第66話
とある休日、空は私の家に遊びに来ていた。
いつもは私が空の家に行っていたから空が家に来るのはちょっと久しぶりだ。
今日、空が私の家に来たのには訳がある。
幼稚園に通っていない、はとこの面倒を私がみることになった。生憎、うちの両親は仕事があって朝早くから出かけており、家には私だけ。よって私が幼いはとこの面倒をみることになったのだ。
しかし、何故空まで家にいるかというと、私が空の家に行けないからだ。はとこの面倒で外出できない私、私に会いたい空。そうなると空が私の家に来ざるを得ないのだ。
「で、この子がはとこ?」
私の膝の上で大人しくしている可愛らしい男の子を見て空が言った。
「そう、健太くん」
健太くんと空が会うのは初めてだ。
健太くんとは親戚の集まりでしか会うことはない。たまに家族ぐるみで交流することもあるが、私の家に来たのは初めてだ。
健太くんは私に懐いてくれていると思う。会う度遊んでいるし、今もこうして大人しく膝の上に座っている。
普段懐いてくれる友達も子どももいないので、私は素直に嬉しい。
「じゃあ、今日一日はこの子の世話?」
「そうなる。頼まれてるし」
「ふうん」
にこにこ笑ってはいるが、どことなく不機嫌だと思うのは長年の付き合い故だ。
不機嫌というか、企んでいるというか。良い雰囲気を纏っていない。
何だ何だ、と怪訝にしていると健太くんは身じろぎして私の膝の上から降りた。
どこへ行くのかと見守っていると、どうやらテレビが見たいようでテレビの前で「見りゅ」と指をさしている。
私も将来子どもほしいな、と思いながらテレビの電源を入れてあげた。
「優、子どもほしいの?」
「え?」
今まさに思っていたことを当てられて驚く。
よく分かったな。
空に嘘は通用しないし吐く理由もないので素直に頷く。
「へえ、何人ほしいの?」
「んー、二人はほしい。一人だと寂しいし」
私が一人っ子なので、一人の寂しさは理解しているつもりだ。
一人は楽だがやはり寂しい。
兄弟がいる人の話を聞いたりすると、とても楽しそうでいいなと思う。
一緒に買い物に行ったり勉強したり喧嘩したり。羨ましい。
だからもし、自分に子どもができたなら二人以上にしてあげたい。
そう空に伝えると嬉しそうに笑った。
「へえ、そうだよね、二人以上はほしいよね」
「うん」
空も一人っ子だし私の気持ちが分かったのかな。
空もどうやら子供は二人以上ほしいようだ。
「どんな子がほしい?」
「どんな子?」
「例えば、頭が良くて優しくて頼りにされて人気者で、とか」
「なんか空みたい」
「そういう子にしたいなら、やっぱりそういう遺伝子じゃないとだめだよね」
「そうだね」
遺伝子は大事だよね。
私の父親はハゲじゃないから、私の遺伝子にハゲはないはず。
子供は絶対ハゲさせたくない。
どういう子がほしい、とかそういうのはないけど、普通に人並みに生きてくれる子がほしい。
可能ならば孫の顔も見たい。
まだ見ぬ未来を想像する。遠い遠い先の話だ。
「で、やっぱり優秀な遺伝子となると俺…」
空が何か言いかけたとき、健太くんが軽くよろけてテーブルの角に頭をぶつけた。
危ない、と叫んだが時すでに遅し。ごつん、と鈍い音とともに甲高い泣き声がリビングに響いた。
「け、け、健太くん!」
慌てて健太くんに駆け寄りぶつけた頭をさする。
目立った傷もないし軽くぶつけただけだったが、心配だったので一応健太くんの母親にメールをしておいた。
普段子供と接する機会はなく、あるとすれば健太くんだけ。そんな私が子供の扱い方など分かるはずもなく、こういう場合にどうすればいいのかもよく分かっていない。
取り合えず泣き止むまで背中を撫でたり頭を撫でたりして、落ち着くのを待った。
「良かった、泣き止んだ」
ホッと一息つくと後ろから何か呟きが聞こえたがよく聞こえなかった。
「健太くん、大丈夫?」
「うん」
ぐす、と鼻水をすするのでテーブルの上に置いてあったティッシュを取って鼻を拭く。
大きくてクリクリしている目は赤くなっており、痛々しい。
それにしても、こうやって近くで顔を見るとほっぺがぷにぷにしていて、つい触りたくなる。
これは化粧水や乳液で手に入るような肌ではない。羨ましい。
「ゆーちゃ」
よしよしと未だ慰めていると健太くんからぎゅっと首にしがみついてきた。
健太くんと同じ目線になるようにかがんでいたので、しがみつきやすかったのだろう。
ぎゅぎゅぎゅっと抱き着いて、私の髪の毛にぷにぷにの頬を寄せ、それはそれは可愛らしいのだ。私もついつい抱き着いてしまい、子供特有のミルクみたいな匂いを堪能した。もしかするとそんな匂いなんて私の錯覚かもしれないがそれほど可愛いということだ。
健太くんのことで頭がいっぱいになっていると、寒気がした。
「ねぇ、優、俺が代わるよ」
健太くんとぎゅうぎゅうしていたら空が背後から笑顔で寄ってきた。
空は子供好きだったっけ。
「え、でも」
「洗濯物、外に干すんでしょ?」
健太くんが朝、家に来たときは雨が降っていたので洗濯物を室内に干していたのだが、外を見ると雨は上がり太陽が顔を出していた。
「優の下着に触ってもいいって言うなら、俺がやるけど」
「自分でやります」
健太くんを空に預け、私は洗濯物を取り入れようとリビングを出た。
下着に触られることに多少の抵抗はあるが、自分でやるのが面倒なときは何度か空にしてもらったことがある。だが、こうも「触っていいなら」などと言われ、恥ずかしくないわけがない。それに前は黙ってテキパキとやっていたのに、そんな台詞を言うってことは「自分でやれ」と遠回しに言っているように聞こえる。気のせいかもしれないが。
「こンの、クソガキッ」
リビングを出る際、何か聞こえた気がしたが下着のことしか考えていなかったので空の呟きは私の耳に入らなかった。




