第78話
空に買ってもらった、財布と携帯がすっぽりおさまるあまり大きくない白い鞄を肩からさげて、帰り道を歩く。
空以外の人と遊ぶ機会はそれ程ないので、姫子ちゃんと今日会えたのは嬉しかった。
一緒にショッピングに行こうと誘ってくれる友達はいない、カラオケに行こうと誘ってくれる友達はいない。ショッピングに行きたいわけじゃないし、カラオケに行きたいわけでもない。自分でも言い訳がましいなとは思う。
私ってやっぱり友達少ないんだなと改めて実感する。
いや、でも、遊びに行きたいわけじゃないし。
それに姫子ちゃんみたいに、たまに、本当にたまに誘ってくれる友達はいるから。
全然友達がいないわけでもない。
まあ、その友達も皆空が手配してくれたようなものだけど。
歩きながら携帯をいじるのは駄目だと空に言われたため、今日も言いつけを守るべく何もせずに、ただ歩く。
せめて音楽くらい聴きながら帰りたいな。でもイヤホン壊れちゃったからな。新しいのを今日買えばよかったかな。
そんなことを思いながら角を曲がり、まだ明るい道を一人で歩いていると我が家が見えてきた。
一度帰って空の家に行こうかな。あ、でも今日は出かけるって言っていたような気がする。
大人しく自分の家でゴロゴロするか。
空が何の用で出かけるのか詳しく聞いていない。もしかしたら私が話を聞き流しただけで、空は何か言っていたかもしれないが。
帰ったら空にメールしておこう、そう思って鞄を肩に掛けなおし、前を向くと私の家の前でうろうろしている人がいた。
遠目から見ても分かる、若い女性だ。
この辺りは住宅地である。店なんてないのに、女性が一人、うろついている。
我が家の近くに学校があるせいで子どもが多いので、若い女性がうろついていても何ら不思議ではないのだが、前科があるせいで我が家の周辺をうろつく女性は警戒してしまう。
言うまでもない、空絡みだ。
また今回も空絡みか。
しかし、あんなに大胆に家に前でうろうろしているということは、空絡みではない可能性もある。
今までの、ストーカーと化した空のファンはもっと物陰に隠れながらこそこそしていた。
それこそ電柱にかくれたり、夜に現れたり。
今うろうろしている女性は、顔が判別できる時間帯に出没して、尚且つ家の前に堂々といる。
それを考えたら、回覧板か。あるいは届け物か。それか、私に用がある人物か。
空と私の家は隣故に、私の家の前でうろついていても空に用があるかもしれないし、空の家の前でうろついていても私に用かもしれない。
徐々に近づき、人物の顔が見えてきた。
「あ、藤田先輩」
なんと、あの住之江さんだった。
何故ここが分かったのだ。
まさか、過去に空を尾行したのか。それか、私を尾行したか。
私と空が幼馴染であることは周知の事実である。それとなく、家も近いのではと推測する者も多いだろう。
そもそも、互いの家が隣というのは周知の事実になっているのかもしれない。
「あの、空先輩って、いますか?」
「いない」
改めて住之江さんを観察する。
制服ではなく私服だ。
薄ピンクのカーディガンに紺色のスカート。中には白いシャツを着ているように見える。
The・お嬢様の姫子ちゃんは顔や服などの雰囲気がそれはもう全身から、私はお嬢様ですと言わんばかりのオーラが出ている。
それに比べて住之江さんは庶民的だ。お嬢様と言われたら、そうなんだと思う。庶民と言われてもそうなんだと思う。
ちょっとお金を持っている庶民、という表現がぴったりだ。
「そうですか、いつ頃帰ってきますか?」
「さぁ」
「じゃあ、空先輩が帰ってくるまで待ってます」
無邪気な笑顔でそう言った。
正直、やめてほしい。
空の家も前だろうが私の家の周辺にストーカー行為をしたかもしれない女が立っているなんて、薄気味悪い。気になってしまう。
しかしここで「それなら私の家で待つ?」なんて提案もしたくない。
どうしたものか。
「あ、気にしないでください。わたしが待っていたいだけなので」
常識があるんだかないんだか。この場合後者か。
面倒くさいが表にはなるべく出さないように、挨拶をして家に帰る。
関わっていられない。
家の扉を閉めるまで後ろから視線を感じていた。
お嬢様ということは、必ずしも彼女自身がストーカーしたわけではなさそうだ。
車で送り迎えされているなら、彼女ではなく代理の人間がストーカーしたのでは。
それか、独自のルートで家を把握したか。
どちらにせよ、恋する乙女は怖い。
一応空に教えてあげよう。
部屋に鞄を放り投げて、携帯を持ってベッドに座り、今家の前に住之江さんがいることを伝える。
空が帰るのを嫌がって、どこかで泊まったらどうするんだろう。
住之江さん、まさか一晩中いるわけじゃないよね。
家の人も心配するだろうし。
でも恋する乙女は何をするか分からないからな。




