第20話
「どうしたのその傷!?」
夕日も沈んだ頃、空が顔に傷を負って帰ってきた。制服は少し泥がついている。
空の部屋で呑気にアニメを見ていた私は慌てて空の傷を診る。
「ど、ど、どうしたの?もしかしてこれ...」
「ん。手当してくれない?ちょっと疲れた」
「わ、分かった!おばさんに救急箱借りてくるから待ってて!」
眉を下げてお願いされれば嫌とは言えない。言うつもりもなかった。
あれ、花井さんにやられたんだよね、多分。何があったのかとてつもなく気になる。
「おばさん!救急箱貸して!」
「そういえば優ちゃん、優ちゃんママが心配してたわよ。最近ずっとウチにいるから、優ちゃんママから電話があってね...」
「え、あ、うん、後で電話しておく。だから救急箱貸して」
「はい、どうぞ」
おっとりした女性だ。にこにこ笑うところは空と似ている。
おばさんから救急箱をもらい、小走りで二階に上がる。
花井さんに何か言ったのかな。それともただ花井さんが一方的に?
分からん。知りたい、何があったか知りたい。
「空、持ってきたよ」
「ありがとう、じゃあお願い」
ベッドに座る空の前に立ち、箱から消毒液を出す。汚れた服は着替えたようで、床に制服が投げてある。
痛くないようにちょんちょんと拭き、ガーゼを貼る。
「先にお風呂入ってから手当すればよかったんじゃないの?」
「うーん、それはそれで嫌だ。一回消毒したりしてからの方が安心しない?」
「あぁ、お風呂にもバイ菌がいるし...?」
私が手当をすと楽しそうに鼻歌を歌いだす。
痛くはなさそうだ。
「ねぇ、何があったか聞きたいんだけど」
使い終えた救急箱の蓋を閉め、尋ねる。
もしかしたら、私が言い逃げしたことが原因だったりして。怒った花井さんが空で発散したとか。
そうだったらどうしよう、と不安で顔が歪む。
空が隣をポンポンと叩き「おいで」と言うので、ちょこんと座る。
「どうしたの、何か不安?」
よしよしと頭を撫でられ、優しい声で囁かれる。
空の髪の毛が頬を掠り、くすぐったさに身をよじる。
「今日、花井さんと喋ったんだけど、そのとき私花井さんが怒るようなこと言っちゃって...。それが原因で、怪我したのかなぁ、と」
「あっはは、そんなこと思ってたの?ないない、違うよ」
「....」
「これは、まあ、俺と花井さんの問題だから、優は気にしなくてもいいよ。って言っても今日は優に迷惑かけちゃったしねぇ」
「いつも迷惑はかけられてる」
「ちぇー。まあ、あれだよ。全部言っちゃったんだよね、お前は都合の良い女だったってことを」
「えっ、言ったの!?」
「うん、そしたらこのザマだよー」
そりゃあそうでしょう。私のあの言葉に激怒するくらいだ。すべてを知って怒らずにはいられない。
私のせいではないと知り、ホッとしたのも束の間。次は花井さんに怒りの色を向ける。元はと言えば、花井さんが私をいじめてたから、こうなったのに。しかも、空の綺麗な顔に傷を負わせて、どういう事よ。あんな不細工な面の奴が、こんな綺麗な国宝級の顔に手を出すなんて罰当たりだ。いつか天罰が下ることだろう。傷の跡が残らないといいけど。
「でも、全部話してよかったの?もし花井さんがそれを誰かに喋ったら、空の信用とか...」
「あぁ、それは問題ないよ」
「そうなの?」
「うん、明日になればわかるよ」
楽しみだね、なんて無邪気に笑う。
顔は神のように綺麗だが、性格は悪魔のように黒い。これはまだ私しか知らない。多分。おばさんはおっとりしてるから空の言う事言う事全部真に受けている。
本当の空を知っているのは私だけだと思うと嬉しくなった。