第88話
今日予定していた文化祭に向けての準備は午後七時に終わったらしく、空が教室まで迎えに来たのは午後七時を過ぎた頃だった。宿題も終え、読書も終えていた私はすることがなく、縫物をして待っていた。別に好きでやっていたわけではない。私にぬいぐるみを作る趣味なんてこれっぽっちもないが、母親がセールだからと買ってきたものだから仕方なく作っていただけだ。もったいなかったのと、丁度時間が潰れてよかったのとでプラスな面もあった。
「ごめんね、こんなに遅くなるとは思わなくて」
「別にいいよ」
外に出てみれば暗かった。私がいなかったら優しい空くんのことだ、「一緒に帰ろう」と女の子に誘われたら「夜道に女の子が一人は危ないよ」と言って頷いてしまうかもしれない。絶対そうだ。こんな時間に空が一人で帰ろうとするならチャンスとばかりに寄ってくる。私がいてよかったね。
「ところで、さっき何を隠したの?」
「えっ」
「俺が教室行ったら何か隠したでしょ」
「あー」
「何?」
秘密というわけでもなかったが、私がぬいぐるみを作っているとあまり知られたくなくて、あの時はつい咄嗟に机の下に隠してしまった。もちろんその後すぐにポケットに突っ込んだ。
隠し事をされているのが嫌なのか、不服そうに見下ろしてくる。
「これ、作ってた」
ゴソゴソとポケットを漁り、出来損ないのぺちゃんこなクマを取り出した。
先に言っておくが、私は家庭科が嫌いだ。料理をすれば皿を割り、裁縫をすればミシンが壊れる。そのこともあって教師は私を一目置いているのだ。悪い意味で。だから、その私がちまちまと縫物をしているのは率先してではなく、母親に貰って仕方なく行動に移したに過ぎない。折角金を出して母親が買ってきてくれたのだから、娘として捨てるわけにもいかない。
ということを言い訳がましく伝える。
「へえ、で、これクマなの?」
「え、うん」
「ふうん、なんかエイリアンみたい」
「え、エッ….」
どれだけ言い訳をしても下手なものは下手らしく、フィルターがかかることはなかった。
確かに、下手なくせに「茶色のクマってありきたりだし、裏と表の色を変えよう」と思ってクマの表は茶色、ひっくり返すと赤になるようにした。まずそこが失敗だった。後はクマの形が歪で耳が丸くなっていない。糸はほつれていたり、真っ直ぐ縫えていないなど、いくつも下手要素が挙げられる。
「優って不器用だよね。なんでここまで下手なの?」
「もういいでしょ。早く返して」
「えー、やだ。ねぇ、これ頂戴」
クマ....ではなくエイリアンと思われるそれをぶらんぶらんと揺らし、先程まで下手だなんだと言っていたのに「くれ」と言ってくる。
「別にいいけど、どうする気?」
「鞄につける」
「やめてよ、公開処刑じゃん」
「下手だけど彼女のことが好きだから付けてるんだ、っていう優男がアピールできるじゃん」
「彼女?誰が?」
「架空の」
「あっそ」
「あれあれ?もしかして自分のことだと思ったのー?」
「いや、それ作ったの私だし」
「女からもらったものを付けてる、って思うとプレゼントしにくいでしょ?これから文化祭っていうイベントもあるわけだし、物が増えそうな予感するから盾にするね」
言われてみると今回の文化祭は、何かを作るクラスがいくつかあったような気がする。「手芸をしませんか」という看板を作っていた所を今日見かけた。
ビーズでアクセを作ったり、キーホルダーを作ったり。
なるほど、よく考えている。
「こんな不細工なクマでも役に立つんだよ」
「そんなに言うなら返してよ」
「やだ」
ブスっていうほどブスじゃないと思うんだけど。それなりに愛着が沸けば可愛く見えてくると思う。
けれど、自分が作ったものを貰ってくれて、しかも返してと言っても嫌だと言ってくれるのは意外と悪くない。気に入ってくれたのか、と少し嬉しい。
空は早速それを鞄につけ、鼻歌で上機嫌な様子だ。
「あ、今日宮田と一緒にいなかった?何、あいつ俺に用だったの?」
「ううん、ただ他クラスを見て回ってただけだって」
「俺のクラス、多分一番面倒だな」
「ゲートの飾りだもんね。あ、そうだ。知ってた?宮田くんって空がクズだって気づいてるみたいだよ」
クズっていう言い方は間違っていない。他に何と言えばいいのか。本性、性格が悪い、カス、クズ。
「あぁ、だって宮田も結構そういう所あるじゃん?俺と似たようなもんでしょ」
「否定できない」
「あいつ口堅いし、俺のことも分かってくれてるし、別に問題ないよ」
「そんなに仲良かったっけ」
「男の友情は女には分かんないよ」
「空が友情って言葉遣うと胡散臭い」
しかし言われてみれば、空と結構仲が良い、それこそ「友情」という言葉が合いそうなのは宮田くんと姫子ちゃんと西島くんくらいだ。宮田くんと西島くんは分かるような気がするが姫子ちゃんは意外なのだ。あんなお嬢様と空が「友情」だなんて、一体何をしたらそんなことになるのだ。
「明日も準備?」
「当然、本番までは準備だろうなぁ。だから俺が終わるまで待っててね」
「することないんだよね。本も新しいの買ってないし、図書館も最近はなんだか面倒だし」
「じゃあ本屋寄ってく?好きな本買っていいよ」
まだ閉店時間ではないし、寄り道するのも悪くない。
それに好きな本を買っていいと言われたら断る理由がない。
「この前ネットで欲しい本チェックしてたし、もちろん行くでしょ?」
「うん。たくさん買う」
ネットでチェックしていたものも買うし、本屋に行って実際に見て、魅かれる本があったらそれも買おう。どうせ金は空が出すんだ。
「今手持ちあったかな....。先にコンビニでも寄りたいんだけど」
なんだかこういう会話をしていると、本当に空が私のATMみたいだ。




