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第24話

放課後、私は図書室で静かに本を読んでいる。

空と帰るつもりで教室で待機していたら、サッカー部の友人に「部活で後輩の指導を今日だけしてもらえないか」と頼まれたらしい。いつもなら断るが、今回はその人に借りがあるようで断れなかったと言っていた。後輩に指導?空が?と言いたげな私を察し、「花粉症が酷い先輩や同級生が休みだから、人が足りない」と眉を下げ、申し訳なさそうにしていた。

本から目を逸らして校庭を見下ろす。空の様子を見るためにわざわざ窓際の席に座ったのだ。

体操服を着て数人の一年に教えているであろう姿を見て、さすがだなと感嘆する。綺麗なフォームで手本を見せる空は何をやっても上手い。

空がサッカー部の手伝いをしていると知った女子生徒たちが帰らずに、校庭の端っこで歓声をあげている。


暫くその様子を眺めた後、本に視線を戻そうとしたらある女子生徒が視界に入った。

その子もじーっと校庭を眺めている。

ネクタイを見ると一年生のようだった。私と同じ髪型で縁なし眼鏡をしている。普通の体形よりも少しふくよかだ。デブとまではいかないが。化粧っ気のないそばかすのある顔は親近感がある。

入学して間もないのに図書室を利用するなんて、本が好きなのかな。

私が観察しすぎたのか、彼女も私に気づき一重の目と視線が重なった。しかしそれは一瞬で、すぐに読んでいた本の方へ向き直った。

ふむ、その小説は三年前くらいに流行った恋愛ものだ。確かその本は母親が買っていて、読まされたことのある本だ。確か、イケメンの先輩と普通の女の子が恋に落ちるストーリーだ。どこにでもありそうな話だったが、穏やかに四季の移り行く様と一緒に恋愛模様が描かれており、ついつい入り込んでしまう小説だった。

彼女も、そういう話が好きなのだろうか。

ふと彼女の手元に置いてある本のタイトルが目に入った。背表紙がこちらを向いていたので難なくその本のタイトルが分かった。あれは確か、一億円を五人が騙しあって奪い取る人間の醜い争いを書いた本。そういうのも読むんだ。

ふうん、と特に興味はなかったので自分の本に集中した。



それから彼女を、よく図書館で見るようになった。

お昼休み、放課後。空もサッカー部に呼ばれっぱなしなので図書室によく来るようになった。

そして彼女は、毎回のように同じ席で本を読んでいる。たまに校庭をじーっと眺めた後、また本を読む。その繰り返しだ。

今日もいる、また今日も、今日もいた。



「っていうことがあってね」

「ふうん、珍しいね。優がそんなに知らない子のことを話すなんて」


サッカー部の活動が終わったのを見計らって下駄箱で待っていた。

空が、「俺が図書室に行くよ」と言われたが、さすがに部活終わりの空を距離のある図書室まで来させるほど悪い女じゃない。


「そんなに興味あるの?」

「いや、そうじゃないんだけど。毎回毎回図書室にいるから本が大好きなのかなって」

「まあ、図書室に行く理由はいろいろあるんじゃないの?」

「いろいろ?」

「そ、皆が皆、本を読むために図書室へ行くわけじゃないよ」


分かったように言う空。そりゃあ、そうかもしれないけど。


「優は結構、素直だよね」

「何、急に」


ははっ、と笑う空は私を馬鹿にしてる。


「馬鹿にしてるでしょ」

「してないよ」

「してる」

「してないって」


あれ、なんだろうこの香り。柑橘系の香りだ。

あれかな、スポーツした後によく女子がやってるスプレーのやつかな。

普段運動なんてしないからそういうのには疎いからなぁ。


「ごめん、明日も俺サッカーがあって」

「そうなの?意外だね、断らないの?」

「うーん、もう一週間くらいやるかもしれない。この前助けてもらったからね、このくらいしないと」

「へえ、良い子ちゃんじゃん」

「だって蒼井空くんだからね」


綺麗な顔して悪魔な笑い方をする空はやっぱり綺麗だ。


「あ、その一年の子があの小説読んでたんだよね。ほら、三年前に流行った恋愛小説。ウチの親が空にまですすめてたあれだよ」

「あぁ、あの小説」

「やっぱり女の子は皆好きだよね」

「イケメンと地味な女が恋するとかいう、王道のやつか」

「そう」

「イケメンで社交性のある男が、地味でボソボソ言う女に興味を持つなんて普通ある?私地味だし、みたいな卑下した発言しかしない女のどこに魅力が?じゃあ性能も見た目も悪い商品です、って紹介されたものを買いたくなる?ないわぁ」


空は王道ラブストーリーがあまり好きではないようだ。

一応すすめたら読んではくれるが良い評価はくれない。


「だからその子がその恋愛小説を熱心に読んでいたなら、憧れもあるのかな」

「ただの興味本位かもしれない」

「いやー、どうかなー」


意味深な表情をして、含みを持たせる。

なんなんだ。

怪訝にしていると、よしよしと頭を撫でられた。


「それ好きだね」

「んー?うん、何か癒されるよねぇ」

「知らないし」

「よしよし、可愛いぞー」

「うるさい」

「あ、照れた?」

「なわけ」


ぶんぶんと頭を振って手を振り払う。

空に撫でられるのは嫌いじゃない。嫌いじゃないが、友達とか幼馴染とか恋人というより犬と接しているかのようだから、いや、嫌いじゃないけど。


「ん?何?」


優しそうに笑う空。うん、嫌いじゃない。



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