第79話
夜、少し窓の外が暗くなってきた頃、風呂から上がりリビングで寛いでいた。
最近話題の俳優が出ているバラエティを横目に、母が作ったプリンを食べる。
女子高生に人気だというその俳優は、私から見るとそこまで騒ぐ程の顔ではない。
所謂、塩顔男子というものらしいが、塩顔というよりイケメンになり損ねたフツメンだ。
司会者が「彼はモデルもやっている」と言っているがやはりどこが良いのか分からない。
流行についていけない。
「あらぁ、この子またドラマやるの?やりすぎじゃない?」
食器を片付け終わった母が隣に座って、テレビを指さす。
「俳優さんがバラエティに出るってことは何かの告知なんでしょう?やぁね、もうこの顔は見飽きたのに」
どうやらちょっと機嫌が悪いようだ。
「何、いきなり」
「今日昼ドラを見てたんだけどね、もう最悪なの。どうして旦那は純粋そうな独り身と寝たのかって。どうせなら同僚の性格の悪い女と男女の関係になってほしかったわ」
娘の前でそんなことを言わないでほしい。
「やっぱり主人公と付き合う女性は性格が悪い人とか、普通と違った人がいいわね」
多分、恐らく、私の口調だとかそういった部分は父親似で、思考は母親似なのだと思う。
食べ終わったプリンの皿とスプーンを机に置き、携帯をいじろうと思ったら母が思い出したように言った。
「そうだ、コンビニでストッキング買ってきてくれない?」
「ストッキング?」
「明日ちょっと出掛けるのよー」
「えー、自分で買ってきてよ」
「この後は洗濯物や洗い物しないといけないのよ。どうせ暇でしょ?」
そう言われると言い返せない。
断ったとして母に「じゃあお前が洗濯物をやれ」と言われても私は洗濯できないのだから無理だし、やりたくもない。
渋々腰をあげて、ドライヤーで髪を乾かす。
私もう風呂に入ったんだけどな。風呂上りに外出するのは好きじゃない。折角汚れを落として綺麗な状態であるのに、外へ出て汚染された空気の中を歩きたくない。
どうせコンビニは近くだし、知り合いに会うこともないだろうということから服はそのままで靴を履く。
卵にひびが入っている絵が描かれたTシャツと、紺色の短パン。母からもらった千円札を二枚ポケットにそのまま突っ込んで扉を開けた。
「行ってきます」
その言葉を残して扉を閉め、コンビニに行こうと足を進める。
「.......え」
家を出てすぐのこと、まだ三歩しか進んでいないにも関わらず私は驚きの光景を目にした。
なんと、住之江さんが立っていたのだ。
あれからもう三時間は経過しているはずだ、いや、もっとか。
私が家を出たことで彼女はこちらに気づき、目が合った。
怖いんだけど。
「あ、先輩」
健気というべきか、執念というべきか、少女漫画のヒロインらしく主人公が帰るのを待っている。
呆気にとられた私は二回目の「先輩?」の声で我に返る。
「あ、えっと、まだいたんだ」
さっさと帰れよ、というニュアンスになってしまった気がするが仕方ない。そう思っていることも確かだ。
口元を引きつらせて住之江さんにそう言うと、彼女は満面の笑みで「はい」と答えた。
住之江さんはこちらに歩み寄り、距離にして三メートルもしない位置で止まった。
「空先輩、今どこにいるか聞いてませんか?」
「う、うん、メールしたけど返信がないから多分誰かと一緒にいるんじゃないかな」
一応メールは返ってきたが、そんなことを言う必要はないだろう。
住之江さんは残念そうに「そうですか」と呟き、悲しそうな顔で口を開いた。
「女性と一緒、ですかね」
そのときの表情は女優並みだった。
彼氏の浮気を「仕方ないよ、私に魅力がないんだから」と自嘲気味に言う女の顔だった。
分からない、住之江さんが分からない。
「あのさ、聞いてみたかったんだけど、どうして空なの?」
「好きになったからです」
「どこが好きなの?話したこともあまりないのに、空のどこが好きなの?」
「そ、れは」
「性格?でも、ほぼ初対面に等しい人に対して、誰だって猫を被るもんだよ」
「確かにわたしは空先輩と話した数は少ないです。でも、好きって気持ちは誰にも負けません」
「いや、そうじゃなくて」
「それに、誰に聞いても空先輩は良い人だと断言しています。皆に評価されている人が性悪だなんて考えらません」
話にならなかった。
キリっと真顔で言っているが、つまりは「噂の空先輩」に憧れているのだろう。
その気持ちは分からなくもない。
画面越しにいるアイドルを好きだ好きだと言いたい気持ちは分かる。ミーハー心が擽られるのだ。皆がうちわを持ってキャーキャー言っているのを見て、どんなアイドルなんだろうと画面を見たら撃ち抜かれたってやつだ。
そう思うと、やっぱり空は女の子にとって神級のアイドル的存在なのだと認識させられる。




