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世界を救った(元)勇者の放浪記  作者: 太陽と月
第一章:ファントム家での日々
9/13

第八話、幼女大工

 おまたせしましたっっ。言い訳として、土日に仕事が入ったために執筆時間が取れませんでした。申し訳ありません。その分、いつもより多めに書いておきました。


 ※タイトルは気にしないでください

「ふぁああ……ねむっ……」


 今日は大工が来る日だ。しかし、どの時間帯に来るかは定かじゃない。ミリュアさんいわくその大工は気分屋らしいので、早朝や深夜に来る可能性もあるという。

 なので、俺はその可能性の為にわざわざ徹夜をしている。本来ならばミーニャとミリュアさんも一緒なのだが、やんわりと断らさせてもらった。どこかで聞いた話だが、女性は夜更かしをすると肌が荒れるらしい。美女と美少女の肌荒れ姿など、見たくない。俺は紳士だからな、女性は大切にするんだ。


 と思いつつ、俺は襲ってくる睡魔をどうにかごまかそうとベッドから立ち上がる。外に出て、夜の空気を吸えば少しはマシになるかもしれない。もし効果が無かったら、井戸の水を浴びるまでだ。




************



 外に出ると、心地いい風が俺の体を包み込んできた。ほのかに花の香りが混じっており、鼻孔をくすぐる。この匂いは……月下美人だな。アインが好きだった花だから、匂いは鮮明に覚えている。確か、夏の夜に花を咲かせ、すぐにしぼんでしまう花だったか。花言葉は儚い恋だった気がする。


 思えば、アインと出会ったのは月下美人が咲き乱れる湖の近くだったな。あの時は確か、あいつが月下美人の側で眠っている所に俺が偶然通りかかったんだ。そしたら急に起きだして、あいつは眠りを邪魔したとか言って喧嘩を売ってきた。その喧嘩の所為で、月下美人がバラバラになって更にキレた。あれは、俺が十三歳の時だったな。懐かしい……。


(あいつ、元気にしてるかな。月下美人に囲まれるのが夢とか言ってたけど、天国で実現したよな。いや、案外リリーの相手でそれどころじゃないのかもな)


 アインとリリーは、幼なじみだった。二人共仲がよく、しょっちゅう冗談を言い合ったり、痴話喧嘩をしていた。一度だけ聞いたことがあるのだが、リリーはアインの事が好きだったらしい。夜這いをかけたり、突然抱きついたりと、激しいアプローチをかけていた。見た限りアインも満更じゃなかったから、もしかしたら両思いだったのかもしれない。

 そんな二人を切り裂いたのは、俺だ。従者という天職を持つ二人――ツヴァイとクロノスも同じ――は、俺の行く先に着いて行かなければならない。もしかしたら、二人は互いの愛を認めあい、最終的に結婚まで行き着いたかもしれない。なのに、ファンネルが蔓延はびこる大平原なんぞに俺が行ったばかりに、二人は……。


「っと、嘆かないって決めたんだった。考えるのは止めにしよう」


 陰気臭い思考を振り切る為に、俺は頭上を見上げた。そこには大量の星々が煌めいており、陰鬱な気分を忘れさせれくれる。俺は星空が好きだが、中でも夏がお気に入りだ。夏は他の季節よりも、星の量が多い。だから、空が太陽光のように明るいのだ。夜に輝く光の空……ロマンチックだとは思わないか。


「これで、隣に彼女でもいれば最高なんだけどな……」


「お前、彼女が欲しいのか? 何を贅沢な。美少女と美女が周囲にいるだろうに」


「いや……確かにミーニャは可愛いし、ミリュアさんは綺麗だが、そういうのじゃないんだよ。二人は、忘れかけていた家族みたいな感じがするんだ」


 俺には家族がいない。祖父母は生まれる前からおらず、両親は六歳の時に他界した。妹はいたが、両親が他界してから会っていない。というか、あの時代から二百年も経っているのだから生きてはいないだろう。だから、俺はもう天涯孤独の身だ。けど、別に寂しくはない。だって、暖かい存在が側にいるんだからな。


「そうかそうか。長々と説明ご苦労。お前は辛い人生を生きてきたのだな」


「そうなんだよ。分かってくれるか……ん?」


 おかしい。周りには誰もいないというのに、声が聞こえる。ミーニャと同じ、少女のような高めの声だ。自然と返答を返してしまったが、俺は一体誰と会話をしていたんだ? 彼女云々(うんぬん)って言った時も、なんか会話してた気がするぞ。


 右、左、前、後。さらには上に視線を向けるが、謎の声主の姿は見受けられない。まさか、長期間眠っていた所為で幻聴でも聞こえるようになってしまったのか?


 などと、本気で己の身を案じていると……ぷに。頬に僅かな感触を感じた。ほんのり暖かく、まるで人の手のようだ。何度も執拗しつように、ぷにぷにと俺の頬をつついてくる。

 と、そこで俺はやっと気づいた。目線を下にずらした所に、小さな幼女がいることに。彼女はぷくっと頬を膨らませており、御機嫌斜ごきげんななめだ。


「やっと気づいたかバカめ」


 俺の腰ぐらいのサイズの小さい少女は、山吹色やまぶきいろの髪をツーサイドアップ(であってると思う)にしており、澄んだ水色の瞳を持っている。見た目が幼すぎるので判断に困るが……この調子で育っていけば、相当可愛い女の子になるに違いない。

 って……なぜ俺は知りもしない幼女の未来を想像しているんだ。ミーニャと初めて出会った時もこんなことを考えなかったか、俺。昔はこんな癖なかったはずなんだが……。


「ふむ。お前はどうもわらわを幼子として見ているな。これでも歳は三十を超えているのだぞ?」


「いや、そんなまさか。君はどう見ても十歳にしか見えないよ。ってか、俺が思ったことよくわかったね」


「妾は読心の天恵を持っているのだよ。お前の考えていることぐらい、見抜けるわ」


 読心か。となると、彼女の天職は生産業の可能性が高いな。読心は読んで字のごとく、心を読む。俗にいう、読心術というやつだ。ただ、それは別に人の心限定ではない。花や樹木などにも、読心術は使用することができる。

 つまり、読心の天恵を持つ者は花木かぼくの気持ちが分かる。気持ちがわかるということは、仕事がやりやすくなる。その為、花を扱う花屋。樹木を扱う大工などの生産職は、多くが読心の天恵を持っている。まぁ、他の職業でも持っている奴はごまんといるが。


「そこまで推測できるとは、お前中々やるではないか。では、妾がなぜここに“来た”のかも自然と分かるだろう?」


「来た? あ……もしかして、君がこの家を直してくれる凄腕の大工なのか?」


 いやしかし……ミリュアさんは凄腕の大工は三十年も大工の天職をこなしていると言っていた。もしも彼女がその人ならば、中年なりの容姿をしているはずなので、こんなぴちぴちの幼女な訳がない。

 だとすると、彼女は親からはぐれて迷子になった、ただの幼女という可能性が濃厚だ。口調が少し不自然だが、そういう幼女も世の中にはいるだろう。世界は広いからな。


「勝手に納得するな! 後、幼女幼女うるさいわ! 歳は三十を超えていると言っているだろうに!」


「いや、無理しなくていい。大人に憧れるのは分かるけど……君はどこからどう見ても幼女だ。お母さんと離れたのか? だったら、送ってあげるから家を教えてくれ」


 できるだけ優しくそう言うと、彼女は俯いてぷるぷると震えだした。強がっていたが、やっぱり怖かったんだな。その歳で母親と離れると、不安と焦りで泣きだしたくなるからな。子供は親にべったりだから、離れた時の反動がでかいんだろう。


 未だにぷるぷると震えている彼女の心を落ち着かせる為に、俺は彼女の頭へと手を差し伸べ、ゆっくりと撫で始めた。母親がよくやってくれたこの行為は、強い安心感と安らぎを与えることが出来る。大人には効くか分からないが、子供には絶大な効力をもたらすのだ。


「だから……妾を幼子扱いするな! いい加減にしないと妾も怒るぞっ!」


「そんな舌足らずな声で言われても……説得力ないぞ」


「く~~~っ! 馬鹿! 阿呆! アンポンタン!」 


 確信した。やっぱり彼女はただの幼女だ。罵り方が幼稚過ぎる。


「うるさいわ!」


 可愛らしい声でそう叫ぶと、幼女は俺の手を振り払い、犬歯を見せながら唸りだした。その仕草はやっぱり幼く、とても三十歳には見えない。


「やっぱり君は幼女だ。もう、絶対に幼女。何を言おうと、幼女確定だ」


「黙れ! ばーかばーか!」


「馬鹿って言ったほうが馬鹿だ。ばーかばーか」


「お前も言った! ばーかばーか!」


 ああ……こんな深夜になんで幼女と罵り合ってるんだ俺。てか、なんで外にいるんだっけ。確か、眠気覚ましに外に出たんだよな。それで、星を見てたら突然声が聞こえてきて……って、あれ? そもそもなんで俺はこんな時間まで起きてるんだ? ど忘れした……。これはもう、今まさに呂律が回らない幼児語を話している、幼女の所為だ。この子の所為で記憶が抜け落ちた。まったく……。


「妾はなにも悪く無いわ! 人の所為にするなぁああああ!」 


 俺が心の内で散々馬鹿にした所為で、堪忍袋の尾が切れたようだ。幼女は叫声をあげながら、俺に体当たりをかまそうと突っ込んできた。その速度はあまりに遅く、俺が過去に戦闘してきた者の中でも最弱だ。威力もそれに比例して弱いに違いない。


「っ!?」


 だが、俺はその弱い体当たりに押し負け、バランスを崩してしまった。あまりにもそれが予想外だった為に、俺は受け身を取ることを忘れて後頭部から地面へと激突した。結構な衝撃だったので、脳が軽く揺さぶられて頭がくらくらする。この家に来て、初めてここまでダメージを負ったかもしれない。幼女恐るべし。

 

 それは、ずきずきと痛む頭を右手でさすりながら、馬乗り状態の幼女をどうにかどかそうと起き上がった時だった。ファントム家の壊れた玄関から、魔導ロウソクを持ったミーニャが現れた。ごしごしと目を擦っていることから、眠気を我慢してここまで来たのだろう。うるさくし過ぎたか……。


 彼女はうっすらと目を開き、俺達の方へと目を向けた。未だ眠気が覚めていないのか、焦点は合っていない。ただぼーっと俺たちを見つめている。

 しかし、突然目が覚めたのか、彼女は大きく目を見開いて大口を開けた。こちらを指さしながら、わなわなと震えている。


「なに……してるの? フレイムさん」


 なぜか震えた声で、ミーニャは俺にそう問いかけた。手に持った魔導ロウソクをかたかたと揺らせており、もう少しで落ちてしまいそうだ。外は涼しいとはいえ、そこまで寒い訳ではないが……彼女は寒がりなのか? だったら我慢して来なくてもいいと思うが。


 って……違うな。ミーニャは寒くて震えているのではなく、動揺してるんだ。縦向きに俺と幼女は向かい合っているので、幼女の後ろ姿が見えるあの方向から見れば、俺達はまるでキスをしているように見えている筈だ。確か、現代では既に成人している者が成人していない異性にわいせつな行為をすることは禁じられている。理由は、子供の未来を大人の所為で壊さない為。世の中には小さい子だけを好む変態もいるし、妥当な法律だと思う。


 俺は普通に成人している女性が好きなので、幼女には興味が無い。なのでキスなど天地がひっくり返ってもやらない。というか、やりたくない。なので、ミーニャが勘違いしてようが俺は無実だ。

 だから……さ。そんな非難めいた目で見ないでくれよ。思い切りドン引きしてるけど、俺はやっていない。


「よっ、と。ミーニャ、久しいな。最後に会ったのが七年前だから、お前が七歳の時以来か」


 俺がどう返事をしようか迷っている間に立ち上がった幼女は、ぱっ、ぱっと服のホコリを払うとミーニャの方へ体を向け、相変わらず年上目線で物を言った。その口ぶりから、二人は知り合いだということが伺える。


「もしかしてアミネリアさん……?」


「うむ。一昨日おとといミリュアから連絡を受けて、はるばるアグリア王国からここまで来た“アミネリア=アーマー”さ」


「なるほど。お母さんが言っていた凄腕の大工って、アミネリアさんだったんですね」


「そうだ。それなのにそこの馬鹿は、容姿だけで判断して認めない。何度も何度も言っているというのに、まったくとんだ馬鹿だよお前は」


「わ、悪かったよ。まさか本当に大工だとは思わなかったんだ。一つだけ言うこと聞くから許してくれ」


「男に二言はないな? いいだろう。許してやろうではないか」


 容姿だけで判断する事は、もう止めよう。今思い出したことなんだが、一つだけ容姿が永遠に変わらず、歳だけ取る希少種族がいた。会ったことも見たことも無いので記憶の奥底に埋もれていたが、このよう……アミネリアを見る限り、あの種族に間違いない。確か名前は……侏儒しゅじゅ族だったか。寿命は約五十年と短いが、永遠の若さを保つ。


「ほう。どの本にも載っていない侏儒族の名前を知っているとは……お前、やるな」


「フレイムさんは勇者ですからね。凄いんですよ~!」


「ほう、勇者か。それは凄い……はぁ!?」


「うおっ。突然叫ぶなよ、びっくりするだろ」


 ミーニャもそうだったが、現代の人は勇者って聞くと叫びたくなる呪いでもかかっているのか? そこまで珍しい存在じゃないと思うんだが、勇者。二百年前はあちこちに点在する程ザラだったぞ。確か俺は第三百二十八人目だったから、少なくともそれだけの勇者がいた。寿命がやたら長いし、今も生きている奴がいると思うんだが。


「む? お前は何を言っている。勇者はファンネルとかいう怪物が討伐された瞬間に、天職と天恵を失ったただの人と化したのだぞ? こんな一般常識、知らぬはずがなかろう」


「いや、知らん。てか、それおかしくないか? だって、俺は勇者の天職を持ってるし、天恵だって残ってるぞ?」


「そんな馬鹿な話があるか。もうこの世に勇者は存在しない。あの方達は天職を全うし、お亡くなりになられたのだ」


「なん……だと」


 勇者がもう、俺以外はこの世に存在しない? だったら、人類の敵とどう戦う気だ。今は凶暴な敵がいないからいいかもしれない。けど、この先百年二百年と時代が進むに連れて、さらに凶暴な敵が現れる。これは過去の経緯からして間違いない。

 俺の寿命は、残り約八十二歳。あと八十二年の間に人類の敵が現れなければ、それ以降に奴らは襲来する。そうなったら、勇者がいないこの世界は終わりだ。騎士や冒険者たちがいくら頑張ろうが、敵を殺す事だけに特化した勇者でなければ、勝てる見込みはない。

 フィアネスは一体、何を考えている。この世から勇者を絶やす気か? 世界を放棄し、敵が蔓延る混沌の世の中にしたいのか……?


 そこまで考えて、俺はこちらを意味深に見つめるアミネリアに気づいた。なぜか苦虫を噛み潰したような表情をしており、頭を抱えている。


 俺が「どうした?」と声をかけようとした時、彼女は口を開いた。表情は未だ苦渋くじゅうに満ちている。


「……もう夜も遅い。話はここらで終いにしよう。大工仕事はやっておくから、お前たちはさっさと寝てこい」


「いいのか? 手伝うことがあればやるが」


「いいさ。妾は一匹狼の大工だ。一人のほうがやりやすい」


「じゃあ、頼む。朝になったら玄関が綺麗に治ってるとミリュアさん凄い喜ぶぞ。

 あ……そうだ。大工の仕事が終わったら、泊まっていけよ。夜遅くに一人で帰るのは危ないからな」


「問題ない。端からそのつもりだったから、ミリュアには伝えてあるさ。分かったらさっさと行け。妾は速く取り掛かりたいのだ」


 しっし、と俺をまるで犬のように追い払う仕草をとった後、アミネリアはぶつぶつと何かを呟きながら宙に向かって右手を伸ばした。すると右手が徐々に光り出し、最終的には周囲を照らす程となった。

 光が晴れた時、彼女の右手には手に余る程の巨大なトンカチが握られていた。空気中の魔素が僅かに減少し、魔力の気配もあったことから、あれは恐らく魔術によって生み出したのだろう。あんな魔術、見たこと無いけどな。二百年の間に新たに生み出されたのかもしれない。


 近々(ちかじか)魔術についても勉強しようと密かに思いつつ、俺はすっかりうとうとして黙りこんでしまったミーニャを背中に背負い、ファントム家へと戻る。そしてミリュアさんが眠る寝室へこそこそと入室してミーニャを寝かせると、自分の部屋へ戻った。


(なかなか、楽しい夜だったな……)


 今夜の事を微笑しつつ思い出し、俺はゆっくりとベッドへ入る。すると五分もしない内に眠気が襲ってきて……俺は静かに目を閉じた。外からはトンカチを叩く音が聞こえてきて、そのリズムに合わせて俺は深い眠りについていった。

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