第100話
修羅場の中に入っていくのもどうかと思い、取り敢えず話が全部終わった所でさっさと教室へ戻った。
きっと優は家に帰っただろうな。
どうするかな。恐らく優の気分は最悪だろう。感情的になって人に喧嘩を売ったのだから、暗い顔でもしてそうだ。
作業が終わったら優の家に行ってみるか。
早く文化祭の準備を終わらせようと滝を探しに行ったのに、結局自分一人でやることになったため、教室で一人黙々と作業をしていた。
すべての飾り付けなどが終わり、後は外に持ち出すだけだというタイミングで滝が戻ってきた。
「あ、ごめんもう終わっちゃった?」
「うん、丁度今ね」
「ごっ、ごめん!」
「やること少なかったし大丈夫だよ」
「本当、ごめんね。空くん委員でもないのに…」
「大丈夫だよ。それに、俺がやらなかったらほとんど滝がやらきゃいけないでしょ」
「本当に、空くんは優しいね」
これは。
恋する乙女のように頬を染めている。
気づかないような鈍感ではない。
今言った台詞は確かにかっこよかった。美形がそんなことを言ったら敵無しだ。
「空くんは本当に優しいね」
「はは、それ二回目」
「だって本当に優しいんだもん」
「普通だよ」
「普通じゃないよ」
もう一度「普通じゃないよ」と俯きながら呟いた。
やることはないし、早く帰りたいがそういう雰囲気ではなさそうだ。さっきの修羅場が原因だろうか。何やら空気がいつもと違う。
告白でもするのか。それは困る。されたらされたで上手く断るが、されないに越したことはない。
ふられたからと言って翌日から態度を変えるような女ではないし、告白しようがどうでもいい。しかし、滝はしない女だと思っていた。勝算のないことはしない奴だと。それでも気持ちを抑えられない、ってことだろうか。
個人的に、告白はされない方が楽だ。断ることも面倒だし、何より女はそういう話が好きだからすぐ噂になる。今度はあの子の告白を断ったらしいよ、と。そんな噂を囁かれると、同性の知り合いが「あの子の告白、断ったんだって?」とにやにやしながら寄ってくる。
それもまた面倒くさい。
「空くん…」
「何?」
チラチラとこちらを伺うようにして、言葉を探している。
これから何を話すのか見当もつかないなぁ、というきょとん顔で先の言葉を待つ。
「えっと」
校内にはきっと生徒は他にいない。音がしない。
滝の言葉を待っていると、表情に一瞬変化が見えた。
「…藤田さん、もう帰ったよ」
告白をする空気だった。しかし一瞬、滝が見せた、何かを思い出したような暗い顔。
何なのかよく分からないが、きっと、告白をやめた理由は勇気がなかったからとかそういうものではないはずだ。
しかし俺には関係ない。
「そっか。じゃあそろそろ帰ろうか」
何も気づかなかったように、滝は何かを隠すように。
互いに、何もなかったかのように笑顔をはりつけた。
滝は最後までいい女だった。
これを逃したらこの先告白のチャンスなんてないかもしれない。するなら今が絶好の機会だったはずだ。それをみすみす諦めた。
普通の女だったらしてくるはずのタイミング。滝も実際、しようと思っていたはずだ。
それをどういうわけか、しない方を選んだ。
これからも良い友達でいようということだろう。
告白はされないに越したことはない。
滝はとてもいい女、俺の都合の良い方へ転んでくれる女だ。
「さて、滝は家どの辺だっけ?」
「森のパン屋さんがある団地なんだけど…分かるかな」
「森のパン屋さん?あぁ、クマのぬいぐるみが置いてある所かな」
「よく知ってるね….」
「友達の家だからね」
「へえ!空くん友達多いもんねぇ」
「そんなことないよ。あの辺なら道分かるし、送ってくよ」
「えっ、いいよ!悪いもん」
「文化祭の準備も終わったしね。最後くらい送らせてよ」
「そ、そう?じゃあ、お願いします」
今帰ってもきっと優の機嫌は最悪だ。もう少し時間を置いた方がいいだろう。
そう思って送る提案をした。「森のパン屋」は中学時代の友達の両親が経営している。当時もたまに付き合いで行っていた。道は覚えているため帰りも難なく帰ることができる。
「空くん」
鞄を持って教室を出る。隣で歩く滝が少しだけ嬉しそうに微笑む。
「ありがとう」
「うん?」
「ふふ。帰るときいつも藤田さんと一緒だったから、こうやって二人で帰るの初めてだね」
「そうだね、優と帰るのはもう習慣だから」
「仲良しだもんね」
「幼馴染だから、そりゃあね」
先程の貼り付けた笑顔とは違い、嬉しそうに隣を歩く滝を見て優は今頃自己嫌悪にでも陥っているのだろうかと考えた。