第57話
朝、空と一緒に学校へ登校し二年生の階まで上がると瀬戸先輩が待ち構えていた。
また何かあるのだろうかと身構えていると、意外にも瀬戸先輩は頭を下げた。
「ごめん!!」
階段の前で頭を下げる先輩に通りすがる同級生たちはチラチラこっちに視線をやる。
「昨日茜から色々と言われて、よくよく考え直したらあたしが悪かった。勝手なこと言ってごめん」
空だけに謝ればいいものを私と一緒にいるときに謝罪をするとは、一応私にも迷惑をかけたと思っているからか。
良くも悪くも感情を表に出す瀬戸先輩は、良い言い方をすれば素直だ。
自分の意志が通るまで粘る所もそうだし、こうやって自分に非があると分かったらすぐ謝罪する所も正直である。
「いいですよそんな、全然気にしてません」
爽やか笑顔を振りまく空から爽やかな香りが漂ってきている、ような気がする。
「蒼井には色々言ってしまったし、こっちの子にも迷惑をかけたし。ごめん」
「あ、いえ、全然」
素直だ。ここ数日抱いていたイメージと少し違う。
色んな人が通りすがりにこちらを見たり、わざわざ見物しに野次馬が来てるというのに謝る姿勢を崩さない先輩。なかなか勇気がある。
先輩が後輩に頭を下げるというだけでも居心地が悪いと思うのに、人がいても気にせず堂々としている先輩は、なるほど、やはり意志は強い。精神的にも強い。
「あ、あたし一限目体育だから悪いけどもう行くね。色々、ごめん」
最後まで表情を変えずに階段を下りて行った。
この謝罪で瀬戸先輩に対する印象は大きく変わった。
あの人はもしかして、男性よりも女性から支持される人なのかもしれない。
空は意外そうな顔をしていたが、やはり何事もなかったかのように教室へ向かった。
野次馬は面白かったのか面白くなかったのか分からない反応をしてコソコソと会話をしている。先輩がわざわざ二年生の階までやってきて、学校のアイドルに謝罪をしたのだから、少なからず興味はあるだろう。
「藤田さん、何かあったの?」
席に着くなりそう聞いてきたのは山本さん。どうやら先程のやりとりを見ていたようだ。
「なんか廊下が騒がしかったから見に行ったんだけど」
「何でもないよ、ちょっとね」
誤魔化しながら鞄から教科書を出して机に入れる。
「ていうか、さっきの先輩って瀬戸先輩?」
「山本さん、知ってるの?」
山本さんの口から「瀬戸」という名前が出たので知り合いなのかと尋ねると、「うーん」と微妙な顔をされた。知り合いではないのか。
「知り合い...いや、先輩はわたしのこと知ってるのか...うーん」
曖昧な関係らしく、山本さんは瀬戸先輩のことを知ってるが、瀬戸先輩は山本さんのことを知らない。そういう関係を何ていうのだろう、関係性に名前を付けるとしたら、一方的に知ってる人、なのか。
「わたしの先輩の友達なんだけど、性格が凄いらしよ」
「凄い?」
「なんか、猪突猛進というか突っ走る系女子というか、思いたったらすぐ行動?」
「なんとなく言いたいことは分かる」
「それで、わたしの先輩が迷惑したって話。詳しくは聞いてないけど、わたしの先輩、怒り方が尋常じゃなかったから相当迷惑を被ったみたい」
人の気持ちを汲み取る前に自分の気持ちだけで行動してしまうのだろう。
少し関わってみた感じ、そう思った。
山本さんは良い顔をせずに「あの先輩とはあまり関わらない方がいいよ」と忠告をくれた。
あの先輩が良い人か悪い人かで判断すると、ちょっと考える時間は必要だが、恐らく良い人だ。友達のために行動して自分に非があったと自覚するとすぐ謝罪をする。そこだけを切り取ると素直で良い人だとは思う。
しかし関わりたいかと問われると、否だ。
私が内海先輩だったなら秒で瀬戸先輩を友達の枠から追い出す。
自分のために動いてくれるのは有難いが、そういうのは上手くやってほしいものだ。
「瀬戸先輩は今年受験生だし、関わることも少ないと思うけど」
「山本さん、ありがとう」
「ううん、ちょっと気になったからね」
それだけ言って自分の席に戻っていった。
その通りだ、瀬戸先輩は今年受験生でもう関わることもない。
あの先輩が推薦で大学に入るのならともかく、ほとんどの人は一般入試のために受験勉強を必死こいて頑張るのだ。学年が違うとほとんど関わりはないし、受験勉強も相まって、瀬戸先輩とは一層関わることはないだろう。
それより、私は少し気になることがある。昨日のことだ。
昨日、空は空き教室に行って瀬戸先輩と話をしていた。何故。
昨日の放課後、空の教室に人はいなかった。空のクラスは早く終わったこともあって教室がからっぽになるのは早かった。それに私が職員室に行く前、空は教室にいた。「職員室前まで一緒に行こうか?終わったらすぐ帰れるように」と言っていたから先輩が空を呼び出したのは朝とか昼とかではなく、私が職員室に行った後だと思う。
ではなぜ、そのまま空のクラスで会話をせずに空き教室まで行ったのか。不思議だ。
私はそこが未だ引っかかっている。