第76話
日曜日になった。
姫子ちゃんとはふらふら歩くのではなくカフェでお喋りをしようということになった。
私にとってとても有難いことだ。
場所の指定は私に託された。
姫子ちゃんはどうせ車で来るだろうから、できるだけ私の家から近いカフェで待ち合わせることにした。
以前空と来たカフェだ。
店内を見渡すとまだ姫子ちゃんは来ていないようで、窓側の良い席を陣取った。
何か新作ができていないかとメニュー表を見ていると、「お待たせ致しました」という声がした。見上げると、懐かしの姫子ちゃんが立っていた。
ゆるく髪を巻いて、薄いメイク。桜色のグロスが似合っていて、どこからどう見てもお嬢様としか言い様のない外見だった。
中学の頃から綺麗だとは思っていたが、高校でここまで美しくなるとは想像以上だ。
「ひ、久しぶり」
「申し訳ありません、お待たせして」
「全然、今来たとこ」
「そうでしたか、もうご注文されました?」
「いや、まだ」
「では一緒に頼みましょうか」
姫子ちゃんだ、懐かしい。
この喋り方も、何もかも懐かしい。
なかなかこんな品のある女子高生はいない。
これが私の友達だなんて考えられない。
本当は空が紹介してくれたおかげで知り合うことができた。姫子ちゃんは元々空の友達なのだから、私が姫子ちゃんと友達になったというより、空に言われて友達になったと言った方が正しいかも。
姫子ちゃんは紅茶を、私はメロンソーダを注文した。
なんだか私が子供みたいだが、紅茶はわざわざお金を出して飲む程好きではない。
「本当にお久しぶりですわね」
「うん、そうだね」
「高校生活はどうですか?」
「楽しいよ、姫子ちゃんは?」
「とても充実していますわ」
華ノ女子は、それはそれは充実していそうだ。
お嬢様方による「うふふ」の会とかありそう。
「そういえば、華ノ女子って幼稚園からあるのに、何で姫子ちゃんは高校から入ったの?」
「中学までは世間を知るための社会勉強ですわ。お陰で中学時代はとても刺激的な毎日でした」
そりゃあ、そうだろう。
姫子ちゃんは空の友人でもあったため、色んな女から嫉妬されて攻撃もされた。
その上お金持ちだし、攻撃する所がたくさんあった。
それでも姫子ちゃんはケロっとした顔で過ごしていた。
「父が高校は是非華ノ女子に、と言うものですから。中学まではわたくしが好き勝手していましたから、高校は父の希望を通そうと思いましたの」
「お金持ちって大変そう」
「わたくしはわたくしの家以外の子になったことはありませんので、他の家庭がどのような生活を送っているのか分かりません」
困ったように言う姫子ちゃんは、どこからどう見ても美しくて優しい女の子だ。
どうしてこんな子が空と友達なのだろう。
確かに空は良い人に見えるけど。
「優さんは、今でも空さんと仲は良いのですか?」
「え?うん、まあ」
「ふふ、羨ましいですわ」
「姫子ちゃんはいないの?幼馴染とか」
「いませんわね。あぁ、でも家に犬がいますわ」
「犬かぁ、私も動物飼いたいな」
「しっかり躾ないといけませんわ。いつ噛みついてくるか分かりませんもの」
姫子ちゃんの笑い方はとても品があって、本当に同い年か疑いたくなる。
こんな育ちの良い、超お嬢様の姫子ちゃんと一般庶民の私が今一緒にいること自体問題に思える。同い年で友人とはいえ、住む世界が違うとこうも人間性に違いがでてくるのか。
私なんて自分勝手な人間だけど姫子ちゃんは他人のことを思いやって、考えて発言をする。頭の出来も違うし、なんだか涙が出そうだ。
「優さんはもう空さんとお付き合いをしていらっしゃるの?」
「..........はい?」
「まだですの?」
「いや、あの、ん?」
「お二人は両想いですわよね?それなのに中学の頃は付き合ってなかったようですから」
「姫子ちゃんも恋愛に興味あるんだ」
「あら、わたくしも女子高生ですわよ。恋愛の一つや二つ、興味ある年頃ですわ」
しかし私は空と付き合っているわけではないし、両想いだとか言われてもお互い実際言葉にしたことはない。
「わたくし、お二人はとてもお似合いだと思っていますの」
「あ、ありがとう....?」
「うふふ、いつかダブルデートというものをしてみたいですわね」
「姫子ちゃんは彼氏がいるんだ」
「いいえ、いませんわよ」
「...?」
終始笑顔を絶やさない姫子ちゃんだが、会話がかみ合っていないような気がする。
お嬢様と庶民では会話の成立もなかなか難しいのかもしれない。
姫子ちゃんが注文した紅茶を優雅に飲む姿を見て、思わず見惚れてしまう。
動作のすべてが私と違う。どうして私姫子ちゃんと友達なんだろう。どうして空は姫子ちゃんと友達なんだろう。空は相手がお嬢様でも上手く付き合っていけるのだろうが、私はそこまで器用じゃない。姫子ちゃんは好きだし友達だと思っているけど、「お嬢様」を実感すると自分がとるべき言動や振る舞いを考えてしまう。