクソ野郎!」

彼女は強く念じる。そうすることで作動するギミックを、右腕に仕込んでいる。

「貫けぇぇぇぇぇえぇ!!!」

義手から発射されるのは、杭。ロキシィは逃げようと手を掴んでいたのでは無い、照準を合わせていたのだ。

右手の延長線上にあるのは、男の喉である。

「ごっ……ぎ…!」

男の顔が苦悶に歪む、貫けば良し避けて首元を掠っても大動脈からの出血は免れ得ない。

男は想定外、まさに窮鼠に噛まれた猫のように反応できずで串刺しになった。

「はっ…、はっ…!」

ようやく解放されたロキシィは目一杯空気を吸い込む。血液で薄汚れたパイルバンカーが右腕へと格納され、ズル、と音を立てて背広男の体が落ちる。

「何だよ、何でこんな目に……!」

ある程度血生臭いことに離れているとはいえど、ロキシィは年端の行かぬ娘である。死の危険も、自らの手を血に汚したことも無い。

リアルこの上ない死の手触りが彼女にべっとりと張り付いていた。

俯きながら己が運命を恨む、元より異質な少女であったが、もう普通の少女には、おそらくもう戻れはしないだろう。

「……る…さん…」

ヒュー、ヒュー、と空気を漏らしながら声が聴こえる。

「絶対に許さんぞ貴様ぁぁぁぁぁ!!」

死にかけの男は胸ポケットから匣を取り出す。

既に開かれたそれからは何かが抜け出た形跡がある。

「何でっ!何で生きてんだテメェ!」

ロキシィは何度も男を踏みつける。あろうことか、男はその足を掴み、立ち上がる。ミシ、と掴まれた義足が歪む。

よく見ると、すでに血は止まっている。

「BoX…、No.63……、が、ふ…」

口から血を吐きながら何かを呟く背広男の全身に包帯が絡みつく。

何が知らねぇ、だがヤベェ!

生存本能を優先させて後ろに飛び退く、マミーと化した男はすっ、と立ち上がりふらつく。

ロキシィは思考を張り巡らせる。あの箱は一体何なんだ、此奴は一体何なんだ……?俺の箱を狙ってるってことはこれも同じパワーがあるのか…?ポケットの箱を取り出して眺める。

ふと、ミイラ男はこちらの方を振り向き、一目散に駆けて来る。速度は遅い。

「GAAAAAAA!!!」

(何で包帯で目が塞がれているのに何で俺を正確に追ってこれるんだよ!)

考えられることは幾つかある、と逃げ回りながらロキシィはいくつかの推論を立てる。

(1.音を頼りに追いかけて来る、2.匂いを頼りに追いかけてきている、3.箱による未知のテクノロジーで追いかけてきている……ことによっては永久に追いかけっこかよクソッタレ!!)

人通りの多いところに出るしかない。

音や匂いなら紛れるし、流石に此処まで明らかにやばい奴が居るなら腐敗しきった警察でも動かざるを得ないだろう。

「う……!?」

あと少しで裏路地を抜ける、というところで体が重くなる。いつの間にか、四肢に包帯が絡みついていた、そのまま異常な力で引きずられる。

「や、べぇ……!」ミシ、ミシ、と金属性の四肢が損壊する。なんという力か!

マミーとの距離は残り約50m程度!死を覚悟するロキシィ!

「コレしかねぇ…!パージっ!」

なんという事か!自分の金属製四肢を自らパージし、逆に攻撃として活用したのである!

速度×質量、強く引けば強く引く程、そのダメージはマミー本体へと跳ね返る。

ゴキッ、と鈍い音が後方で響く。

「ストライク!!」

引き換えに彼女は四肢を失い、もはや攻撃も移動もままならぬ、元よりイタチの最後っ屁のつもりだったのだ。抵抗できずに殺されるなら、抵抗して殺されると言うのが、彼女の考え方であった。

マミーは一時静止したもののまだ動き始める。

ロキシィは仰向けになりながら、自らの人生を想起する。

ロクな人生では無かった、6歳以降、つまりはザナドゥが出来てからは。

貧民街でそれなりに楽しく過ごしたものの、どこかでくすぶり続けるザナドゥへの憎しみ。

家、両親、道場、親友、ありとあらゆるものを押し潰し、屍と瓦礫上に成り立つ享楽と退廃の都。

常に憎しみを抱く程、ロクでもない人生など無いな、と自嘲的に笑いを吐き捨てた時には、すでに彼女の真上にはマミーが立っていた。

「さっさと縊れ、クソ野郎!」

ゆっくりと包帯が伸びる。

慈悲などでは無い、単純に彼女の最終策でのダメージが有るのだ。

首に包帯が触れ、彼女が死を確信した刹那であった。

ジャケットのポケットから発せられる閃光、そして金属音のような唸り。先ほどのロキシィとは逆に今度はマミーが後方へ飛び退いた、本能的な危機故に。

「な、何だこれ……?」

匣より出でるは四つの光の塊、その四つがそれぞれロキシィの四肢に絡みつく。

発光が収まる頃には、ロキシィの四肢には見覚えのない義手、義足が装着されていた。匣は、開かれた。

「……死ぬのは辞めだ、これで対等!ぶっ潰してやらぁ!」

飛び退いたマミーに飛びかかり、殴りつける。なんたる速さ、なんたる威力か!マミーは錐揉み回転をしながら吹き飛ぶ!

追撃をかけるロキシィ、アスファルトを蹴っ飛ばして跳ぶ!前の義手、義足とは異次元の出力に少し戸惑いながらも真っ直ぐにマミーへ向かう。

当然マミーもタダではやられぬ、一直線に飛んでくるロキシィへ包帯を伸ばす!

「ヤッベ、避けきれねぇ!」

先ほどのように右腕に伸びる包帯、先ほどの二の舞か!?否、そうはならぬ。

右腕はまるでワイバーンの顎門を想わせる姿に変容、伸び来る包帯を食いちぎる!

ロキシィにはこの義手の、義足の、匣より来たる者の名前が分かっていた、脳に響く声が聞こえていたのだ。

「喰らえ!ジャバウォック!!」

龍の顎門が包帯の上から殴りつける。ビルの外壁に激突する男、包帯は淡い光を放ちながら男の匣へと吸い込まれる。

活動限界なのか許容ダメージ限界なのか、ロキシィに知る手立てはなかった。

男は虫の息である、しかしロキシィに人を殺すほどの非情さは無い。捨て置いて困るのは彼女ではあるが。

ロキシィが背広男の匣を拾い上げ、右腕の顎門に食べさせると、その場を後にした。


恐らく、ここではもう暮らせないだろう、追っ手が来る、皆に迷惑がかかるだろう。必要最低限の物資を持ち、寝ぐらを放棄する。


少女は、眠らない夜の街へ飛び出した。


運命の匣は、開かれた。





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