何が正義で、、、何が不正義なのか?(私の政治・社会哲学)
何が正義で、、、何が不正(悪)なのか?
そんなことを
真剣に論議するのは
おそらく人間だけでしょうね?
例えば、
1タス1は2だと、共産国家も王政国家も認めるでしょうが
じゃあ社会体制は?と問えば
認識は正反対ですからね。
人間の社会制度の価値観という点では
一致した、正解というのはありません。
倫理とかには共通するものもありますが、こと、政治上の主義主張では共通の正義というのはあり得ませんね、。殺人罪は共産国家でも王政国家でも共通でしょうが、
社会主義が正しいのか?
王政が正しいのか?、、となると、、、
この問いに結論はないでしょう?
互いに自分の国が正しいと主張するだけでしょうから。
学術的に
学問的に
1タス1が2みたいな、だれでも認めるような正解はないということです。
じゃあ何が決するのか?
声が大きいほうが勝つ、、という、すごい原始的な結論でしょうね。
あるいは最後は力づく?ということでしょう。
政治的な主張もすべて、そうです。
この主張が絶対正しいなんてありません。
その政治的主張はその時代その国、その国民という限られた限定的な範囲では
まあ仮に暫定的に、「正しい」にすぎないのです。絶対の正義なんてありえないのです、
今はとりあえずそれが正しいよ、、という程度でしょう。
時代が変われば
国民目線が変わればその政治的主張はもう正しくなくなってしまうのです。
1タス1が永久に2であるような普遍性は、残念ながら、こと、政治や社会、倫理、法律というような人間の社会上の主張においては、ないのです。
仮の暫定的なとりあえず正解?でしかないのです。
政治上の正義も悪も
同様に仮のもの
暫定的なものです。
普遍的な善悪は問えないのです。
なぜなら絶対に正しい万古不易の政治的正義なんてありえないからです。
それは例えば日本国憲法にしてもそうです。
日本国憲法をノーベル賞に、、という運動をしているプロ市民がいますが
じゃあ、もし、北朝鮮が東京に核ミサイル打ち込んで来たら?
それでも日本国憲法は万古不易の平和憲法でしょうか?
それどころか何の役にも立たない、欺瞞憲法だったといわれるのがオチでしょう。
あるいはこんな例はどうでしょうか。
らい予防法の成立に尽力したというので、勲章もらった医者もいるのです、
その当時らい病患者を完全隔離するというのは、大方の賛同を得ていたわけですからね。
少数派で、隔離反対だった医者は、追放されて、、勲章どころでははありません。
今現在振り返ってみれば、追放された少数派の医者のほうにこそ勲章を授与すべきだということなのでしょうけどもね。
まあしょせん判断をするのは時代とその世相に制約されたその当時の人間です。
その当時はそれで勲章だったわけですからまあしょうがない?ということなのでしょうか。
杉原千畝だって当時は余計なことを越権行為をしたということで外務省追放でしょ?今は?映画になるほどのいわば英雄ですよ。
そもそも正義とか悪とか考えるのは人間しかいません。
判断もある意味ろくな理性も知恵もないそこらの?人間です。
それで絶対に正しい判断なんてできるはずがない。
有限で、狭小な、まあお馬鹿さんな「ニンゲン」の判断ですよ。
絶対正義なんて判断できません。
さて。
ライオンは小鹿 (インパラ)を襲って噛み付いて
皮を食いちぎり、肉をむさぼり、
内臓まで食い尽くしても
自分がやってることを
これは正義か?不正か?なんて全く考えないでしょう。
まあそもそも動物に正義とか、悪とかの認識はないわけですからね。
彼らはまさに本能のままに、自然のままに生きてるだけですから。
食われたインパラにしたって「俺はなんでライオンに食われる運命なんだろう?』なんて深刻に悩みもしませんからね。まあ正義だの、悪だの、という概念は人間だけなのです。
ですから動物と人間の正義意識とか比較したって無意味ですが、
正義という概念があるからこそ、人間は「法「という概念を人間社会に持ち出してくるわけです、
法は人間的な正義の物差しであるわけですからね。
例えばライオンがいくらインパラを食おうがそれは自然なだけであり、
人間のような戦争で殺しあったりするのを、それと比べても、無意味なわけですよ。
人間の戦争と、ライオンのインパラ殺しを比較なんかできません。
あまりにも次元が違いすぎますからね。
ライオンは生きるためにインパラを殺して食う。
そのとき「俺は生きるために殺してるからこれは責任をとわれない」なんて「法的免責」なんで理屈を持ち出さない(というかライオンにそんな知能はない)
人間は必ず理屈を持ち出す。
「この戦争は正義のための戦争だ」とか
「自由と平和を守るための、核爆弾投下だった」とかね。
誰だって
いつだって
そういって正義を前面に持ち出して戦争は始まったのですね?
「この戦争は悪だけど、、俺たちが悪いんだけど、開戦するよ」
そんなこと言って戦争始めることは絶対ありませんね?
「これは自分たちに正義がある。」
「この戦争は正義のための戦争だ。」そういわなければ誰もついてきません。
「この戦争は悪い、われわれは悪人だ、悪の戦争だ。」
そんなこといったら誰も従いませんよ。
理屈なんかどうにでもくっつかられますからね。
「戦争に加害者も被害者もない」
と言ったら
多分
多くの方々から反論され、叱責されるでしょうね?
戦争犯罪人がいるじゃないか?と。
でも
戦争に
正義の戦争も
悪の戦争もありませんよ。
戦争とは愚かな人間の愚かな判断が拮抗して挙句の行き場のない、最終判断だからです。
だから
戦争は悪に決まってるんですよ。
いくら大義名分を叫ぼうとも正しい戦争なんてないのです。
百歩譲って「仕方のない戦争」というのはあるでしょうけどね。
いずれにしても、
戦争は無くならない。
今もどこかの国で
地域で
戦争が
内戦が
内乱が
起こっている。
人類は何千年たっても
いまだに歴史からなあんにも学ばない、というか学ぼうという気もない・
だから?
戦争のない世界を実現できていませんね。
国連もまあいわば何も決定できない何もしようとしない、
つまり何の権限もない「同好会」?みたいなものですよ。
常任理事国が一国でも拒否権を行使すれば、何も決議できないのですから。
まあ国際問題は裏もあれば、陰謀もあるという狐とタヌキの化かしあいですよ。
そこでは正義ではなくて自国のわがままな利益だけが横行するんですよ。
建前と実際は違うといってしまえばそれまでですが。
戦争放棄したはずの島国にも軍隊は有るし
永世中立国も、自衛軍があり国民皆兵ですね。
国費の半分以上を軍事費に使っている
半島の分断国家もありますね。
世界の2大超大国は
それぞれ核ミサイル2000、発所有してますし、
いま内戦状態の中東国はサリンロケット弾3000発持っているそうですね?
化学兵器は「貧困国の最終兵器」といわれていますね。
反戦平和自衛隊解体を叫ぶ、、とある政党の『綱領」には、
彼らが政権を取ったら、「人民軍」を創設して、国民皆兵にすると、、かって、書いてあったのですからね。自衛隊は悪だが、人民軍なら善だ?という理屈?
そういえばどっかの国の「人民軍」が南シナ海で勝手に岩礁を埋め立てて他国の漁船を体当たりして沈めたり、ミサイル基地を作っていますよね。この国の社会主義とは所詮、てめえの国の利権だけの大合唱大絶叫でしかないという、社会主義の理想もへったくれもないというおぞましさなのでしょうね。
マルクスが夢見た理想の社会は、、結局虚妄だったと今では誰もわかったのです。
スターリンの大粛清で一説によると1000万人が殺されたという、
文化大革命では数百万人が粛清されたという。
ポルポトのカンボジアでは300万人が虐殺された、
そして、、
1990年のソ連崩壊に伴う、
東ヨーロッパの崩壊と混乱は今もまだくすぶり続けている。
旧ユーゴの内乱もルーマニアのチャウシェスクも
これが社会主義実験の哀れな末路だったのだ。
これがマルクスの夢見た社会主義、の末路だったのです。
こうして
いろいろ
考えてくると
つらつら
人間の愚かしさを
痛感するばかりですね。
本当の正義って何だろう、国際社会には
本当のせいぎなんてあるんだろうか、
まあ、
正義だ、正義だと、事あるごとにいう割には、実は人間ほどワルイ奴はこの自然界にはいませんよね?
姑息にも、国民のぜいきん血税である政治資金を自分の飲食代・趣味代に流用している某都知事、
これがいつの日か?実は正しいことだった?という日が来るとでもいうのでしょうか?
こういう行為は時代が変わってもアウトですよね。
そんな腐った都知事よりも、
まだ生きるために本能の命ずるままにインパラを食ってるライオンの方が純真?でかわいい?でしょう?
ライオンは正義だのモラルだのと人間のような「たわごと」を言わないだけ、かわいいですよ。
「これが俺の生きる道、殺して食って生きるように自然がそう俺たちライオンをお作りになったから俺たちはそうしてインパラ食ってるだけ」、、でしょ?
肉食動物に「お前たちインパラ殺して引き裂いて食って悪いと思わないのか?」なんて聖人ぶって人間が説教垂れたって愚の骨頂ですものね。『なんじ、殺すなかれ」なんてライオンに説教しても無意味でしょう。殺さなきゃあライオンが自分が飢え死にしちゃうんですから。生きるために、殺すしかないんですよ。
すべての肉食動物がそうなのですからね。
まあ宗教臭く?言えばですね。
「神がそうおつくりになったのです。だから彼らは殺して食うしかないのです・それが神の摂理なのです」とね。
じゃあところで人間の戦争ってどうなのよ?
人類がいる限り
戦争は無くならない。今日もどこかで戦争が起こっていて兵隊や市民が殺されておる。
この戦争という人間だけの行いについては、神の摂理論?ではカバーできませんよね?
「神がそうおつくりになったのです。だから彼らは戦争するしかないのです・それが神の摂理なのです」とは、言えないでしょう?
でも人間ってつくづく、戦争が好き?ですよね?
人類の歴史とともに戦争が常にあったという悲しい事実、
戦争をなくすには、もう、
人類が絶滅するしかない、と、
言った人もいるくらいです。
まあ、
うがった見方をすればですね。
戦争とともに人類文明は発展してきた、ともいえるのです。
戦争を有利にするために文明の利器を発明したり、化学が進歩したりという悲しい?事実ですね。
今では戦争がビッグビジネスであり、もし戦争産業がなくなったら一国の経済が傾くとさえ言われるんですからね。理想論は戦争のない世界ですが現実は
世界の現実は人類の真実は戦争をなくす気はない、、ということでしょうか?
批判を恐れずにいうならば
戦争は必要悪、、なのかもしれない。
というか、人間という愚かな被造物は結局永久に善悪を悟ることなどできはしないのさ、、という悲観論なのでしょうね。