第27話
朝がきた。毎朝鳴る目覚まし時計が一層うるさく、ベッドから払い落すと大人しくなった。数年一緒に寝た目覚まし時計もついに壊れ、情もなくゴミ箱へ放り込むとガラクタらしい音がして不快でだった。
学校へ行く支度ができたら家を出る、ここまでは変わらないルーティーン。しかしいつもなら決まった場所で声をかけてくる空がいなかった。私の望みは消え、恐らく今日一日は話しかけてこないだろうと予測し、物寂しくなった。一人が嫌いではないし、むしろ他人に合わせなくても良いのは楽で好きだ。それでも空はもう私の生活の一部になっているので、一日でも関わりがないとそわそわして落ち着かない。空は学校に着いてるのかな、それともまだ家なのかな。ズシリと鞄が重くなった気がした。ダンベルとか重たいものは入ってないはずなのに、一歩一歩踏み出す度息が切れそうだった。
時間は無常にも過ぎるもので、私が学校に着いて何気なく空の靴箱を見ると白いスニーカーがあった。私よりも早く家を出たんだ。
階段を上り、二年生の階の廊下を歩くと前方に見知った顔があった。空だ。いつもと変わらない笑顔でいつもと変わらない姿でいつもと変わらない声で、友人数名と楽しそうに喋っていた。
一度目が合ったが、ふいっと逸らされた。
私は気づかなかったフリをして教室に入った。すると、待ってましたと言わんばかりに山本さんたちが集まってくる。
「空くんと喧嘩でもしたの?」
「あー、うん」
「へえ、珍しいね」
「そうかな」
彼女たちは何を思っているのか。今がチャンスだと思っているのか。少なからずそういう輩はいると思う。
山本さんたちと話していると、加奈子ちゃんがやってきた。カナコちゃんがこっちへ来るのを見た彼女たちは嫌そうに顔を顰め、口数も減った。
相当嫌がられているみたいだ。無理もない。勘違いと一緒にいて得をすることはないし、周囲から同類だと思われそうだし。私だってあぁいう子とは関わりたくない。
「優、空くんと喧嘩したんだって?」
「あーうん」
「何で喧嘩したの?」
「些細なことだよ」
「まっ、何かあったら言いなね。相談に乗るから」
「ははっ、アリガト」
「やっぱさぁ、話したくないこととかあるじゃん?しかも相手が空くんなら尚更っしょ」
ではなぜその話したくないことをわざわざカナコちゃんに話さなければならないんだ。話をきいていた誰もがそう思っただろう。現に山本さんたちも顔を見合わせて目で会話をしている。「えっ、なんなのこいつ」「さあ、馬鹿なんじゃないの」のような会話を視線だけで行っていた。
カナコちゃんの取り巻きの子たちもやってきて、空くんの喧嘩話を聞きたいらしく笑顔でやってきた。
「で、何があったの?」
「え」
「空くんと何かあったんっしょ?優は何もないのに怒る人じゃないし」
さも私のことを理解しているような口ぶりで語るカナコちゃんの対処法が分からない。
何もないのに怒る人じゃない、ってそれ世の中の大半の人がそうだと思う。
すると山本さんが「藤田さんと友達なの?」とカナコちゃんに尋ねた。「優?もちろん、友達だよ」という言葉をキョトン顔で言ってのける。
少し話たことがある程度で、友達と認識していなかった人に友達だよと宣言されたときって何て言えばいいんだっけ。昔インターネットのコラムで見たことがあるようなないような。
「で、空くんと何があったの?」
しつこい。
「そんなの私じゃなくて空に聞いて」
思わず言ってしまった。
ただのクラスメイトにキツくしてしまった。
気分を害したかなと思ったのも束の間、特に気にした様子はなくケロリと「そうするわー」と教室を出て本当に空の元へ行ったのだから唖然とした。
もしかして、鈍い子なんだろうか。ある意味素直だ。
「でも藤田さん、気をつけなね」
山本さんがカナコちゃんに触れることなく続ける。
「藤田さんがいない今が好機だと思ってる女子結構いるみたいだから、特に一年」
「でも喧嘩っていっても、昨日だよ。こんな朝早くからそんな噂出回る?」
「あぁ、空くんのSNSに昨日の夜、優と喧嘩なうっていう投稿があったみたいだから」
うぇっ、そうだったかな。昨日はSNS(女子高生用)を見ていないから知らなかった。
びっくりする私に苦笑して再度念押しする山本さん。
「その返信に色んな子から、大丈夫?みたいなこと言われてたから気になってる子は多いよ。また空くんの彼女騒動とかになったりするかもね」
「それは...嫌だな」
思い浮かべてみる。
私たちが喧嘩している間に空とお近づきになった女がいたとする。その女は私と空が仲直りをすると「でも私たちの方が仲は良いし」と上から目線を寄こす。長年幼馴染として隣にいた私より仲良くなれたことを自慢し、さらには「空、藤田さんと遊ぶの?しょうがないなぁ、いいよ」と何故か空が私と会うことに許可を出したりするんだ。優越感に浸り、私からの嫉妬が最高のデザートだと信じる女。気持ち悪い。
空が私への当てつけでそういう女を横に置いたりしたらどうしよう。また花井さんのときみたく殺意が芽生えるにきまってる。
あるかもしれない、ないかもしれない想像で悶々としていたら山本さんが口を開いた。
「あの勘違い女じゃないけど、何かあったら言ってよね。わたしも空くん好きだし、変な女がベタベタしてるのは腹が立つから」
「ありがとう」
意外と山本さんはそこらへんにいる、空に集る害虫じゃないのかも。
私の中で山本さんの立ち位置が少し変わった。




