第74話
金曜日の放課後、空と一緒に帰ろうと思ったのだが、何やら職員室に呼ばれたらしい。詳しい内容は知らない。私は今日、急いで帰らなければならない。何たって今日から始まるアニメの録画をしていなかったのだ。
母に頼もうと思ったが、久しぶりに休暇をとった友人と温泉旅行に行っているためそれは無理である。
今日から始まるアニメはゲームが元になったもので、その上発売当初から面白そうだなと思い買ったゲームである。それがみるみるうちにヒットし、私は親のような気持ちでいたのだ。アニメが始めると知り、これはリアルタイムでも録画でも見なければという使命感が襲った。
空を待っていては遅い。
空を置いてでも家に帰らなければならない。
と言っても、まだ時間はあるのだが。
空が職員室に捕まると長いのだ。しかも呼んだのは空の担任だというじゃないか。
空が優秀で他の教員に自慢したくなる気持ちも分かるし、優秀な教え子と長く居たいのは分かるが、彼の気持ちも汲み取ってやってほしい。
「何故俺がこんな奴のために長居しなければならないんだ」と顔には出さないが、そう思っている空を察してやってほしい。
靴を履き替えて一人で校門まで向かっていると、門の辺りに見慣れない車が止まっていた。
あんなに堂々と止めてもいいんだろうか。駐車場ではなく門の前に駐車すると注目を浴びるし、下校する生徒の邪魔にならないだろうか。
確かあそこは、いつか全校生徒の前で学年主任が「生徒が下校する妨げとなるので、門の前に駐車してはいけませんと、保護者の方に伝えておいてください」の言葉と共に、プリントが配布された。生徒から苦情があったらしく、それ以来、校門の前に車が止まることはなかったのだが。
一年生の保護者の車かな。それにしても大きな車だ。
黒くてツヤのある車はうちのとは比べ物にならない程、高級そうだった。
車に詳しくはないが、恐らくその辺の一般人が持っているものではないと分かる程だ。
「うわ、何だあの車」
ざわざわと、車を見ながら指をさす他の生徒も私と似たような感想を持っているようだ。
高級そうな車と言えば、姫子ちゃんを思い出す。
昨日、丁度電話したし私に何か用があったりして。
でも、姫子ちゃんの車はもっと艶々で高そうだったような...。
そんなことを思いながら少し歩くペースを落として門へ向かう。
姫子ちゃんかな。いや、でもこんな感じの車だったかな。
私は空のような記憶力はない。まあ、空も大抵、女についての記憶力は乏しいが。
「あ、あの子、住之江さんじゃん」
ボソっと聞こえた誰かの声が耳に入った。
住之江さんの車なのか。
通りで、姫子ちゃんの車にしては安そうだなと思った。
もしかしたら姫子ちゃんの車かもしれないと思い、「姫子ちゃんにしてはしょぼい車だな」という感想をどうにか押しとどめていたのだ。姫子ちゃんの車ではないと知り、見ないようにしていた率直な感想を認めた。
「あっ、藤田先輩」
何故話しかけてくるんだ。
私と数メートル離れて歩いていた彼女が振り返って私を見つけた途端、話しかけてきた。
知らない人間ではないし、かといって仲が良いわけでもない。普通は会釈や挨拶程度で終わる関係なのに、何故立ち止まって私を待っているんだ。
「先輩、今帰りですか?」
「うん」
私は今からこの高級車に乗って帰るんです、と幻聴が聞こえるくらい素敵な笑顔だった。
これは性格が悪い私の耳のせい。
「今日は空先輩と一緒ではないのですか?」
「いつも一緒ってわけじゃない」
嘘、いつも一緒。
「そうなんですか、いいなぁ」
羨望の眼差しを向けてくる住之江さんから目を逸らす。
「そうだ、先輩、これからわたしの家に来ませんか?」
「ごめん、今日は用事があるから」
「そうですか、では、またの機会に」
冗談じゃない。今日は絶対だめだ。またの機会もない。
「住之江さん、校門の前に車を置くのって禁止じゃなかったっけ」
「申し訳ありません。家の者が勘違いしたみたいで....。よく言っておきます」
あ、なんか今の言い方腹立った。
姫子ちゃんだったらそんな言い方せずに「以後気を付けますわ。御指摘ありがとうございます」と言うだろう。姫子ちゃんと比べては悪いか。
「では、失礼します」
そう言って彼女は車に乗り込んだ。
周りの生徒は物珍しそうに彼女の車を眺めている。
私はさっさと帰るのもどうかと思い、彼女の車が小さくなるのを見て校門を出た。
時間を見るため携帯を出すとメールが届いていた。
今終わったという空のメールにより、数分門の辺りで待機する。
アニメの時間まで、まだ少し余裕があった。




