第16話
花井朝子が空と付き合ったときの話をしよう。
私が中学二年生のときいじめてきた人間の一人だ。そして空の一人目の彼女。
私の中での花井朝子は、ブス。とにかくブス。顔もブスだが中身もブス。パッとしない顔というか、ゴリラのような顔というか。
他の子と同じように花井さんはいじめてきたので、群を抜けて嫌いだったとかそういうのはない。印象として残っているのは「まじこいつゴキブリじゃね?」と言ってきたことだ。確か最初に彼女がそう言いだしたと記憶している。
いじめはさすがにキツかった。精神的に。暴力を振るわれたりはしなかったが、精神的ダメージが大きかった。学校に行きたくないと思ったが、これで行かなかったら私は一生学校に通えなくなると思い頑張って通った。空はまったく助けてくれなかったわけではない。家に帰るとドロドロに甘やかしてくれたし、そのときは本気で「私には空しかいない」と若干信者になっていた。
精神的にもう限界だと、学校のトイレで初めて涙を流したその翌日。花井朝子は蒼井空の彼女になっていた。
裏切りだと思った。空が私を好いてくれていたと思っていたし、何よりそいつは私を精神的に追い詰めた一人だ。そんな女を彼女にするなんて裏切りだと思った。
悔しかった。私よりそいつがいいか。何年も一緒にいる私よりも、そんなゴミみたいな女がいいのか。
初めて空に殺意が沸いた。こんなことなら小学生の頃、助けるんじゃなかったとさえ思った。
数日、空を避けた。今まで私を笑っていたのか。いじめられてヘコんでいる私を笑っていたのか。どうしてそんな女を彼女にするんだ。空に対して殺意しかなかった。
しかし、私はあることに気づいた。空が彼女を作ってからというもの、私に対するいじめがなくなったのだ。どういうことだ。何があったのか。疑問符がたくさんあった。
「マジであいつ調子乗ってるよね」
「何であんなブスが空くんの彼女になってるわけ」
「朝子のクセに生意気なんだよ」
誰もいない放課後の教室。忘れ物を取りに戻ったとき、そんな話し声が聞こえた。
もしかして私への誹謗中傷がなくなったのって、花井さんが次の標的になったからか。花井さんが空の彼女になったからか。
ゴクリと唾を飲んで聞き耳をたてる。
「てかあいつどうすんの、藤田」
「あー、別にどうでもいいし」
「つか今は朝子だろ」
「藤田なんてただの幼馴染じゃん」
そのただの幼馴染にお前らは今まで何をやってきたんだ。私へのあれはなんだったんだ。どうでもいいなら最初からやってくんじゃねえよ。
私をいじめて何か得をしたのか?私をいじめたら空の彼女になれるとでも思っていたのか?
そもそも、彼女なんて一人しかなれないのに、数人で奪い合いをするしかないのに、その一人の座を仲間が勝ち取っただけでこれだ。だったら私を蹴落とす前にすることがあったんじゃないのか。こいつらは馬鹿なのか?
人間のゴミとは、まさしく彼女たちのことを言うのだろう。何のためにその無駄にでかい頭の中に脳みそが入ってると思ってるんだ。
それと同時に、空が恋しくなった。もしかしたら空は、こうなることを予想していたのかもしれない。矛先が花井さんに向くとわかっていて、敢えて彼女にしたのかもしれない。私の勝手な妄想だ。
そして花井さんに同情なんてものは一切なく、ただ空に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。
その日、私は急いで空の家に行き、久しぶりにその顔を見た。
「避けててごめん、本当にごめん」
「いいよ、今日は何もされなかった?」
「うん、花井さんのおかげで...」
もしもこのとき、空が本気で花井さんのことを好きだったら地雷でしかない言葉も、空の笑顔を見たらすんなりと出てきた。
「ハナイさん?誰、それ」
きょとんとする空に、一瞬花井さんが彼女だというのは嘘かと疑った。
「花井さんだよ、彼女じゃないの?」
「あー、そっか、うん、そう、彼女だよ。そっか、花井さんっていうのか。....あ、下の名前なんだったっけ?」
「朝子だよ、花井朝子」
私は満面の笑みで答えた。