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世界を救った(元)勇者の放浪記  作者: 太陽と月
第一章:ファントム家での日々
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第七話、少女の才能

 お待たせしました。

「フレイムさん、そっちを切ってくださいね」


「はい。任せてください」


「頑張ってください、フレイムさん!」


 ミリュアさんとミーニャが見守る中、俺は右手に持った長剣で、台座に固定された丸太目掛けて歯を当てた。そして、後ろへ一気に引く。この長剣は二百年の時を経ても錆びることを知らない、不朽ふきゅうのシロモノだ。世界一硬いオリハルコンを材料としているので、切れ味も健在している。軽く振るうだけで、丸太なんぞスパッと斬ることが出来る。そりゃもう、バターのように滑らかに。


「ふむ」


 真っ二つに分断された丸太を見ながら、俺は再度この長剣の性能を確認した。ファンネルとの長い死闘をくぐり抜けてきた相棒は、未だ鋭い切れ味を誇っている。硬質化したファンネルを一刀両断した、あの状態のままだ。研摩すればさらに切れ味が増し、恐ろしいまでの切断力を誇ることだろう。俺は二百年のブランクがあるので、戦闘――があるのかは分からないが――ではまだ巧く使えないかもしれないが、この切れ味さえあれば大抵の敵は問題無いだろう。


 さて。そもそも、なぜ俺は丸太を切っているのか。それは、二日前に研究者たちによって破壊された玄関を修復する為だ。昨朝の内にミーニャが入手してきた樹木の内、五本――残りの四十五本は売却するそうだ――を丸太にし、さらにその丸太をこうして切断している。俺は大工の天職ではないので、どうやって玄関を修復するかは分からない。というか、ミーニャとミリュアさんも分からないらしい。でも、心配はいらない。ミリュアさんの知人である、三十年も大工の天職をこなしている凄腕の大工が来るからだ。彼女が若い頃に恩を売ったおかげで、無償で修復してくれるらしい。木材はこっちが負担だけどな。


 三本の丸太を細かく切断し終え、鞘に長剣をしまうと、ミーニャがきらきらとした眼差しで俺を見ていることに気づいた。その表情は満面の笑みであり、とても和やかだ。仲間たちが最後に見せた、爽やかな笑顔と似ている。もっとも、彼女の笑顔は死ぬ直前の笑みではない。何の意味も込められていない、純粋な笑顔だ。


「そんなに見つめるなよ。照れるじゃないか」


「あ、ごめんなさい。でもでも、凄いですよフレイムさん! さっきの、速すぎて見えなかったです! さすが勇者ですね!」


「まぁ、この長剣の性能の力が大きいけどな。……あ、そうだ。少し持ってみるか? この長剣」


「いいんですか!?」


 おー、凄い食いつきだな。そういや、どの種族も成人するまでは剣を使うことを法律で禁止してるてるんだっけか。二百年前は六歳の少年少女でさえ握っていたというのに、えらく厳しくなったな。やっぱ、強敵がいなくなったから戦う必要がないのか。魔物や魔人は、神出鬼没なファンネルと違って滅多に人里に現れないらしいしな。

 ミーニャはあと一年で成人するらしいし、別に誰かが見張っている訳じゃない。少しぐらい剣を使うのが早くなったって、問題無いだろう。ずっと使わせる訳じゃないんだから。ただ、母親であるミリュアさんに認められないと元も子もないけどな。


 俺はミリュアさんに判断を仰いだ。


「本当なら駄目……と言いたい所ですけど、ミーニャちゃんは頑張ってるし、切り上げれば実質的に十六歳なので私はいいと思いますよ」


「だってさ。ほれ、持っていいぞ」


 ミリュアさんの許可を得たので、俺はミーニャに長剣を手渡した。


「わ、わわわっ!? お、重いっ」


 “怪力”の天恵を持つミーニャが持っても重いってことは、やっぱりまだ有名な魔道具細工師に施してもらった重量変動の細工が持続してるのか。持ち主以外が触れれば自動的に重さを変えてしまう、不思議な細工が。

 しかし、効力は二百年前より落ちているな。だって、あの時のコイツは絶対に他人が持つことを許していなかったんだから。天職が運び屋で、天恵が怪力である、筋骨隆々の大男でさえ一ミリも持ち上げられなかったからな。効力が落ちていないのならば、同じ天恵を持つミーニャが持つことは不可能だ。やっぱ、時の影響は強いということか。


「あ、だんだん慣れてきました。凄く使いやすいですね、この長剣!」


「だろ? その長剣は、凄腕の鍛冶職人が最高級のオリハルコンで作った一級品だからな~」


 表向きは長剣を褒められて上機嫌にそう言いつつ、内心俺は驚愕していた。出回っていないのであまり知られていない事だが、オリハルコン製の武器は持ち主を選ぶ。腕力が足りなければ腕を持っていかれるし、脚力が無ければ踏ん張ることができない。さらに、長年武器を振るわねば、癖のあるオリハルコン製の武器は振るうことすらできない。

 だというのに、片手剣すら握ったことのないミーニャはあの長剣をつたないながらも操っている。いくら怪力の天恵があっても、普通は癖の所為せいで不可能なはずなのに、だ。もしかしたら、彼女には剣の才能があるのかもしれない。案外、磨けば光るダイアモンドの原石だったりしてな。


 と、密かにミーニャを絶賛していると、隣に立つミリュアさんが悲しそうな表情をしていることに気づいた。楽しそうに長剣を振り回すミーニャを見ながら、彼女は何かを思いつめている。

 気になった俺は、ミーニャに聞かれないようこっそりと「どうしたんですか?」と問いかけた。


「あの調子なら、練習すればあの子は強くなれます。そうしたら、私に似てミーニャちゃんは“冒険者”の道に入るかもしれないんです。そう思ったら心配で……。冒険者は世界を点々とするから、どうしても家に帰れないんですよ。そうしたら、ミーニャちゃんと会えない日が多くなりますし……」


「あー……なるほど。今ぐらいの年齢は、冒険者になりたいって言うことが多いですしね」


「そうなんですよ。あのミーニャちゃんに限ってはあり得ないと思うのですが……可能性がゼロとは言い切れないですし」


 冒険者は、三つだけ存在する天職を放棄した事にならない職業の一つだ。ギルドと呼ばれる仕事の斡旋機関から任された様々な仕事をこなしたり、フィアネスの様々な秘境や未開拓地を探検したり、各地に出現する敵――昔はファンネルだったが、今は魔物か魔人辺りだろう――を義務的に討伐し、金を稼ぐロマン溢れる職業だ。だから、その話を聞かされた子供は必ずと言っていいほどに冒険者に憧れ、将来の夢とする。実際、俺もなりたいと思っていた時がある。

 しかし、冒険者は憧れだけでは続かない。実際にやってみると分かるが、物凄くキツイ。生半可な覚悟では、すぐに挫折して辞めることになる。まして、ミーニャの様なひ弱で消極的な少女であれば余計だろう。冒険者世界の洗礼を受け、一生残る傷を負ってしまうかもしれない。だから、ミリュアさんが心配するのも頷ける。


 二百年前はファンネルの所為で大勢の者が冒険者であったが、今は違うはずだ。わざわざ危険を犯してまで、敵を倒して金を稼がなくてもいい。天職さえ全うしていれば、飢え死にすることはないんだからな。


「でも、決めるのはミーニャ自身ですよ」


 ミーニャは、俺のように縛られた人生を持っていない。勇者として、必ず敵を倒さねばならない宿命を負ってはいないのだ。ならば、自由に生きることができるはずだ。人に人生を強制されるのはいわれ無い。


「ええ、分かっています。分かっていますけど……どうしても心配なんです。無理にでも平和の道へ誘いたいと思ってしまうんですよ。酷い親ですよね……私」


「いや、それが普通ですよ。子供を大事にしない親なんて、親じゃないですからね。でも、ミーニャがやりたいって言ったらやらせてあげてくださいね。

 って……俺が言うことじゃないですよね、すみません」


「いえ、フレイムさんの言うことは正しいですよ。あまり過保護すぎるのも、よくありませんね。子離れできなくなったら大変ですから」


「まぁ、頑張ってくださいミリュアさん。後悔しないように」


「はい」


 ミーニャは幸せものだな。こんな優しくて、子想いの母親がいて。俺の両親は六歳の時に他界したから、全然一緒にいられなかった。どれだけ他人の親を見て、愛というものに渇望してきたか。

 本当に、ミーニャは幸せものだよ。一生大事にしろよ、母親を。


 笑顔でミーニャを見つめるミリュアさんを見ながら、俺はそんな事を思っていた。




************




 丸太を切り終わり、ミーニャの武器初体験も終わり、俺達は午後のティータイムを満喫していた。場所は家内ではなく、外に設置されたティーテーブルである。気温が丁度いいのでとても過ごしやすく、ミリュアさんが作ってくれたスコーンが余計旨く感じる。ハーブティーはかぐわしく、脳までリフレッシュしてくれそうな勢いだ。俺はすっかり、このティータイムにはまっていた。


 軽い談話を交えたティータイムは終了し、ミリュアさんは食器の片付けに。ミーニャと俺は、井戸へ冷水を取りに向かった。貯蔵していた水瓶の中身が、先の紅茶で枯渇こかつしたのだ。四日に一度は補充しなくてはならない。


「よいしょ、よい……しょっ!」


「おー」


 やっぱ怪力の天恵って凄いな。普通は釣瓶つるべを使って少しずつ水を汲むというのに、ミーニャの場合は直接水瓶を使っている。相当重いだろうに、表情は和やかだ。重さなど微塵も感じていないのだろう。


「フレイムさん、この水瓶を家に持って行ってもらえます? わたしはもう一つの水瓶に水を入れるので」


「ああ、分かった。っと……結構重いな」


 怪力の天恵を持っていない俺は、恐らくミーニャに膂力りょりょくでは勝てない。似たような天恵を俺は持っているが、一つの能力に突出した天恵には劣るのだ。アリが強くなった所で、ゾウには勝てないのと同じように。まぁ、勇者の天恵は数が多いから、十分補えるけどな。


 ミーニャに言われた通り水瓶を家内の台所付近に置くと、ミリュアさんが早速水瓶からボウルで水をすくい出した。そしてその水を使って、先の食器を洗い始めた。どうやら水が来るのを待っていたらしい。

 ってか、今は夏だからいいが、冬なんかは手がかじかんで大変そうだな。あの水冷たいし、余計酷くなりそうだ。冬までここにいるかは分からないが、もしまだいた場合は俺が代わりにやってあげよう。暑さは天敵だが、寒さはなんともないからな、俺。


 さて。ミーニャも二つ目の水瓶を持って戻ってきたことだし、後は大工が来るのを待つだけだな。それまでは、のんびりさせてもらおう。サルでも分かる一般常識でも読んでるか。


 結局、サルでも分かる一般常識をあらかた読み終わり、それから夜になっても大工は来なかった。何か事件にでも巻き込まれたのではないのか……そうミリュアさんは口にしたが、すぐにハッとなると、日程が間違っていることに気づいて謝ってきた。大工は明日来る予定なのだそうだ。

 誠実なのに、意外と抜けた一面もあるのか。俺は失敗して慌てるミリュアさんを見ながら、くつくつと笑い始めた。やっぱ楽しいな、この家は。平和で和やかで、居心地がいい。もうしばらく、この家に厄介になろう……。

 11/23 微修正しました

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