第114話
俺はそもそも、佐伯という女を好んでいなかったが、とりわけ危険視していたわけでもない。
優が中学校生活を送る上で楽しくなるようなスパイス的存在として、友人という立ち位置を認めていただけだ。
ただ、なんとなく優が好きだということは察していた。
当時の佐伯は模範的な生徒だった。優等生らしく、誰にでも平等に接して他人から嫌われるようなことをせず、柔軟に過ごしていた。八方美人ともいうが、しかし自分の芯はしっかりと持っている、そんな人間だった。
仲が良かったわけではない。優と一緒にいる所をよく見かけ、そして必然的に俺と佐伯はたまに話すようになった。
害はないと思っていた。彼女は自らの心の内を晒すようなことはしないと、確信していたからだ。何故かと問われても、彼女がそういう人間だからとしか答えられない。優にその気がないことは明らかであったし、吐露することで友情が壊れる可能性は高いと判断し、在学中は決して変な気を起こさない、ということは容易に想像できた。
だからといって、好ましくはなかった。
当然だ。人のモノに目を輝かせ物欲しそうにしているのだから、冷ややかな視線くらい送ってしまう。
彼女の存在を忘れていたわけではない。
中学を卒業し、高校は別々になると視界から彼女は消え、徐々にその存在が薄くなっていったころ、突然また現れた。
まさか高校の文化祭に来ているとは思わなかった。
中学のころよりは少し大人びており、化粧っ気のある顔は相変わらず高校でも人気があるのだろうと思わせるものだった。
優は佐伯のことを好ましく思っているようだが、その八割程は顔面に関心があるようだった。内面も好いているだろうが、彼女の顔面が一番気に入っていることは、なんとなく分かった。本人は気づいていないようだが、優は中学のころから佐伯の顔をずっと見ていた。
その佐伯と文化祭をきっかけに、久しぶりに出かけると嬉しそうにしている優を見て苛ついたのは事実だ。
だから優の後をそっと追った。優は気づいていないようだった。
「先輩、本当に良いんですかね?」
「ん?」
「なんだか悪いことをしてる気分です」
「顔は悪いと思ってないようだけどね」
俺と同じく隣でコソコソしているのは後輩の悟。
昨夜電話をかけて、佐伯と優が出かけることを教えた。すると興奮しながら「いいな」と連呼するものだから、それを利用し今日連れてきた。
悟は佐伯のことを恋愛的な意味で好いており、それは中学の頃から続いている。
何度か告白をしたようだが、見事に玉砕している。
佐伯の方は、気を持たせないように配慮しており、悟に対しては他の人と接するときよりも僅かに冷たい態度をとる。
「でも合流なんてできるんですか?」
「タイミングさえ間違えなかったらね」
「先輩....俺のために、なんか、申し訳ないです」
別に悟のためではないのだが、これはこれで都合が良いため否定はしないでおいた。
「あ、入りましたよ。女性専用の服屋のようですね」
「よし、行くぞ」
「えっ、ここですか?」
「悟、中学生の妹がいたよね?」
「あ、はい。中学一年生になりました」
「その子の誕生日プレゼントを買いに来たってことで」
「えぇっ!で、でも俺女の服なんて分かんないっす!」
当然の反応だ。
優たちが入った店には見るからに女をアピールしているような服ばかりが売られてある。フリル全開な服もあれば、露出の多い服も売っている。あそこでプレゼントを買うなんて佐伯に知られたくないのだろう。
「大丈夫だから」
「は、はぁ…」
緊張している背中を押し、強引に店内へ入った。
「こ、こんなところ初めて入りました」
「服より雑貨の方がいいかな」
「ざ、雑貨ですか」
「悟の妹はこんなところで服を買うの?」
「買わないです。中学一年生ですから、まだ早いです」
「だよね。だから服より雑貨目当てで入店したってことで」
「雑貨なんてあるんですか?」
「あるよ。ちょっとだけどね。アクセサリーとか....ほら」
売り場の面積は狭いが、許容範囲だ。
悟の妹がどんな子か知らないが、恐らくこういうアクセサリーや雑貨も求めていないだろう。服よりは、まあ、こっちを買う方が現実的だろう。理由を付けるなら、背伸びしたい年頃だとかで問題はない。違和感はない。
「.....先輩」
「何?」
「な、なんか、藤田先輩がこっちを凝視してるような気が…」
てっきり周囲からの視線に耐えきれないとか、そういう泣き言かと思ったら。
視界の端で、試着室の前にいる優を確認すると確かにこちらを凝視している。
早いな。俺を見つけるセンサーでもついているんじゃないのか。嬉しいけど。
「せ、先輩、どうしますか」
「行くに決まってんじゃん」
「ど、どう…」
「自然にね、自然に」
どぎまぎしている悟と一緒に、目的の人物の元まで足を動かした。