第101話
文化祭当日になっても私の気分は晴れなかった。もやもやと黒い霧が心を占めている。分かっている。この気持ちがなんなのか分からないけどもやもやするの、なんて鈍感なヒロインを気取るつもりはない。言ってしまえば、嫉妬だ。怒りだ。それも、自分勝手なもの。
今まで私に対して好意的に接していた空。私に気がある素振りをしておきながら他の女を良い様に言っていた。それが腹立つ。私だけを見ていればいいのに、他の女、しかも好きじゃないタイプの女を目に入れていた。他の子に自分の親をとられたときこんな感覚だっただろうか。違う。そうじゃない。それとはまた別のものだ。
これではまるで、まるで私が。
「優?」
待ち合わせをしていた門の前にたどり着くと、待ってくれていた空が気遣うように声をかけた。
考え事をしていたからかいつの間にか学校に到着し、校門を見てみると空のクラスが作成した飾り付けやらなんやらが目に入った。可愛らしい絵や風船などで門が飾られていて今日は文化祭なのだと客に知らせている。
「どうかした?」
「....別に」
なんとなく空の顔が見られなくて視線だけ逸らす。
気付いたのか気づいてないのか、声のトーンを変えることなく「行こう」と促した。
食べ物をさっさと買って帰るつもりだし、長居する予定はないので早く済ませることにした。前もって配布されていたしおりを開き、まずはどこへ行こうかと歩きながら考える。
「フランクフルト、焼きそば、からあげ、アイス。いっぱいあるねえ」
「空は何か買うの?」
「食べ物の好き嫌いとかあまりないから、何でもいい」
しおりを見るわけでもなく、へらへら笑って歩く空は注目されていることを知っているのだろうか。知っているだろうな、そういう男だ。
他校生の子たちは輝く瞳で空を眺めている。きっと彼女たちの中で「あのイケメン誰?」という声と「あ、空くんだ空くんだ」という声の二つで溢れているのだろう。
文化祭は他校生も訪れる。ということは空に群がる女が増えるというわけだ。滅多に見る事のない空を前にし、興奮しない女はいないだろう。
「あ、空くーん!」
早速群がる女の一人が走って寄ってきた。
見覚えのない顔だ。
特別可愛い顔ではなく、どちらかというと横に大きな顔。
空と一緒に振り向くが、空はいつもの笑顔で「うん?」と言っている。あの顔は「何か用?」よりも「お前誰だ?」の顔だ。
「久しぶり!」
若干息を切らしている彼女はどうやら友達と一緒だったようで、彼女の後ろから二人駆けってくる。
久しぶりということは中学が同じだった人だろうか、それとも空がどこかで知り合った女だろうか。
「空くんここの高校だったんだね!」
「うん、まあね」
「もっと頭良い高校に行くのかと思ったよ!」
「家から近かったからね」
「そうなんだー!あ、その子が幼馴染の....?」
「そうだよ」
「ふうん…」
上から下までじろじろと無遠慮に観察された。
品定めされているのが分かる。
「あ、そうだ。もしよかったら一緒にまわらない?」
後ろでキャーと騒いでいる友達二人。
なるほど、彼女はきっと自分が空と友達であることを自慢したい。それで一緒に文化祭をまわれたらラッキーというわけか。そういえば私のクラスにも似たような子がいた。
空と友達だと自慢したいのはよくある心理らしく、これで何度目だろうと呆れる程だ。
「ごめんね、俺ら二人でまわる約束してたから」
「そっかー、残念」
じゃあね、と話は終わり彼女たちはどこかへ行ってしまった。
彼女の自慢は終了し、二人の友達に「すごい」だの「羨ましい」だのと言われている。
「ブスの自慢に使われてうざい」
ボソっと呟いた声は私にしか聞こえていない。更に今日は文化祭というイベントのため、周囲は喧しく、空の声を拾いたくても拾えないだろう。
「あんな顔面乙な奴と友達なわけないじゃんね。鏡見てこいよ」
周囲に聞こえないことを良いことに、失笑する空は今日も相変わらずだ。
「そんなことより、私焼きそば買いたい」
しおりを見せると「分かった」と言って最初の目的地は焼きそばになった。
私一人だとすぐ終わるのだが、空がいることによって文化祭に滞在する時間は倍以上になる。来ない方が良かったと過去に何回思ったことか。
それでも来てしまうのは、「文化祭は出席日数に反映される」と脅されたのと、こういう雰囲気の場所で買う食べ物は割と美味しいからだ。
「焼きそばかぁ」
「何?」
「いや、なんでもないよ」
「食べたいの?」
「そういうわけじゃないけど」
「あっそ」
持って帰る袋と鞄を持参したし、お金もある。
問題なく文化祭をまわれるだろう。空に寄ってたかる蠅さえいなければ。