第110話
まさか三日連続で佐伯さんと会うことになるとは思いもしなかった。
会いたくないわけではないし、むしろその逆で嬉しい。私の数少ない友人なのだから。
しかし、昨日四人が解散した後家に帰った途端空は微妙な顔をしていた。
空が佐伯さんを好んでいないことは知っている。佐伯さんのことをボロクソに言ったことはないが、それっぽいことは昔何度か言っていた。そのため、「なんで俺があいつとお茶なんか」や「無駄な時間使わせやがって」のような言葉を想定していた。それほど嫌悪しているわけではなさそうだから、それらの言葉をもう少し柔らかく言うだろうと思っていた。
が、そんな文句を言うわけではなく、何やら少し考え込んでいる様子だった。
「どうしたの」と尋ねても「なんでもない」の一点張り。四人で会ったのがまずかったのか。それもよく分からない。
結局私は空が何を考えているのか理解できなかった。
私に何も言わないということは重大なことではないのだろう。私もそれ以上追及することはなかった。
空が何を考えているかよりも、私は西島くんのことに関して興味を示していた。どう見てもあれは佐伯さんに好意を抱いている。その真意を確かめたくて空に確認したが、ひらりと躱されてしまった。可愛がっている後輩の恋愛事情を教える気はないらしい。
私は、確証が欲しかっただけだ。肯定も否定も、意味のないことである。
西島くんの恋愛もだが、今私が一番気になるのは佐伯さんのことだ。
なんだったんだあの台詞は、と就寝前にももやもやとしていた。
今まで色んな女が空目当てに近づいてきたが、今回はそんな虫けらとは違う、私の友人なのだ。佐伯さんのことは好きだし、男関係で友情の波を荒くしたいと思わない。
かといって佐伯さんが空を好きだというのなら応援しよう、という気はない。
どうしたものか、と待ち合わせ場所であるストローベリーカフェで悩んでいた。
苺専門のカフェである。店内は甘い匂いが充満しており、入ったときは甘ったるくて少し嫌になっていたが、数分待っている間に慣れてしまった。
待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。
しかし佐伯さんの事だから十分前には来るだろう。
「優ちゃん!」
店内に飾られていた時計を見て十分前であることを確認していたらタイミングよく佐伯さんが現れた。
昨日購入した服を着ている。
「ごめんね、今日も遅くなっちゃった」
「ううん、約束の時間までまだ十分あるし」
昨日とはまた違う、小洒落た小さなショルダーバックをおろしながら目の前に座った。
早速話をするとは思っていなかったため、立てかけてあったメニュー表を二つ出した。
「苺ばっかりだ、美味しそう」
佐伯さんは「うーん」と少しだけ悩んだ様子を見せたが、早い段階で注文の品が決まったらしい。私も何でもいいから頼もうと思い、目に留まった割と安いパフェにした。
通りがかった店員を佐伯さんが呼び止め、ぱぱっと注文を済ませた。
「で、その、今日呼んだのって….」
早速話を切り出そうとしたが、佐伯さんはふふふと笑うだけで話を始めようとしない。
昨日の事を詳しく話すために今日呼んだのだろうけど、もったいぶっている。
「ねぇ、優ちゃんは蒼井くんのことが好きなの?」
「え、まあ、嫌いじゃない」
数秒の間沈黙があったが、どうやら話をする気のようだ。
あまり喧嘩のようなことはしたくない。
「そうなんだ。それは、恋愛感情も入ってるの?」
数えきれないほどの女に、数えきれないほど言われたその言葉。
いくら相手が佐伯さんだとはいえ、またかという感情がないこともなかった。。
「分からない。今まで恋愛という恋愛をした覚えはないから」
「そっか。でもね、その気がなくても好きな人が別の人間と一緒にいるのは、耐えられない」
私に言われても困る。
なるべく佐伯さんとは穏便に済ませたい。女の醜い争いに好き好んで参加したくないし、男絡みでぎゃんぎゃん言う佐伯さんも想像さえしたくない。
どうしたものか。何と言おうか。
「あのね、わたし」
いやでも、もしかしたら佐伯さんは別に空のことが好きなわけではないのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、佐伯さんの友達が空に惚れていて、そっちを応援するために私と空の関係を探っているとか。仲を壊そうとか。しかし佐伯さんはそんな子ではないし。
いくら友達のためとはいえ、空と離れてとか恋愛感情はないなら引き下がってとか、そんなことを言う子ではない。と、思っている。
可能性としてはたくさんあるわけだが、結局佐伯さんは空のことが好きなのだろうという結論にしか至らない。私の足りない頭ではそれ以外ピンとくるものがない。
「わたしね、優ちゃんのことが好きなんだ」
どうしたことか。私の足りない頭では、予想することはもちろん理解することすら時間を要した。