第58話
瀬戸先輩はあの謝罪の後、予想に反してよく見かけるようになった。偶然だと思うがそれにしてもよく会う。瀬戸先輩と私の二人で遭遇するのではなく瀬戸先輩と私と空の三人でよく会うのだ。
控え目に会釈する先輩の姿は年上に見えなかった。普通、先輩とすれ違ったなら後輩が会釈して先輩は軽く手を振るくらいなのだが。
それにしても、よく会う。
帰りもばったり出くわしたり移動教室も出くわしたり。意図的ではなく、ただの偶然だろう。瀬戸先輩の存在を知らなかった頃からすれ違ったりしていたのかもしれない。私が瀬戸先輩を認識するようになったから、よく会うなと思うようになっただけという可能性もある。
しかし、わざわざ空き教室で空と会っていた事が引っかかっているので「もしかして」という想像をしてしまう。もしかして、瀬戸先輩は、もしかして。その先は私の心の中だけに留めている。確証はないし、ただの憶測だ。
「最近、瀬戸先輩をよく見かけるね」
帰り支度をしながら空に言う。
「え?あぁ、そうだね」
空は特に気にかけていないのか、「そんな奴いたな」程度の反応しか見せない。
瀬戸先輩の恋愛事情なんか知らないけど、積極的に恋愛をするような印象はない。
彼氏がいるのか好きな人がいるのか、分からない。あの性格を目の当たりにしたら彼氏も好きな人もいないという説が濃い。しかし女は分からないもので、あんな性格でも男性から見れば可愛いと思う箇所があたったりなかったり。
今日の休憩時間に山本さんたちが読んでいた雑誌に書いてあった。「男性を落とすときは適度なツンデレがポイント」と。瀬戸先輩のアレを適度と呼べるのか疑問だが、ツンデレは男子ウケが悪いわけではないようだった。空は別として、いつもツンツンしているけどたまに見せるデレがグッとくる男性が世の中には多いらしい。ギャップ萌えか。
「優、まだ瀬戸先輩に興味あるの?」
「え、別に」
瀬戸先輩のツンツン攻撃が終わったというのに、未だに瀬戸先輩の話をする私をじっと見つめてくる。
「なら、いいけど」
「....何で?」
「あれは絶対、面倒くさいタイプだから」
「瀬戸先輩のこと?まあ、そうだろうね」
あれだけ中身を見せつけられては、友達になりたいとも思わない。
キツイ性格の人は好きじゃない。
空はそれでも私をじっと見つめた。
美形にそんなに見つめられては心臓に悪い。見慣れている顔とはいえ、美形にガン見されると耐えられない。
「そ、そんなにジロジロ見られると気になるんだけど、なに?」
「いや、別に」
瀬戸先輩に興味を持つのが嫌だ、とでもいうのか。
嫉妬しているのか。
自意識過剰と言われそうだが、嫉妬以外思い当たる節がない。
「あ、俺、自動販売機でお茶買いたいんだけど、いい?」
「う、うん」
この話はもう終わり、と線を引かれた。
放課後に自動販売機を利用する生徒は少ないので靴を履き替えて中庭に行く。
今日は日差しが強く、日焼け止めを塗ればよかったなと後悔する。
「優も買う?」
「いらない」
どうせ家に帰るだけだし。
空が小銭を入れると、ペットボトルの緑茶が鈍い音を立てて落ちてきた。空はキャップを開けてその場で飲む。
「いる?」
私が飲みたそうな顔をしていたからか、いやしていないんだけど、一口飲んだお茶を渡してきた。遠慮する理由もないしちょっと暑いので躊躇いなく受け取った。
「あ」
ゴクゴクと一口二口飲んでいると後ろから声がした。振り向くとこっちを見ている瀬戸先輩がいた。
本当に、よく会う。
「瀬戸先輩、こんにちは」
空が挨拶をしたので私も「こんにちは」と会釈をつけて挨拶をした。
先輩も自動販売機に用があるのか、こちらへ歩み寄る。
「こんにちは、もう帰り?」
「はい。先輩はまだ校内に残るんですか?」
「受験勉強があるからね。家にいたら勉強する気にならないから、学校に残って勉強してるの」
空と会話をする先輩。私と先輩に直接的な接点なんてないし、私より空と喋る方が自然な流れなのだけど、本音を言うと面白くない。
「ん、はい」
四口くらい飲んだお茶を空に返す。その瞬間の先輩の顔を私は見逃さなかった。
「二人は幼馴染なんだっけ」
「そうですね、家も近いので」
「ふうん、付き合ってないの?」
「うーん、恐らくそうですね」
私の中ではっきりと明確な答えが出てしまった。
空はなんともないような笑顔で話している。気づいたのは私だけなのか。
強い日差しが肌を焼く。チクチクと棘を刺されるような感覚があるのは太陽のせいか、瀬戸先輩から放たれるものによるものか。
明確な答えは出た、しかしそれが本当なのかは分からない。私と先輩は二人きりで話したことはないし、これからも二人で会話なんてしないだろう。今、この状況もそうだが、私の隣に空がいたとしても私と先輩が話すことなんて滅多にない。
先輩は空と話している、私のことは見ていない。違う。私のことは見ていない、だが私を意識している。
空との会話が楽しいのか、何度か声を出して笑う。
私にはその声が、私を嘲笑っているように聞こえた。




