第108話
「北高校だよ」
「あ、あの、連絡先教えてもらってもいいですか?」
「いいけど、わたし返信遅いよ?」
「全然いいっす!」
もしや、西島くんは佐伯さんにお熱なのでは。
会った瞬間からなんとなくだが、そういう雰囲気を感じていた。
佐伯さんが試着室にいたときだって、私よりも私と一緒にいた佐伯さんのことばかり気にしていたし。チラチラ佐伯さんへ視線を送っていたし、挙動が変だった。
佐伯さんが美人だから、というよりは気があるからという理由の方がしっくりくる。
そういえば、佐伯さんと西島くんが二人でプレゼントを選んでいた時空が言っていた。「早く終わる」と。あれは、惚れている女性が選んだ物なら即決する、という意味での「早く終わる」だったのかも。
中学の頃はどうだったかな。四人でいる場面もあるにはあったが、数は多くなかったはず。
その上その頃は自分のことでいっぱいいっぱいだったから、他人の恋愛を察することはできなかったと思う。
西島くんが佐伯さんを好きなら応援したい。応援する気持ちはある。
だがしかし。
「優ちゃんは返信早いよね。昨日もすぐ返ってきて驚いちゃった」
「そうかな、普通だと思うけど」
西島くんと二人で会話が始まったと思いきや話をこちらに振ってくる。
私が一人にならないようにという配慮なのか、それとも西島くんの想いには応えることができないと暗に示しているのか。佐伯さんのことだから後者はあまり考えにくいが。
前者にしろ後者にしろ、脈はなさそうだ。
「佐伯先輩は部活に入ってるんですか?」
「今は何もしてないよ。優ちゃんは?」
「私も帰宅部」
「佐伯先輩は大学とか、もう考えてるんですか?」
「学部のことなら少し考えてるよ。優ちゃんは?」
「私はまだ全然…」
西島くんが佐伯さんに尋ねて、佐伯さんは私に尋ねる。
本音を言うと「佐伯さん帰宅部なの?吹奏楽は?」とか「もう大学のこと考えてるの?どこの学部?どこの大学?」と根掘り葉掘り聞きたいところだが、西島くんのことを思うと口が開かなかった。
邪魔はしないでおきたいが、何せ佐伯さんがこちらに振ってくるのだ。もしかして佐伯さん、男性を好ましく思っていないのか。昔何かトラブルがあって、男性を受け付けないとか。有り得える話だ、佐伯さんは美人だから今まで変な輩が近づいたこともあっただろう。
でなければ西島くんの相手をするはずだろう。良い子だし、私ですら好感の持てる後輩だ。
今は四人でいるわけだし、二人でずっと話していたって空がいるから問題はない。仲間外れになるだなんて思わない。
その空は、面白そうに傍観しているが。
「佐伯先輩は…」
それでもめげずに会話をしようとする西島くんが健気だ。
佐伯さんはというと、普段と変わらない表情で会話しつつも早めに切り上げ私に振る。
これは何かのサインだろうか。助けてということだろうか。意図が分からないまま私は佐伯さんに訊ねられたことに答えるだけだ。
「はっ、すみません空先輩!!」
空が無言であったことに今更気づいたようで、申し訳なさそうに謝った。
西島くんにとって空は絶対であると認識していたが、どうやら恋愛感情の方が勝っていたらしい。
「ん?俺は大丈夫だよ。楽しく聞かせてもらってるから」
「す、すみません」
「久しぶりだからね、話したいこともたくさんあると思うから」
ここだけ聞くと良い男だが、「楽しく聞かせてもらっている」というのは内心ニヤニヤと変な笑いをしているに違いない。
「それにしても、本当に偶然ね...この面子が揃うなんて」
空と西島くんを眺めて改めて言った佐伯さんのその言葉に引っかかりを覚えた。
この面子が揃うなんて偶然、とはどういった意味だろうか。
確かに中学の頃何度か四人で会ったことはある。しかしそんなにしみじみ言うこと程の面子ではない。佐伯さんと私が友達で空と西島くんは先輩後輩。私と空は幼馴染。
佐伯さんにしてみれば、空と西島くんは友人の幼馴染とその後輩にしか思わないだろう。私たちは長年会ってなかったイツメンなどというものではない。
だからまあ、特に意味はないのかもしれない。
いちいち疑問に感じることでもないか。
もうこの四人で会うこともないだろうし。
約束をしてまで会うような関係ではない。個人として仲は良いが、四人で集まるのは何か違う気がする。
カフェで喋るくらいが丁度良い。きっとここから動くことはない。伝票を持ったときは解散の合図である。




