第46話
空に六位を取ったと伝えれば頭を撫でて喜んでくれた。私も満更ではなくそれを受け入れた。
順位が発表された日の放課後は空の周りに普段よりも人が集まった。空が一位を取ったときや、空が怪我をしたときにしか話しかけにいくことができない人がいるからである。何も用がないのに話しかける仲ではない、だが一位を取れば「おめでとう」「すごいね」等の言葉を使って会話ができ、怪我をしたときは「大丈夫?」「無理しないでね」等の言葉をかけることができる。
張り紙を出されたときから同じ言葉を何度も聞いているからか、空の表情には色がない。
考えてほしいものだ。普段声をかけることのできない自分が「おめでとう」の一言を許される。しかしそれは自分にだけ与えられたものではなく、大勢の人間にも許されるのだ。その一言だけを吐いたとこで空の記憶に残るとでも思っているのか。もしくは記憶になんて残らなくてもいいから、ただ会話をしたいだけなのか。自己満でしかない「おめでとう」を空に放ったところで掴んでくれないのが現実だ。
「空くんおめでとう」
他の女を真似て言うと、空はため息を吐いて机の上に置いた鞄に顔を埋めた。
今日は久しぶりに自分から空の教室へ迎えに行った。私の機嫌がすこぶる良かったので、たまにはこういうのもいいかなと思ったからだ。
放課後の教室は空のファンがわんさかいるのかと思いきや、そうでもなかった。想像と違う室内に驚いたがどうせ空がやんわりと何かを言って蹴散らしたのだろう。
「優、六位は過去最高でしょ?」
「そうだよ、ありがとう」
「…じゃあ一緒の大学行けそうだね」
「えっ、空の行く大学なんて絶対レベル高いに決まってる」
「でも普通の大学行ってレベルの低い人間と関わりたくないでしょ」
「レベルが高い大学に行ったからってレベルの高い人間だけがいるわけでもない」
「まあそれはそうなんだけどね。どっちかって言うと、って話」
はぁ、とまた眉を下げる空の横顔はどこか憂いもあり美しい。身近にこんな王子様のような男がいるのだから関わりを持ちたい人間の気持ちも分からんでもない。
私がもし空と幼馴染ではなく、その辺の生徒Aであったなら私は空と関わりたいと思っただろう。イケメンと友達になったら妬み嫉みで女から嫌われて大変なことになる、と拒否しながらも心のどこかでイケメンの友達になれるものならなりたいという思いもでてくるのだ。それが人間というものだ。
「あ、そうだ。俺国語のノート持って行かないといけないんだった」
「あぁ、だから教卓の上にノートが山積みになってるんだ」
「そうそう、俺国語係だから」
重たい腰を浮かせて鞄を背負う空に合わせるように私も鞄を背負い直した。
今日の空は元気がない。「おめでとう」攻撃は効果抜群だったようだ。
明日は休みなんだからゆっくり休んでほしいな、なんてどこぞの可愛い彼女のようなことを思う。
「半分持つよ」
さすがに四十冊近いノートを一人で持つのは大変だろう。半分持とうとすると「いいよ」と拒否してきたので無理やり半分奪い取った。
「優ちゃんは良い子だねぇ」
「空は悪い子だね」
「えぇー、俺何かしたっけ?」
「今までのことを思い返してみて」
「んー、褒められたことしかないんだけどなぁ」
へらっと笑う空とゆっくり放課後の廊下を歩く。国語のノートは恐らく国語準備室にいる先生の元まで運ぶ。丁度この階にあるのだから、皆自分で持っていけばいいのに。あぁ、でもそうすると先生が大変なのか。
「あ、国語と言えば。思い出した」
「何?」
「今日、福永さんだけにテスト範囲を細かく教えるなんて、っていうクレームを国語の先生に誰かがしてたよ」
「ふうん、だろうね。自分の中だけに留めておけばいいものを、態々人に威張って言いまくるんだもん、そりゃそうなるでしょ」
福永さんはそこまで頭が回る人間ではなかったということだ。
「あの女みたいな人種って大抵自爆するんだよね、笑えることに」
「空が悪魔に見える」
「俺は優が天使に見える」
「目ぇ腐ってんじゃないの」
「おかしいな、毎日鏡見てるんだけど」
「腹立つ」
美形が映る鏡を毎日見ているから目は肥えてると、遠まわしに言う空の顔を皆知らないだろう。私しか知らない顔だ。いくら群がったとこで外面笑顔百パーセントしか知らないだろう、そうだろう。
場所が学校なだけに若干の優越感に浸りながら国語準備室の前まできた。
空がノックをしようと手を丸めたとき、中から人の声がしたので動きはピタリと止まった。
先生たちのプチ会議かな、そう思ったのも束の間、中から聞こえたのは最近よく聞く声だった。
「えっと、どういうことですかね」
「福永さん、他の生徒に言っちゃったでしょう?テスト範囲のこと」
どうやら福永さんと先生が話をしているようだった。
内容は今回のテストについて。
さすがにこのタイミングで入るのもどうかと思い、そのまま棒立ちになる。
空も私と同様その場から動かない。
タイミングが悪いから、というのもあるが半分くらい好奇心もある。