第14話
放課後、私は空が教室に来るのを待っていた。ただ待つのも時間の無駄なので、課題をしながら待っていた。校庭からは野球部かサッカー部の掛け声がする。青春というやつか。私も部活にでも入れば青春とやらをできたのかもしれない。ドラマでよくあるように、男女のラブストーリーなんかもあったのかもしれない。なんて、そんなはずはない。憧れていない、と言えば嘘になる。どこかで出会った男女が惹かれあうだなんて素敵だ。しかし、現実はどうだろうか。私の隣には常に空がいてしかも何でもできるスーパーマンだ。そんな男が横にいるのに、わざわざ私に「好きだ」と言ってくる男はおるまい。それでなくとも私はモテないというのに。
モテたいと思ったことはある。私だって女だ、モテ期とやらに期待をしたこともある。現実は見えている、それでも可能性の話だ。たくさんの人間に好かれて、遊んで、騒いで、それもいいなと思ったことはある。簡単に言うと、空という存在になりたかった。私が空なら、私のような女一人に執着しないのに。もっと、楽しい人生もあるのに。そう考えたことだってある。
だが、いざ自分がその立場になったら、と本気で考えたら吐き気しかしない。毎日笑って毎日遊んで毎日騒いで。そんなの私にはできない。矛盾していると思う。
私は空になりたい、でもその願いが叶うのは拒否したい。
自分でもよく分からない。空になりたい、でも自分でいたい。自分でもよく分からない。
ふと壁にかかってある時計を見た。空を待って十五分が経過していた。こんなに遅くなるなんて、何かあったのだろうか。それまでの思考を止めて、荷物を持つ。
たまには私の方から出向いてあげよう。ふんっ、と鼻を鳴らして教室を出て右を向くと空の姿があった。
何だ、いるじゃん。一緒にいるのは誰だろう。
男子生徒と話をしているようだった。目を細めてよくよく観察すると、知っている顔だ。
「...宮田くん?」
「えっ、あ、藤田」
小学校の頃から一緒の宮田くんだった。彼はとても良い人で、こんな私とも仲良くしてくれている。とても良い人、その言葉以外見当たらない。
「ごめん、話し中だったんだね」
「いや、大丈夫だ」
「ごめん優、ちょっと宮田と話があって」
「いいよ、教室で待っておこうか?」
「いや、いい。おいで」
男同士の話もあるだろうと配慮して教室に戻ろうとしたら、手招きをされたので二人の会話に混ざる。
宮田くんの表情がよろしくない。何かあったのか。事件か。
首を傾げる私に宮田くんは「あー...」と言いにくそうに目を泳がせた。
空と結構仲が良いだけあって、彼の顔もなかなか恰好良い。イケメンの部類に入ると思う。
「実は、蒼井の元カノからメールがあってな」
「宮田くんに?」
「うん、覚えてるかな、花井さんって子なんだけど」
花井さん....あぁ、花井さんね。確か空の最初の彼女だ。そして空のSNSで荒れていた子だ。
「花井さんから宮田くんにメールがあって、それがどうかしたの?」
「蒼井のアドレスか電話番号を教えてくれって言われてどうしたもんかと」
苦笑いして頭を掻く宮田くんの横で空はポケーっとしている。まさか花井さんが誰だか分からないってわけじゃないよね?....ありえる。むしろあの顔は憶えていないな。
「今その話をしてたんだが、蒼井が知らないって言うからな」
「...空」
「だ、だって、ねえ?三か月くらいで別れたような....ハナイさん?」
「三か月じゃなくて、二か月だよ」
「蒼井より藤田の方がよく知ってるのか」
そりゃあね。幼馴染の初めての彼女だったからね。印象は残ってるよ。
人生初の彼女のことを忘れるって、どうなの。空らしいけどさ。呆れるわ。
「んー、だって別に好きじゃなかったしさー」
「じゃあ何で付き合ったんだ?」
「本当だよ、確かあの子私を毛嫌いしていじめてた子だし」
「そうなのか?」
「あ、いや、宮田くんにそんな申し訳なさそうな顔されても...」
気づいてやれなくてごめん、と顔に書いてある。宮田くんは良くも悪くも直で良い子だから、そういういじめの噂なんて聞いたことがないのだろう。しかも中学校の頃なんて部活に精を出してるときだ。無理もないか。
「薄々気づいてはいたんだが...確信がなくてな...」
「いいって」
両手をぶんぶん振りながら「大丈夫だよ」と声をかける。本当に良い人だ。
「それにしても蒼井、そんな子と付き合っていたのか?」
「んー、まあ」
カッと怒る宮田くんをチラッと見て、言うか言わないかを迷った挙句、空は口を開いた。
「だって俺、その子嫌いだったし。優がいじめられてたのは知ってたし、その内俺に優が何か言ってくるかと思ってたのに全然、何もなかったし。なら、俺が勝手に助けようと思って」
「...花井と付き合うのが藤田の助けになるのか?」
「なるでしょ。だって好きな男の幼馴染と彼女、どっちをいじめたくなる?彼女でしょ。つまり、俺の幼馴染以上のポジションに付けば、次のターゲットはそいつじゃん。だから付き合ったんだよ。いじめの矛先が優から逸れて、そいつにいきますようにー、って」
あはは、と笑うが目は笑っていない。
私はそれを聞いて、じんわりと胸にしみるものがあった。私のためにしてくれたんだ、彼女という肩書の女より私の方が大切なんだ。
「なるほどな...藤田を害した奴を貶めることもできて一石二鳥ってやつか」
ふむ、と納得する宮田くん。彼は良くも悪くも素直だ。良い人であることには違いないんだけど。
それでも、蒼井空とここまで仲良くなれる人だ、空と似たものがある。