第118話
「あの蒼井くんが、密かに恋愛している女性に向かって諦めろだなんて言うこともあるのね」
嫌味のつもりか。
「でも、気持ち悪いとは言わないのね。恋愛における性別に理解あるもたいだけど……でも諦めろなんて」
自分でも脈がないのは予想しているはずだ。
いくら必死になったところでその想いに優が応えてくれることはない。
「恋愛に良いも悪いもないでしょ。女が女を好きになろうが、男を好きになろうが惹かれたものは仕方ない。色んな形があっていいと思うよ」
本当にそう思う。
恋愛に色んな形があって、どんな形になるかはその人次第だ。
「だからわたしに向かって諦めろって言うのも、とある恋愛の形ってこと?」
察しがいいな。当たりだ。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。至極普通の感情だろう。
「はは、そうかもね。それより、俺の後輩が流石に可哀想なんだけど、どうしてくれるの?」
嘘。
今悟の恋愛なんて本気でどうでもいいが、こっちから攻めた方がすんなりと話が進む。
優は友達が少ない。それは良い。その友達は俺の知る人間且つ性格も問題ない人間だ。しかし佐伯は違う。こいつと優が友達になるのは少し計算外だった。
優が自ら女友達を作るとは思わなかったからだ。
それに、佐伯は優に好意を持っていた。明らかに邪魔な存在だ。
優から引き剝がす材料として悟が一番効果的だと思った。
普通に痛みを感じる女に、負い目の悟をぶつけることで引き剝がせると思った。
良心が痛むというのはとても良いことだな。長所だ。
「西島くんは、どうしてわたしのことを好きというのか正直分からない。仲が良かったわけでもないし、お互いのことをあまり知らないし。でも何度断っても寄ってくるから…」
顔が好きだから性格なんて関係ないんだろう。
名前を知らなくても、性格を知らなくても、顔さえ良ければ好きなんだよあいつは。
「優が好きなのは分かるけど、悟の方に脈はないの?」
「……男の人に恋愛感情を抱いたことがないの」
「前例がないだけだろう?佐伯の恋愛対象が女である根拠はない」
「でも今までずっと…」
「じゃあ何人好きになったな?」
「……三人」
「たった三人なら、たまたま女だっただけの可能性もあるよね?」
おっと、なんだか責めているようになってしまった。流れを変えなければ。
「あのね、悟と付き合えって言ってるわけじゃないんだよ」
「分かってるよ。先輩として、後輩のためなんでしょう?」
違うんだけどね。
店内へ入ってきたときは気味の悪い笑顔をしていたのに、徐々に良心が刺激されているのか、今では眉間にしわを寄せて眉を下げている。
もうちょっとかな。
「好きな人に邪険にされるって、キツいと思わない?」
「……そうね」
「んー、俺も何度か女の子の告白を断ったことがあるんだよ。勇気を出して想いを伝えてくれたのにね、応えることができなくて。それは本当に申し訳なくて辛かったし」
「……そうなんだよね」
段々と前屈みになり、落ち込んでいる姿を隠すこともない。
なんか、良い子だな。善い子。
勇気も何も、好きでもない奴に好きと言われた所で動く心はない。
俺を好きになるなんて当然のことだと思うし、告白を断るなんて流れ作業だし。
これがあの佐伯か。メンタル弱かったんだな。
「悟を好きになれとか、付き合えとか、そういうのじゃなくて。あいつも心が鋼ってわけじゃないから、正面から向き合ってほしい。毎回結構落ち込んでるみたいたから」
いや、どうかな。
悟の場合は割と鋼のメンタルだからな。
じゃなきゃストレスが溜まる爽やかくんなんてやっていない。
けれど、それっぽく言った俺の言葉はどうやら佐伯に響いたようで、決心した表情で「分かった、これからはそうするね」と頷いた。
優等生の皮を被っているのは本当だろうが、本来の性格も優等生っぽいな。
もし悟と付き合ったらどうなるんだろう。
ブスは嫌いと言う悟に「見損なった」とか言いそうだな。「顔目当てなんて最低」とも言いそうだ。