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第28話

空くんと藤田さんが喧嘩してるらしいという噂はお昼休みになると学校中に知れ渡っていた。私がいないからと言って、無遠慮に群がる女子生徒。私がいても群がっていたが、少なからず遠慮していた生徒たちがこぞって寄っていくものだから蟻の大群かと思う程だ。


お弁当を食べ終わった後、お茶を飲もうと鞄を漁るが水筒が見当たらない。しまった、家に忘れてきた。仕方ないと財布の中身を確認したら野口さんが一人いらっしゃったので、財布を持って一階の自動販売機に向かった。あと十分で授業が始まる。早く買って早く戻ろう、と自動販売機の前に行くが長蛇の列ができていた。あと十分で授業が始まるというのにこの列は何事だ、とよくよく耳を澄ますとどうやら今日から発売の新しいジュースがあるみたいで、皆それを求めてやってきたようだ。

今日に限って新商品など、迷惑だ。

この列に並ぶ気はさらさらなかったので、校舎裏にある自動販売機に向かうことにした。あそこなら誰もいないだろう。お茶とスポーツドリンクが主なので人も少ないはずだ。

靴を履いて校舎を出るのも面倒だったので、上履きのまま近道を使って校舎裏に出た。

静まり返っている校舎裏は人の気配がない。列もできていないことだろう。あと数分で買わなければならないので速足になりながら販売機の前に来た。

来たのはいいのだが、どうにも買いにくい状況だ。何故なら、空がいたからだ。私は校舎の陰に佇み踏み出すのを躊躇する。

そして、おや、と目を細める。あれは、空と笹本さんではないか。どうしてあの二人がここにいるんだ。


笹本さんは私が一方的に知っている一年生であり、二人は面識がないはず。笹本さんが空を知っていても空が笹本さんを知らない。私が笹本さんの話をしたが、それでも顔は分からないはずだ。この組み合わせは意外だったため、出るに出れない。

話声は聞こえないが、とても楽しそうに談笑しているように見える。笹本さんって笑うんだ、と不躾にも驚いた。空に至っては王子様スマイルで相変わらずだ。

図書室の先生から聞いていた話と少し違う。笹本さんは大人しめでコミュニケーションをとるのが苦手だという風に聞いていた。控え目にとはいえ、笑いながら空と近距離で会話をしている。

ふうむ、空はあの子が気に入ったのか、それとも単なる気まぐれか。可能性としては後者が高いが実際のところは分からない。


すると、二人は販売機を背にし、こちらへ歩いてくるではないか。しかも私と同じで上履きのままだ。ということは私と同じルートを辿ってくるに違いない。どうしよう、バレる。バレてどうなることではないが、バレてしまうのは嫌だった。

そんな私の思いとは裏腹に、空は「もうこのままサボろうかな」と笹本さんに告げた。声が聞こえる距離にまで来ていた。


「もう時間もないし、どうせこの後の二時間って長めのホームルームだしね」

「で、でも、そういうのは良くないと思いますよ...」

「そう?笹本さんは授業に出るの?真面目だね」

「そ、空先輩も戻りましょうよ」

「んー、でも面倒だしねぇ。笹本さんも一緒にサボろうよ。あ、これは先輩らしからぬ発言だよねー、今の忘れて」

「い、いえ....じゃ、じゃあわたしもサボります」

「あはは、笹本さんも悪い子だねぇ」

「そ、空先輩ほどじゃ、ないです...」

「はぁ、なんか、青春って感じだね」

「そ、そうですね...」


初めて笹本さんの声を聞いた。女の子らしい高い声ではなく少し低めの声だった。普通にきょどって喋っている辺り、コミュニケーションが苦手だというのは本当みたいだ。

それにしても、笹本さんがサボるのか、とても意外だ。そんな感じの子には見えないのに。

空がサボるのは今更だ。こいつがサボっても「体調が優れませんでした」とその一言だけで誰も不思議に思わなくなる。ずるい男だ。

しかし、一年生のこの時期にサボるだなんて大胆だ。笹本さんは教室の隅っこで静かに本を読んで友達とも話さない、そんなイメージがあった。それが学校のアイドルとサボりだなんてまるで少女漫画ではないか。どうせ本人も内心嬉しがっているんだろう。


「じゃ、一緒にサボろうか。笹本さんってどんな本が好きなの?」

「わ、わたしは、えっと、渡辺誠一の...」

「あぁ、有名だよね。彼の作品では俺、夏の人形が一番好きだな」


嘘つけ、ありきたりなホラーで面白い要素なんて一切ないし、読むだけ無駄だったと言っていたじゃないか。確かにあの人の本は普通だしファンもいることにはいるがそこまで面白味のあるホラーでもない。彼よりも怖いホラーを書く人はたくさんいる。確かそう、空も言っていた。

好きでもない、思ってもないことを欠片も表情に出さずしきりに笑顔で会話をする空のスキルは尊敬に値する。


「そ、そうなんですか。わたしも、好きです」


そんな会話を聞いて、ふと時間を見ると残り二分になっていた。

こんなとこにいる場合じゃない、教室に戻らなければ。

急いで踵を翻し、その場を立ち去った。その後の授業で、私は空と笹本さんの関係について考えていたため、授業の話なんて聞き流した。それ故、配られたプリントに書くこともできず、放課後居残りが決定したのだった。

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