第9話
「あー、俺この後用事あるんだよね」
私が飽きてゲームを始めたことを確認したのか、空は帰る気満々になった。
滞在してそんなに時間は経っていない。
私は空が帰る、というのを聞いてルンルン気分で支度を始めた。
一昨日、新刊が出たんだよね。今ハマってる歴史もの。他にも、最近ネットで一話無料の漫画をいくつか読んで、気になったものがいくつかある。
私は携帯のメモ帳を開き、買い物リストを確認する。今日買う漫画の種類は全部で五つ。それぞれの巻数と値段を打ち込んだメモ帳を見て、合計金額を確認した。
もちろん、私が買うのではない。空が買うのだ。空と買い物に行くときは絶対空がお金を出してくれる。何ともできた男だ。私が「あれ買ってこれ買って」と言えば、買い物かごにひょいひょいと躊躇なく入れる。悪く言えばお財布さん。
「えぇー、もう帰んの?もうちょっといいじゃん」
「ごめんね」
「じゃあまたメールするわー」
「...了解」
「あ、ついでに空くんてどんな女の子がタイプなわけ?友達に頼まれたんだよねー、空くんとあたしが友達って言ったら、聞いてこいってさ」
何とも図々しい女だ、秋田。特に仲が良かったわけでもない、特に喋ったこともない、ただ同じ教室で勉強を少ししたくらいの関係で友達と言うなんて、なんて図々しい女だ。
「好きなタイプ?そうだな、正直な子、かな」
それだけ言ってさっさと立ち上がる空。正直な子が好きなのか。無難な答えだ。
「あ、じゃあ見た目は?見た目どんな子が好きなわけー?」
「派手じゃない子。じゃあね」
即答して店を出て行こうとする空に、私も時間をおいてついていく。
場所を考えず電話を始めた秋田さんの「あたしって派手?」という言葉に鏡見ろよと内心笑いながら店を出た。
多分この店には二度と来ないな。値段が高い上にこれといって美味しくもなかった。これならコンビニでジュースやらスイーツやらを買って家で食べる方がいいわ。
店から一歩出ると、空がこっちを向いて待っていた。
黒いコートがよく似合う。空はモノトーンの服を好み、それは私の好きな服装だ。
実際、私も今日の服はモノトーンだ。
「いつもの本屋さんでいい?」
「うん」
「どうだった?」
「何が?」
毎度お世話になっている大きな本屋さんを目指し、空は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
「楽しかった?俺と秋田さんの会話」
「全然」
「ちぇー」
「もしかしてそれで私を呼んだの?」
「うん、そうだよ。面白くなるかなー、と思ったんだけど」
「普通」
修羅場は好きだ。男と女のドロドロした言い合いもなかなか面白味がある。
しかし、その修羅場も毎回同じ文句だとさすがに飽きる。
私を楽しませようとしてくれる空は好きだが、こうも毎回同じだとつまらない。
事実は小説より奇なり、というが、小説の方が奇であると私は思う。
「それより、またアドレスが流出したね」
「誰が流してるんだろうねぇ」
「空の携帯に入ってる人って、そういう人ばっかじゃん」
「別に流出しても問題はないんだけど、何でメール返してくれないの?って、直接会ったとき面倒」
げんなりとため息を吐く。可哀想に。私も中学のときは友達のボックスにほとんど喋ったことのない人たちばかりだったな。毎日毎日メールがきて鬱陶しくなり、今ではアドレス交換を断っている。
仲良くない人に教えたところで意味をなさないのだから。むしろコキ使われそう。
「メール送ってくるのはお前だけじゃないんだよ、って言いたい。大量に送られてくるもんだからねぇ。わざわざ分別するのも面倒だし」
人気者は大変だ。こういうこともあって、空の両親は空に携帯二個持ちをさせ、一つはオール用、二つ目は私と私の両親と、空の両親だけが入っている携帯。あと、本当に仲の良い、信用できる人たちが数名入っているだけだ。
こんなに人気者の人間が本当に存在するなんて、すごいなぁ。
「帰ったら漫画、俺にも読ませてね」
「カバーかけしてくれたらね」
皆の空くんが、私のために漫画を買ってくれて、私のためにカバーかけをしてくれて、私のために趣味も併せてくれる。また、私は満たされた。