第105話
ショッピングモールはとても広く、また気になった店があれば見て回っていたため二時間を経過してもまだ店内すべてをまわれていなかった。
「あ、あの服可愛い。見てもいいかな?」
「うん」
佐伯さんが可愛いと言った服はマネキンが着ていた。とてもガーリーな服を売っているようで、値段は高そうだ。私一人なら絶対に入らない店だ。
「どうぞご覧くださーい」と言う女性の店員が着ている服もここの店のものだろうが、似合っていない。化粧をばっちり決めているが、どうもしっくりこない。濃いメイクよりも薄い方が服にも合うようだ。
「優ちゃん優ちゃん、これどうかな?」
ハンガーにかけてある、白いワンピースにピンクの花が描かれているものだった。
とても女の子らしいものだということしか分からない。ファッションには疎く、どう表現していいのか分からないが、洗濯をすると物凄いシワができそうだなと思った。
服自体は可愛らしいもので、小さいリボンが数個ついている。
「佐伯さんっぽいね」
「そ、そうかな?」
「うん、清楚って感じ」
「普段はこういう服買わないんだけどね」
「そうなの?」
「花柄があんまり似合わなくて….」
「えっ、じゃあ何でその服を?」
「冒険してみようかなと思って」
「試着してみたら?」
あそこに試着室あるし、と付け加えると佐伯さんは恥ずかしそうに「行ってくる」とワンピースを持っていった。
私も後を追い、佐伯さんが試着室に入ったのを見届けた。
花柄が似合わないと言っていたけれど、佐伯さんだったら何でも似合うと思う。
だぼだぼのパーカーでも、ギャルっぽい服でも似合うはず。
私の記憶にある佐伯さんはほぼ制服の姿だ。吹奏楽部だった彼女と遊ぶことはなく、部活が休みになった日に数回、寄り道して帰ったくらいだ。そのため、私服の佐伯さんを見た記憶がない。
「ゆ、優ちゃんいる?」
試着室の方から声がしたので返事をした。
すると佐伯さんは試着室から出てきて恥ずかしそうに「どうかな?」と姿を見せてくれた。
「可愛い、けど」
そう、可愛い。可愛いのは可愛い。しかし彼女にはもっと似合いそうな服があるような気がした。
「白いワンピースの方が似合いそう」
つい本音が出てしまった。
「うーん、それよく言われるんだよね」
頬を掻きながらワンピースの裾をつまみ「うーん」と再び悩む。
花柄が似合わないと言ったけど、なんだろう、花柄というとり色物が似合わないのかもしれない。彼女には、真っ白で何の色も入っていないものが似合いそうだ。なるほど、これがファッションか。
「そのワンピースの白バージョンがあるみたいだけど」
「うっ、家に白いワンピースたくさんあるんだよ。でもやっぱり白が良いかなぁ」
どうやら花柄を買いたいみたいだ。
「白以外は持ってないの?」
「あるにはあるんだけど、白が一番多いの。逆に花柄が一枚しかなくて、もう一着くらい買おうかなと思って」
「その服佐伯さんっぽいって言ったの訂正する。白が似合うよ」
「うぅっ、だよねぇ」
落ち込んだ様子を見せる彼女に申し訳ないと思いながらもつい笑ってしまった。
きっと他の子にも言われたことがあるのだろう、白が似合うと。
「仕方ない、これは諦めよう」
「そんなに欲しいなら買っちゃえば?」
「だってぇ、優ちゃんが似合わないって言うから!」
「似合わないなんて言ってないよ、白が似合うって言っただけで」
「佐伯さんっぽいって言ったの訂正、って言ったじゃないのぉ」
「似合わないとは言ってない」
「優ちゃーん?」
「あはは」
もうっ、とぷりぷりする佐伯さんに胸きゅんする。
きっと佐伯さんの彼氏になりたい男は星の数程いるのだろう。その彼等を差し置いて私はこんな彼女の姿を見てしまっている。
「白いワンピース着てみる?」
「....うん」
佐伯さんのために白い方のワンピースを取りに行き、彼女に渡した。
「着なくても似合うだろうなっていうのは分かるよ」
「でも着てみないと分からないよ、実は花柄の方が良かったりして」
「佐伯さん、諦め悪いよ」
「だってぇ。花柄可愛いんだもの」
着ているワンピースを触り、もう一度鏡でチェックした。
「…何度見ても似合わないなぁ、でも服が可愛いの」
「服は可愛いけど着て歩くのは佐伯さんだよ」
「そうなのよ、残念」
本当に残念そうに言う佐伯さん。
とても綺麗な人でもやはり似合わない服はあるようだ。
もしかしたらだぼだぼのパーカーも似合わない可能性があるってことか。
大きいサイズの服は誰でも似合うと思っていたのだが、違うかもしれない。
ふと、佐伯さんの動きが止まったことに気付き、彼女の顔を見るとどこか一点を見つめていた。何かに気付いたようだったので、私も彼女の視線を追いかけてみる。
「あれは…」
この場所に何故いるのか分からないが、女性ばかりがいる店では浮いている男性二人の姿があった。。
どちらも見覚えのある横顔だ。