第51話
「空、知り合い?」
「ん?」
仲が良くないのかと思い空に尋ねるが、作り物の笑顔をこちらに向ける。
この顔は「こいつ誰?」の顔だ。
どうやら空の知り合いではないらしい。もちろん私の知り合いでもない。
同じ学校の人だろうか、雰囲気から察するに年下ではないようだけど。
「知り合いじゃないわよ、こんな男」
ふんっ、と汚物を見るかのような表情は、空もイラっときたのか若干口元が引き攣っている。
隣のショートカットの女性は「ちょ、ちょっと言い過ぎだよ」とセミロングの子の袖を引っ張る。こっちの子は普通の子らしい、常識がある。
「えっと、どちら様ですか?」
セミロングの子は空のことを知っているようだが、空はセミロングの子を知らないようなので、気を遣って私が尋ねる。
「瀬戸夏美、三年よ」
勝気な印象を与えるこの瀬戸さんは先輩らしい、ということは同じ学校なのかな。
「瀬戸先輩、何か用ですか?」
さもあなたのことを知ってます、みたいな顔をして平然と言う空。
「はぁ?あんたに用はないのよ、後ろの店に用があるんだけど」
自意識過剰じゃない?と付け足す先輩に空の怒りが伝わってくる。
私でもその言い方はイラっとくる。
もっと他の言い方はなかったのだろうか、仮にも先輩なのだから良識ある態度で接してほしい。
「あぁ、俺たち邪魔でしたね、すみません」
「いえっ、そんな!夏美もそんな態度やめなよ」
ショートカットの先輩が瀬戸先輩に注意した。
「あ、わたし内海茜と言います。こちらこそごめんなさい」
ショートカットの先輩は内海さんというらしい。
内海先輩は空を見て自己紹介をしたというよりは、私にしたように見受けられた。
でも普通の子なら空を見て言うんだけどな、私の方をじっと見つめて自己紹介をしたのは、空を見るのが恥ずかしかったからかな。
どちらにせよ、瀬戸先輩とは違って優しそうな印象を受けた。
「いいえ、そんな。俺、嫌われてるんですかね?」
いきなりぶっこんだ。何かしたかな?と首を傾げる空の演技力は素晴らしい。内心怒りで「このクソ女、何様だよ」とか思っているに違いないのに、それを顔に出さず困った顔で下手に出る。
「嘘くさいのよ」
「え?」
「あんたのその顔も性格も全部嘘くさいのよ。だから嫌い」
ギロリと睨まれる空は呆気にとられている。それもそのはず、そんなことを言われたのは初めてだろう。私も空にそんなことを言う女は初めて見た。
確かに、今までそういう意見を持っている子はいた。だがそれをこうも表に出す子はいなかったのだ。
鋭い目で睨みつける瀬戸先輩は空のことが嫌いだと訴えている。
空は目をぱちくりさせて、一瞬目を細めた。
ほんの一瞬だったので先輩たちは気づいていないだろう。
「そうですか、じゃあ、俺たちはこれで」
ニコリと笑ってその場を去ろうとする空を、瀬戸先輩は鼻で笑った。
「言い返さないってことは図星なの?」
煽るのが好きらしい。
二人からは見えない角度で空は面倒くせぇ、と顔を歪めている。
しかし振り返ったときには外面を貼り付ける。
「俺は、嘘を吐いてませんよ」
「ふんっ、どうだか」
「では、これで失礼しますね」
ペコリと一礼して私の手を引く空。
慌てて私も一礼したが、あの先輩はずっと空を見ていた。
先輩たちが店に入ったのを確認し、私は空に確認をとった。
「知り合いなの?」
「全然」
「ふうん、喋ったこともないの?」
「多分ね」
街中なのでイライラを顔に出さないが、帰ったら愚痴が始まるな、これは。
「随分嫌われてたね」
「知らない奴にいきなり嫌いとか言われてもなぁ」
「ツンデレなのかな」
「ハッ、デレがなかったでしょ。あと俺、漫画でもツンデレ好きじゃないんだよね、ただウザいだけじゃない?」
笑顔で毒を吐く空は先程困ったように笑い「嘘は吐いてない」と言ったばかりなのに。
空はあの先輩のことを知らないと言っていたけど、嫌いってことはそれなりの理由があるわけで、空が覚えてないだけなのでは。
「でもあの先輩、ちょっと可愛くなかった?」
「はぁ?どこが。性格が顔に出てたんだけど」
「空の基準は高いね」
「優を可愛いって言うあたり低いと思わない?」
「ねぇ、ちょっとそれどういう意味」
「あはは、嘘だよ」
楽しそうにケラケラ笑うが、私からすれば今のは嘘ではないだろうと問い詰めたい。
しかし、わしゃわしゃと楽しそうに撫でられては、そんな気も失せてくる。
「私は犬じゃないんだけど」
「そうだねぇ」
ぺちっ、と大きな手を払い落として髪を整える。
怒ったように言ってみたが、嫌だと思っていないことはきっと空も知っている。
人混みの中を歩き回り、疲れたとこで今日のお出かけは終了した。