僕と彼のBLタグ論争~ボーイズラブという警告タグの扱い~
「読んでみたで。××が投稿した小説。」
昼休みが終わり、僕と友人は食堂にいる。
なぜ昼休みにではなく、三限が始まっている時間帯に食堂にいるのか。
――単純に食堂が空いているからだ。
人がいないわけではない。
だが、昼休みの混雑ぶりからすると明らかに閑散としている。
二人とも3限の授業は取っていないので、悠々と席に着き、食事ができるというわけである。
「あ、もう読んだんや。ほんで、どうやった?」
僕は恐る恐る尋ねた。
「うん。おもろかったで。」
「で、本音は?」
彼は焼き魚の身を解しながら平板な声音で返答してきた。
僕はなんとなくむかついてちょっと棘のある声で聞き返してしまう。
「いやいや。本心やから。お世辞はお茶碗一杯くらいしか入れてないから。」
「いや、それ、すごい多い気がすんねんけど。」
「そうか? 俺、家では丼でご飯喰ってんで。」
彼のずれた感性に会話で振りまわれるのはいつもの事だ。
あるいは、からかわれているのか。
「まあ、あえて言えば――モグモグ――肩透かしな感じは――モグモグ――したかも。」
彼は唐揚げを食べながら、具体的な評論を返してくる。
口の中で咀嚼されている唐揚げらしきものが眼に映ってしまった。
僕は慌てて少し目線を逸らす。
そんな事より、貴重な読者評を頂かねば。
「肩透かしって?」
「まあなあ、肩透かしっていうか、あれ。」
「あれ?」
「そうあれ。竜頭蛇尾みたいな。」
「よく分からんわ。」
「まあなあ、俺がそう感じただけやから、気にせんといて。」
気にするなと言われて、放置するわけにもいかず。
僕はちょっと強引に彼からその後も感想を聞きだしたのだった。
そうこうするうちに、彼は肉類たっぷり、野菜少なめの偏向昼食を平らげる。
「っていうかさー、そんなことより言いたいことがあんねんけどさー。」
「そんなこと!?」
「そうそう。タグってあるやん。あれって、読者がつけんの? 書いた奴がつけんの?」
僕の小説の感想はそんなことで片づけられた。
それに抗議するも華麗にスルー。
僕はショックを受けながらも彼の質問に答える。
「・・・あれは、投稿者がつけるんやけど?」
「ああ、やっぱそうなんや。じゃあさあ、あのショタコンとBLは違うのが大事みたいなタグあったけどさあ、あれも××がつけたんやんな?」
「まあ、そうやけど?」
「・・・あれもBLやろ。」
話の方向性が見えない僕は疑問符交じりに回答する。
それに対して、彼は少し眉根を寄せて小声で最後のセリフを囁いた。
僕は脊髄反射で周囲を見渡す。
大丈夫だ。
僕らの周囲には誰も座っていない。
一番近くにいるのは、明らかに教職員と思われる女性が一人。
それより少し離れているぐらいの所に頭からショールを巻いているイスラム教徒と思しき女性が手弁当を広げているだけだ。
中央に張り出した柱や植物の鉢植えを越えた所はちょっと人口密度がおおそうだったが、そこまで声が届くことはあるまい。
小声で話せば問題ないだろう。
「そんな神経質にならんでもええやろ。」
周囲を確認する為に首をぐるぐる動かしていた僕に彼は不満そうな声を上げる。
「ああ、まあな。一応、知り合いとかおらんかだけ確認しただけやし。」
僕は取り繕う。
「で、どうなん。あの小説は××の中じゃ、BLじゃないん?」
「いやあ、まあ、そりゃ、広義的な意味合いにおいては、そういう分類という主張も一理あるとして受け取るべき所ではあるかなと思う次第ですが。」
「なんやねーん。それ。」
僕の政治家チックなスピーチに彼が半ギレになる。
困った奴だ。
「いや、ちょっと世俗的な話やけど、そっちのタグってさ、警告タグ扱いやねんか。だからちょっと敬遠したって言うか。ショタならそっちよりは受けがまだ良いかなぁ~っていう下心。」
実は、僕が投稿した小説は主人公の高校生とショタがイチャラブするストーリーである。
BLの定義を男同士がイチャコラすることだと言うなら、紛れもなくあの小説はBLなんだろう。
しかしだ。
僕の中では、ショタラブとボーイズラブは別ジャンルなのだ。
世界に向けて、ショタラブとボーイズラブは別物だと叫びたいくらいなのだ。
――叫ばないけど。
「なんじゃそりゃ。っていうかさあ、ショタコンは警告タグじゃないん?」
「ちゃうよ。単にショタコンなだけやと、男女の場合の方が普通やし。」
「それ、なんか抜け道っていうかさあ、詐欺に近くない?」
「いや、でも、アレは僕の意識じゃ、やっぱりBの方じゃないから。」
普通、ショタコンと言えば、お姉さんとショタっ子のペアなのだ。
それをお兄さんとショタっ子でも、働いている心理的機能はショタコンプレックスであると主張しているのである。
生物学的機能面でいえば、現象としては確かにお兄さんとショタのイチャラブはボーイズラブであろう。
しかしである。
小説という精神的文化活動においては、生物学的な、即ち、物理的かつ物体的な問題に対して心理的機能は優越してしかるべきではなかろうか?
僕の投稿した小説は、主人公がノーマルで始まり、女装姿のショタに欲情するというものだった。
それは、精神的作用において、果たして男色に分類できるものだろうか。
否。断じて違う。
そこにある精神作用は男色のものではない。
なぜなら、男の娘や女装少年への恋情は男色的恋情では発生し得ないからである。
勿論、男の娘や女装少年への恋情メカニズムはロリコンの作用機序とは異なっていることは認めねばならない。
従って、異性愛と同等であると主張することは出来ないだろう。
むしろ、女装少年は完全なる中立性を体現する精神的作用における第三の性であると誇って主張してもよいくらいである。
つまり、ここで重要なのは、ショタラブストーリーに対してボーイズラブのラベルを与えるのはナンセンスだという事だ。
少なくとも、僕が投稿した作品において主人公はほとんど最後までノーマル性を発揮していた。ゆえに、あの小説はBLではないのである!
というような事を、隠語を交えながら、オブラートに包んで彼に説明した。
「やったらさあ、もし最初から少年愛志向の主人公だったらどうするん?」
「作品内の精神的作用機序次第かな。」
「その作用キジョが作者と読者で受け取り方が違ってたら問題が起こるんちゃう?」
「うーん、まあ、それでも、普通は少年愛や男の娘の警告は自主的に出してるやろうしな。タグそのものにBの警告を出さへんかったとしても。」
「ふーん。」
彼はどうも僕の説明が気に入らないようだ。
もっとも、僕としては自分の考えを率直に言っているだけなので、そんな反応されても困るのだが。
「っていうかさあ、ボーイズラブが警告扱いされてるってのがさあ、どうなん?」
「どうなんって言われても。警告扱いされるべきじゃないと?」
「いやだってさあ、それって大多数の人間は同性愛者の恋愛を読む事は不快に思いますってことを前提にしてるわけやろ?」
「前提っていうか、実際そうなんじゃないの? たぶん。」
「・・・異性愛の恋愛を不快に思う人だっているかもしれんやん。」
「そんな事言い出したら、っていうか認められたら、どっかの気違い集団が世界中の恋愛小説家に対して謝罪と賠償を求め始めることになるわー。」
流石に、僕が引き合いに出した比較対象が対象だけに、彼は苦笑いする。
「ただまあ、将来においては深刻な論争を起こし得る話ではあるんじゃない?」
そう言って、僕はフォローに入った。
「現状では、そっちの人らは圧倒的に抑圧的待遇の中にいるわけやけど、将来においてはどうかわからんやんか。例えばさ、欧米では結構認可され始めてるやんか。オバマも割と好意的らしいし、名前忘れたけどアップルの偉いさんもカミングアウトしてるらしいし。」
「ジョブズ?」
「いや、あいつもう死んでるやん。」
ちょっとお馬鹿なツッコミが入る。
「まあ、イスラム教圏とかはどうか分からんけど、キリスト教圏ではこの問題に関しての宗教的呪縛みたいなんからは解放されつつあるし。ぶっちゃけ、日本なんかは富国強兵とガチガチのキリスト教的倫理観が移植される明治までは排斥対象じゃなかったわけやし。」
「幕府は排斥方向じゃなかったっけ?」
「そうなん?」
「いや、詳しく知らんけど。」
知らないなら、突っ込まないで欲しい。
「・・・まあ、過去の話はええねん。別に。重要なのは未来においてさ、特に訴訟大国アメリカやけど、全土で公認されることになったら、世界的な潮流が決定づけられることになると思うで。」
「まあ、アメリカやしな。」
「ユダヤ狩りしたドイツを追われたユダヤ人のアインシュタインがアメリカで原爆作った例があるしな。おそらく、まずは欧米の影響が強い国では、アメリカの少なくない人材がそっちの人らで占められてる事実を無視できひんくなると思うわ。」
「で、日本も例外ではないと?」
「まあ、アメリカに続いて直ぐって事にはならんのちゃう。日本人って無宗教とか神道の影響がとか云々言っておきながら、ぶっちゃけキリスト教倫理観に染まってるんやんか。」
「そうかー?」
「そやで。神道的なアニミズム思想を尊重するなら、生物学的に人間は10人に1人が性趣向において少数派っていう科学的現実を認めるべきじゃない? その10分の1の現実を現実の一部として内包するのが科学的思考やん。明治初期の日本人がエドワードモースの進化論講義を拍手で迎え入れる事が出来たのだって、そういう事やと思うしさ。でも、今は自称愛国主義のお偉いさんとかがキリスト教倫理感にどっぷり浸かって同性愛者への差別発言とか平気でするわけやんか。」
「ああ、まあ、だいたい言いたいことは分ったわ。っていうか、声ちょっと大きい。」
「げっ。」
僕はしゃべってるうちに熱が入っていたのかいつの間にか声のボリュームが上がっていたらしい。
お茶を飲んで自分を落ち着ける。
それから、僕は声をトーンを数段階落として口元に手を当てながら囁くようにしゃべった。
彼はよく聞こうとこちらに身を乗り出す。
「ええっとやね。つまり、話を戻すと、日本でも将来確実に同性愛の社会的受容が外圧としてやってくるというわけです。」
「それは分ったけど。それで、深刻な論争っていうのが未だきけてないで。」
「ああ、論争っていうのは、つまり、同性愛を異性愛と同じく差別しないという扱いになった時に、同性愛を描く小説を販売する際、警告みたいな特別な配慮をするのが禁止されうるって事。」
「いや、禁止って事にはならないんじゃ?」
「まあな。禁止は言いすぎやけど。例えば、一冊の本にでも表記として男同士のラブストーリーみたいな文句を入れたら、他の恋愛小説全部に男女間のラブストーリーって文言を入れるように指導が入るっていう社会状況にはなるかも。」
「そういう社会やと、ネット小説のボーイズラブタグはどういう扱いになるんやろな。」
「警告タグとしての扱いは消えるやろうな。その代わりに、恋愛のジャンルを設定すると細分化された項目を選ばされるとかにはなるかもな。」
「へー。」
彼は少々懐疑的な眼をしていた。
BL好きの彼には思うところがあったのかもしれない。
いろいろ改変してあります。
ムスリムの女性がいたのは同性愛との対比関係で出したわけじゃなくて、ほんとに偶然です。手弁当なのは多分ハラルの問題があるからかと推測。