そのに 有名高級フレンチへのいざない
美食家とか、グルメとか、いろいろ言うが、とにかく、そういうのを名乗るときまず避けられなくなるのがフランス料理とイタリア料理というものである。それも高級な。
こういうものは地方に行くと途端に機会が減る。人口が減ればそれらを提供する対象である高所得層も減ってしまう。しかし、観光地となると話が変わる。観光地は一定以上の収入を持つ人が来るのだ。比較的収入が低くとも、レジャー需要が生まれ客層が大きく広がる。
さて、今私は愛知県尾張地方に住んでいるのだが、ここではレジャーとなると県外に行かざるを得ない。名古屋に住む人間は、県内、市内の施設が思い浮かばないというくらい娯楽施設が存在しないのだ。
遊園地となれば長島スパーランドや鈴鹿サーキット、志摩スペイン村、スキーは岐阜か長野、海水浴は三重、といった感じである。一応知多や蒲郡といった海水浴場や茶臼山のスキー場があるものの、こと、尾張地方では、そこに行く労力とレジャー性を考えるなら、もうちょっと遠い三重や岐阜、長野の方が非日常性と観光地としてのホスピタリティで優ってるのではなかろうか、といった意識があるのかもしれない。
さて、私は弟の大学院進学決定のお祝いで、伊勢志摩の志摩観光ホテルに行ったのである。そうここは、かの七大国首脳会議、サミットの会場の一つである。
レストランには誇らしげに円卓と七大国――アメリカ、フランス、イギリス、イタリア、ドイツ、カナダ、日本と欧州連合の旗が飾ってある。ここはまさしく、これらの国の首脳たちが囲んだ卓であることを示している。
周囲は比較的高齢。どう見ても、夏休みの学生と就職浪人がいるこの卓が最若齢。さてどんな料理が出るだろうか。
先ず出てきたのが、アミューズブーシュであるカンパチのマリネ。カンパチの薄造り3枚にリーフレタス、かかっているのはオリーブオイルとバジリコをベースにしたソースだろうか。小前菜というだけあって小さいが、これがいい感じである。
次がオードブル、海の幸と野菜のムース 甲殻類のジュレとともに 鮑と伊勢海老 となかなかにフレンチらしい仰々しい名前である。しかし、この仰々しい名前がすべてだった。カリフラワーとブロッコリー、プチトマト、鮑、伊勢海老がジュレに包まれているのだが、その下にはムースがある。ジュレはコンソメ系の味で、ムースは野菜のムースというとこの味といった、出汁のきいた感じ。まとめるとその一体感と口どけが素晴らしい。
そして伊勢海老のクリームスープ。このレストランの名物で、缶詰にもなっているという有名な逸品だ。味は濃厚。伊勢海老は殻からもいい出汁が出ることは有名な話である。うまみに唸る。なんというか、脳髄を刺激されるうまみがある。
そしてポワソン、伊勢海老のアメリカンソース。今回はメインディッシュはこれだけである。伊勢海老が丸々一尾、真っ二つにしてある。アメリカンソースというのは、オマールの殻にトマトやワイン、香味野菜を入れて煮込み濾したソースである。今回はオマールの代わりに伊勢海老。強烈なうまみに独特の苦味や風味があるからエビ味噌を入れたのだろう。パンにつけるとこれがまた進む。一時は食べながら空腹感が増すような感覚がした。おいしいものを食べるとこんな具合だ。ある程度落ち着かせると異様な空腹感は収まった。
さて、このランチコースはメインディッシュを選択できる。もう一方は鮑ポワレ ブールノワゼットソースというものだ。ブールノワゼットソースはバターとコンソメ、レモン、トマト、香味野菜のソースである。父が一欠け分けてくれたので食べてみた。やわらかい鮑に、ソースの酸味。かなり高度なバランスだ。
デセール、つまりデザートは メロンのスープ ミントのムース ヨーグルトソルベ キャラメリゼ。それぞれがかなり完成度が高いのだが、それを一つの皿にしてある。メロンのあっさりとした薫り高い甘み。ミントムースの涼しい香りに甘い口どけ。さっぱりした控えめの甘味のヨーグルトソルベ。香ばしくほろ苦いキャラメリゼ。まとめて食べると、まったく別の方向を向いた味がまとまって一つになる。月並みなことを言いたくはないが、これこそハーモニーというものだろう。
おいしい料理には興奮する。過去に、名古屋のラ・ベットラ・オチアイでコースランチを食べたときもそうだった。カプレーゼを食べて電撃が走ったかのような錯覚を覚えた。
こういうことがあるから、食道楽はたまらない。
食事のあと、家族そろって円卓のそばで写真を撮った。小中学生のノリである。まあ、歴史的な場所に行くと誰しもそんなことをしたくなるのだ。
次は、インドカレーか、味噌カツか、はたまたイタリアンか、家庭料理か。お楽しみに。




