第102話
しおりに書かれていた場所まで行くと賑わっていた。繁盛しているようで休む暇なく焼きそばを焼く人と売り子、会計の人が動き回っている。やはり食の中で焼きそばは人気らしく、一番列が長い。最後尾と書かれた看板を持っている女子生徒の傍まで行くと、こちらに気付いた彼女は何かを思い出したかのように、片手を顔の近くに当て、他の人に聞こえないよう空に囁いた。
「焼きそば、空くん用にもうできてるよ」
「えっ、本当?」
「うん。空くんが欲しいって言ってたから委員の子がはりきっちゃって」
どうやら空は根回しをしていたようだ。私としてもこの長い列に並ぶのは嫌だし、有難いのだけど。
「いいの?こんなに並んでるのに」
前に並んでいる人に聞こえないよう空も囁く。近くなる距離に女子生徒は頬を赤らめている。
「大丈夫だよ、空いた時間で作っておいたから。あ、ほら、今温め直してる」
「でも他のお客さんに悪いな....」
「うーん、でももう作ったから…貰ってくれないとわたしも委員の子に怒られるし....」
悪い男だ。自分で作らせておいてそうやって申し訳なさそうに言い訳して。
「いいじゃん、貰っておこうよ」
「ほら、藤田さんもこう言ってるし。裏の方に行ってくれたら渡せるから」
「本当?じゃあ、貰っておくね。ありがとう」
「はーい」
自分から作らせるように仕向けておいて「優がそう言うなら」と私を引っ張り出すなんて。
「性格悪すぎ」
「だって優焼きそば食べたいでしょ」
「.......うん」
並ばずに品をゲットできるのは有難い。
彼女の言う通り裏へ行くと、忙しなく動いている焼きそば売りの人たち。
誰に貰うのだろうかときょろきょろしていると、私たちに気付いた女子生徒が焼きそばの入った容器を持ってきてくれた。
「空くん!」
名前を呼んで焼きそばを持って来たそいつは今一番見たくもない女だった。
「滝」
どうしてあの女がここにいるの。
どうしてエプロンつけて焼きそばなんて作ってるの。お前は空のクラスでお前の仕事はもう終わったはずなのになんでここにいるの。
「はい、これ」
「ありがとう。滝も大変だね」
「ううん、わたし暇だから全然!」
は、だから何でお前がいるの。
「あ、お金。三百円だったよね」
「ありがとう」
「こちらこそ」
空も空だ。いつまでその女と楽しそうに話してるの。
「結構繁盛してるんだね、びっくりしたよ」
「でしょー!焼きそばは不動の人気です」
「滝、エプロン似合うんだね」
「本当?これ、自分でつくったの」
「へえ、すごい」
なんでそんなにへらへらしてるの。もういいでしょ、話終わってよ。
思わず手に力が入る。
その女よりもこっちを見て。私を見て。私の方を見て。そんなに会話したいなら、私と喋ればいいのに。もっと私に、もっと、私を....。
「あ、ここのクラスってほとんどが軽音部の人でね、今日はステージに立つからその準備もあって人が足りないんだって。だから一日暇なわたしが焼きそばの助っ人に呼ばれたの」
表情のない私に気付いたようで、御丁寧に説明をしてくれた。
行くところ行くところ現れて、なんなの。そんなに空が好きなの。
空が焼きそばを買うって知ってたんじゃないの。だからここにいるんじゃないの。
そんな可愛げのないことを考えてしまう。
「空くんたちはこれからどこに行くの?」
「うーん、取り敢えず食べ物の辺りをブラブラ」
「そっかぁ。文化祭楽しんでね」
いいから早く仕事に戻れよ。
手なんて振らなくていいから焼きそば焼いてろよ。
貰った焼きそばをさっさと袋に入れて鞄の中に仕舞った。
「早く他の所行こう」
「うん、そうだね」
空は私と滝さんの関係を知らないから、特に何も思わずシレっとできるんだ。
こっちは滝さんの顔を見るとどうしてももやっとする。それどころか苛立ちさえ感じるというのに。
私が鞄に入れた焼きそばはもしかして滝さんが焼いたのか。マスクまで付けていたから焼く係なのだろう。売り子やお金のやり取りをしている人たちはマスクをしていない。
滝さんはこれを空が食べると思って自分で作った、という可能性だってある。あの女が作ったかもしれない焼きそば。それを思うだけでゴミ箱に捨てたくなる。
本当は違う人が作ったかもしれないけれど、彼女が作ったと想像してしまったこの焼きそばを食べる気にはなれなかった。
これほどまで焼きそばに嫌悪感を覚える日がくるとは。
「どうしたの、暗い顔して」
「なんでもない」
「そう?ならいいけど」
ゴミが入った鞄を持ち直し、次はどこへ行こうかとしおりを再び取り出した。
「やっぱ油っぽいものばっかだねえ」
「肉まん買う」
「肉まんは....ここから割と近いね」
二人でのぞきこんだしおりはまた仕舞って次の目的地へと移動する。
「さっきから見たことある顔がちらほらいるね」
「知り合い?」
「うーん、仲良くなったつもりはない子たち」
「へえ。話しかけてこないなら良い子たちじゃん」
「そうだね。割と同じ中学だった人が遊びに来てるみたいだから、また誰かに声かけられそう。嫌だなぁ、そんなに覚えてないし」
確かに見たことある顔の人間が遊びに来ているみたいだ。それも、空をガン見して声をかけようかかけまいか悩んだ挙句、自分のことを覚えられてなかったら恥をかくと思い、声をかけない選択をした。という感じに見える。
「姫子ちゃんは来てないのかな」
「メールしなかったの?」
「忘れてた」
「忘れてたのに、来てないかな?とか言っちゃうんだ、ふうん」
「うるさい」
「ぶふっ。でも一条院は来ないだろうね、こんな場所来たくないだろうし」
「お嬢様だもんね、庶民の集まりには興味ないのかも」
「なんだ優、分かってんじゃん。そういう女だよ一条院は」
「慣れない環境に身を置きたくないだけでしょ」
「はいはい」
女友達の少ない、というかほぼいない私にとって姫子ちゃんは色濃い存在だ。
一緒にショッピングしたりカフェでお喋りしたり、そういうことをしたくないこともない。
しかしその相手がいない、いるとしたら姫子ちゃんくらいだが、彼女は彼女で忙しい。何せ将来のためにやるべきことがたくさんあるらしいから。