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世界を救った(元)勇者の放浪記  作者: 太陽と月
第一章:ファントム家での日々
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第六話、時代の変化

 フィアネスの住民は、物心付いた時から“天職”を授けられる。天職とは、その名の通り天が与えた職……即ち、最も適した職業だ。人によって職業は異なり、その数は億を超えるとも言われている。安定した生活をすることができるが……代わりに、一生涯続けなければならない。もしも辞める場合は、その職業で得た物をすべて失う。

 天職は誰が授けてくれるのかは分からないが、恐らく神だろう。脳内に直接話しかけてくる存在など、神以外では考えられない。

 

 天職を授けられた時、同時にその人は天恵てんけいも複数与えられる。その数はまちまちだが、最低二つは貰うことが出来る。その天恵は天職に適した能力であり、一生涯使用することが可能だ。しかし、能力は自由に使用することができるので、使いようによっては殺人なども行うことが出来るシロモノだ。


「これで合ってるよな、確か。俺の記憶が間違ってなければ」


 幼少時代に習った事を記憶の引き出しから取り出し、俺は一人つぶやいた。天職と天恵の仕組みが二百年前と変わらなければ、現代もその仕組みは受け継がれているはずだ。現に、今でも俺は能力を使用することができる。天職《勇者》の天恵は、生きているのだ。


 こんな事を考え始めたのは、ミーニャ達と会話していて、今のフィアネスが二百年前と大きく異なっていると実感したからだ。国はさることながら、生態系や言語までが変わっていた。多少は昔の名残りがあるが、俺の知識とはだいぶかけ離れているのだ。

 ならばと、俺は記憶にある知識を絞り出し、現代と照らし合わせて異なる箇所を学んでいる。幸い、サルでも分かる一般常識という本があるので分かりやすい。


「えーっとなになに……。おお、やっぱこれは変わってないのか」


 天職と天恵のページを読み、それは二百年前と変わらないことが分かった。知っている知識があって、少し嬉しい。できればこの気持ちのまま、次のページもすらすらと読みたいものだ。


 しかし、次のページには俺の知らない事が多く書かれていた。そこにはフィアネスの生態系について書かれているのだが、知らない言葉ちらほらと見受けられる。種族については多少分かるが、その下に表記されている“魔物”やら“魔人”なるものがよくわからない。それらの挿絵は付いているが、俺にはただの動物と人にしか見えないのだ。


 だが、目線を下にずらしていくと、気になる文章が表記されていることに気づいた。記憶の中でも、一番鮮明に覚えている言葉……ファンネル。俺が絶滅させたはずなのに、なぜ奴の事が書かれているんだ。まさか、仕留め損ねた個体が繁殖し、未だに現代に存在し続けているのか。

 ……などと、冷や汗を流し焦りながら読み進めていると、ファンネルはこの世に存在しないという記事を見つけた。おいおい、心臓に悪いな。最初からこの事を書いておいてくれよ。


「ふぅ……」


 安心してためいきをつくと、俺はいったん読書を中断する。そして、食卓からティーカップを手に取ると、中身の紅茶で喉を潤す。水や果実水ばかり飲んできたので、紅茶はあまり飲んだことはないが……結構いいもんだな。紅茶は香りを楽しむものだと聞いていたが、まさにその通りだ。心地いい香りが鼻孔をくすぐる。冷めているが、凄くうまい。癖になりそうだ。


 さて。喉も潤ったことだし、続きを読むか。魔物と魔人のページで止まってたよな。どれどれ。


--魔物は、我々が知り得ぬ方法で突如として生まれた生物である。我々が天恵を得ているのに対し、何故かそれは天職を持たずに同じ力を所有している。ただし、それは知性を持っていないので、約二百年前に存在した天敵、ファンネルに比べれば対処しやすい。

 

 逆に、知性を持っているのが魔人である。それも誕生の仕方は不明だが、容姿は我々と酷似しており、魔力を所持している。その為、我々が持つ“魔術”を使用することが出来る。魔物のように天恵は得ていないが、十分強力な力を誇る。知性を持つ分、魔物よりも厄介な存在である。額の宝石で人か魔人かは判断することが可能だ。


 学者によっては、魔物と魔人はファンネルが絶滅した際の福産物ではないかという声もある。確かに、この両方はファンネルが絶滅してすぐに姿を現したといわれている。しかし、真実は定かではない。


「ほぉ……現代にもファンネルみたいな奴はいるのか。やっぱ、時代が変わっても、人類は戦い続けなければいけないという事か。いつまで戦えば平和が訪れるんだろうな……」


 倒しても倒しても、敵は形を変えて生まれてくる。確か、ファンネルの前は“魔族”っていう奴らが敵だったと本で読んだ記憶がある。その前が竜種で、その前がアンデッド。フィアネスは一体、どれだけ敵を創り続ける気なんだ? いい加減、人類に一息つける時代が欲しいものだ。


 と、ひとり思い耽けっていると、二階に繋がる階段からトコトコと下る音が聞こえてきた。この控えめさは、確実にミーニャだろう。この家に来てからまだ一週間も経っていないが、彼女の事は熟知している。俺のかつての仲間、クロノスと似ているからだ。生まれ変わったのではないかと思えるほどだ。まぁ、全てが一緒というわけではないが。


 何やら大きな物が入った布を背負っているミーニャは、俺が食卓に座っている事に気づくと、ちょこちょことこちらに歩いてきた。


「部屋にいないと思ったら、ここで本を読んでいたんですか」


「どうもここが居心地よくてな。部屋より、こっちの方が集中して読めるんだよ」


 今の季節は夏だ。さんさんと太陽が照りつけるので、部屋の中はサウナみたいになっている。しかし、台所は少しばかり温度が低い。大の暑さ嫌いの俺にとっては、オアシスも同然なのだ。

 といっても暑いのには変わりないので、汗は出てくるけどな。


「そうなんですか。今度わたしも、ここで勉強をしようかなぁ……。

 っと、そうだ。そろそろお出かけしてきますね」


「どこに行くんだ? この付近には何もないと思うんだが」


「木を倒しに行くんですよ。わたしの天職は木こりなので、定期的に木を倒さないといけないんです」


 ああ、そういやミーニャと初めて出会った頃『木こり』って言ってた気がするな。となると、背負っている布の中身は斧なのか。どうりで大きい袋なはずだ。

 それにしても天職が木こりか……勇者に比べたら、楽な仕事だよな。少しばかり羨ましい。


「そうだ。俺もついて行っていいか? 木こりがどんなもんか気になる」


「あ、はい。別にいいですけど……つまらないと思いますよ?」


「いや、大丈夫だ。ミーニャが一生懸命やっていることをつまらないとか思わないから」


「あ、あぅう……フレイムさん……それは反則ですよ」


「え? なんか言ったか?」


「なんでもないです! それじゃあ家の前で待っているので、準備ができたら来てくださいね!」


 なぜか顔を赤らめているミーニャはそう言うと、一足先に家を出て行った。その後ろ姿は、やはりクロノスととても似ている。長年見てきた、彼女の背中と重なるものがある。本当にそっくりだ。実は、ミーニャはクロノスの妹なのではないのか、そんな事さえ考えてしまうほどに。


 さて。余計な事を考えていないで、俺もちゃっちゃと準備をしないとな。レディを待たせる訳にもいかないし。




*************




「えいっ!」


 小さな少女は、そんな可愛い掛け声で斧を振り回す。斧は見た限り4㎏以上はあるというのに、彼女は軽々と樹木を伐採していく。怪力の天恵があるらしいので、さくさくと伐採することが出来るのだそうだ。その様は、とてもじゃないが少女には見えない。


 ミーニャが樹木を伐採し始めてから、約三十分。俺が直立している森林しんりんの一部は、切り株だらけになってしまった。周囲には、一振りで倒された大量の木々達が錯乱している。

 

「ふぅ。目標の、五十本終わり!」


 額の汗を右手で拭うと、ミーニャは両手を宙に向けて伸びをした。白いTシャツが引き伸ばされ、白い肌が露出する。何の傷も付いていない、綺麗な肌だ。戦闘というものを経験したことが無いのだろう。

 ファンネルが絶滅したいま、魔物や魔人といった敵は存在するが、多少は平和になったはずだ。二百年前は女子供かまわずに戦争に駆り出されたので、現代は幸せな時代だと思う。あんな時代、もう来ないで欲しい。ミーニャには血みどろな戦いなど経験させたくないからな。


 そんな事を考えつつ、俺は持ってきた水筒をミーニャへと手渡す。僅か三十分とはいえ、激しい運動をしたのだ。いくら死人族といえ、喉は渇くだろう。


「ありがとうございます、フレイムさん。丁度水分が欲しかったんですよ」


「そうだろうと思った。あと、軽い飯も持ってきたから、食べるといいよ」


「わぁ。これ、フレイムさんが作ったんですか? 凄く美味しそうですね」


 俺は料理が得意ではない。生まれてこの方、作ったことのある料理は卵焼きとゆで卵だけだ。それも、ことごとく失敗してきた。仲間には毎回マズイと言われ、料理から遠ざかっていた。

 しかし、たまには料理を作ってみたいと思うものだ。いつもはミリュアさんが作ってくれるが、今日は天職である“薬剤師”で早朝から家を留守にしている。ミーニャは作れないと言っていたし、それならばと朝食は俺が作った。シンプルな料理なので、初めてでもマズくはない料理。そう、おにぎりだ。炊いた米を塩を付けた手で握り、海苔を巻くだけのお手軽料理。ミーニャが美味しそうと言ってくれる、いい出来栄えだ。


「いただきまーす。はむっ……んむんむ……んむ?」


「どうだ。旨いか?」


「……う、うん。おいしいです。おいしいけど……甘い」


 甘い? いや、そんな馬鹿な。塩しか掛けていないのだから、甘くなるはず無いんだが……。


「……甘いな。めちゃくちゃ甘い」


 実際に一つ食してみると、恐ろしく甘かった。おにぎりに合わない、くどい甘さだ。塩をかけてこんな風になる訳がないから、たぶん塩と砂糖を間違えたんだろう。入れ物が似ていたから仕方ないが……こういう可愛らしいドジは普通、俺みたいな野郎じゃなくて、ミーニャみたいな女の子がやるべきことじゃないのか?

 って、そんなことはどうでもいい。このおにぎり、甘党の俺は食えるが辛党のミーニャは厳しいだろう。食べ物を粗末にするのはいけない事だが、仕方ない。処分するか。


「味が酷いから、これ捨てるな」


「え? 折角フレイムさんが作ってくれたんですから、全部食べますよ」


「いや、でもさ。それ甘すぎて食えないだろ? 無理しなくていいんだぞ」


「大丈夫です! わたし、甘いのもいけるんです」


 優しいな。あいつらは散々マズイマズイ言って俺の料理を食わなかったのに、ミーニャは食べてくれるのか。嬉しいな。そういや、クロノスも彼女と同じで唯一食べてくれたっけか。やっぱり二人は色々と似てるよなぁ。

 っと、そんな事を考えてる内におにぎりが全部無くなった。だいぶ腹が空いてたんだな。


「ほれ、水」


「ありがとうございます。ふぅ……」


 あんなマズイおにぎりを、文句も言わずに一粒も残さず食ってくれた。いや……一粒だけ残ってたな。薄いピンク色のほっぺたに。


「付いてるぞ」

 

 俺は母親がよくやってくれたように、ミーニャのほっぺたからご飯粒を取ると、彼女の口に人差し指で押し入れた。こうすることでされた方は食べやすいのだ。俺が実際に経験しているから間違いない。


「は、はわ……はわわわ」


「顔赤いぞ。どうしたミーニャ」


「ど、どうしたじゃないですよー。急にこんな……うぅ」


 あ……しまった。あれって、男から女にやるものじゃなかった。逆なんだ。母親も言っていたじゃないか。もしもこの行為をする場合は、愛する者だけにしなさい、と。なんで忘れてたんだ……。


「ご、ごめん。嫌だったよな」


「い、いえ。いいんです。むしろ嬉しいです……」


「え? 最後のほうがよく聞き取れなかったんだが、なにか言ったか?」


「ぜ、全然気にしてないって言ったんです! 気にしてないですから、この樹木を細かくするのを手伝ってください!」


「あ、ああ。分かったよ」


 なんだ、気にしてないのか。そりゃ良かった。これからはもうやらないように気を付けないとな。表面上は分からないが、俺みたいな奴にあんな事されて、嫌だろうし。


 それから、俺達は大量の樹木を二時間ほどかけて小さくすると、ミーニャが持ってきていた縄で縛った。そしてそのまま家に運ぶと、俺達はそれぞれの部屋へ戻っていった。未だミーニャの顔は赤いままだったが、一体どうしたんだろうな。

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