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世界を救った(元)勇者の放浪記  作者: 太陽と月
第一章:ファントム家での日々
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第五話、力の片鱗

 ようやく戦闘らしいシーンがでてきます。長めです。


「ふぁあ……」


 ごしごしと、目を擦ってはあくびを繰り返すミーニャ。昨日はむしむしとしていて寝苦しかったが、それが原因で眠れなかったのだろうか。俺が武勇伝を披露した時は、あんなにも気持ちよく眠っていたというのに。

 まぁいいや。いくら眠くても、これから段々と目覚めてくるだろうしな。なにせ、俺達は歩いているのだから。動けば自然とえてくるだろう。


「エブミヤ村って、どれくらいで着きそうですか?」


「うーん……休憩も入れて、あと六時間ぐらいですね」


 俺たちは現在、『エブミヤ村』という場所に向かっている。二週間に一度、ファントム家では買い出しをその村で行うらしい。あんな果てにある家だ。動物も他にいないので、自給自足など出来る訳がない。こうして、定期的に食料を補給しなければいけないのだ。いくら不死身といえど、やはり空腹は辛いらしい。


 だから早朝の内にファントム家を経ったのだが……六時間って。少し、というかだいぶ遠いな。そりゃあ、あんな場所に家があるんだから、仕方ないといえば仕方ないが……もう少しマシな場所に建てた方がよかったんじゃないだろうか。

 なんて、俺が言っても仕方ないけどな。


「辛かったら言ってくださいね。すぐ休憩にしますから」


「あ、はい」


 一応、勇者だから体力には自信あるんだが、ミリュアさんはそんな華奢な体で六時間も歩けるのだろうか。さらに小さい、ミーニャなら尚更無理じゃないのか? 不死身だって、疲労は感じるだろうに。

 といった疑問をミリュアさんにぶつけてみると、予想外な答えが返ってきた。なんと、死人族は疲労を消すことが出来るのだそうだ。わかりやすく言うと、リセット。溜め込んだ疲労を、元の状態に戻せるのだ。つまり、永続的なスタミナを持っていることになる。恐ろしいな、死人族。


 二時間ほど進んだ所で、一時水分補給。今朝水筒に入れたばかりの、冷たい井戸水をいただいた。夏に冷たい飲み物は、やっぱり格別だな。少し飲み過ぎてしまった。


 それからさらに二時間ほど進むと、白い地面が茶色く変わり、広々とした場所へ出た。近くの看板によると、ここはアムル村道そんどうと呼ばれているらしい。エブミヤ村へ繋がる道のようだ。


「この辺りには、薬に使える薬草があるんですよ。帰りにでも摘んでいきましょうか」


「それはわたしがやるね、おかーさん」


「ふふふ。じゃあ、頼んじゃおうかな。沢山摘んで頂戴ね」


「うん!」


 薬草か。確か、毒性のものが混じってる可能性があるんだよな。ミーニャに任せるっていうことは、彼女はその判断が出来るということか。この年齢になっても俺はよく分からないというのに、大したもんだ。

 

 薬草に目星をつけながら進み、約二時間後。ようやく前方に村が見えてきた。見た限りそこまで大きくないが、村人達の声がここからでも分かるので、活気にあふれた村なのだろう。久々に大勢の人を見ることができるから、正直わくわくしてる。


「いらっしゃーい! ようこそ、エブミヤ村へ! ゆっくりしていってね!」


 村に入ると、人の良さそうな男性が歓迎してくれた。手にはくわを持っていることから、農夫なのだろう。そのがっちりとした体格から、相当長くやっている事がわかる。


「とりあえず、まずはお昼にしましょうか。持ってきたお弁当を食べましょう」


「は~い」


「分かりました」


 食料を買う前に、まずは腹ごしらえのようだ。丁度昼時なので、俺の腹がぐぅぐぅと鳴り出す。ミーニャはそれにつられて可愛く腹を鳴らすと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 近くのベンチに移動すると、ミリュアさんは持ってきたバスケットから大きな弁当箱と、小さな弁当箱を二つ取り出す。一つだけ大きいのは、俺が結構な量を食べるためだ。やっぱり男はがつがつ食わないとな。


 食事前の挨拶も無しに、俺は我慢しきれずに弁当のフタを開けた。そして、付属の木箸きばしで黄色い食べ物を掴むと、口に放り入れた。


「今日も美味しいですね、この卵焼き。甘くて好みの味です」


「ふふ。ありがとうございます。その卵焼きにはシロップを入れてみたんですよ。喜んでいただいて何よりです。

 ミーニャちゃんのは、どう?」


「おいしいよ! タバスコがいっぱい混ざってて、もう大満足。おかーさん大好き!」


 相変わらず、ミーニャの辛党っぷりは揺るがないな。赤い玉子焼き……黄色と白の綺麗なコントラストが台無しじゃないか。もはや卵の味とか絶対感じられないだろう、それ。相当辛いに違いない。

 しかし……ミーニャはまだかわいいものだ。卵焼きと飯だけが辛いだけで、他の具材は普通なのだから。本当の辛党は、にこにこと俺達が食べる様子を見守るあの人なのだ。


「さて。私も食べようかしら。今日は頑張ってみたのよね~」


 ミリュアさんはそう言いつつ、弁当箱のふたを開けた。その中身を見て、俺はごくりとつばを飲んだ。弁当箱全体が、禍々(まがまが)しい程に赤い。飯や、その他の具材が全て赤く染まっている。もはや、それは弁当とは言えないシロモノだ。言うならば、そう……毒物だ。食せば舌が腫れ上がり、飲み込めば喉が痛む。人が食べるものではない。

 なのに……彼女はそれを、美味しそうに頬張った。幸せそうに、笑みを浮かべながら食しているのだ。あのミーニャでさえ、あそこまで辛くはしないというのに。正直、見ているだけで胸焼けがする。俺の弁当は普通なはずなのに、辛いと錯覚してしまいそうだ……。


 辛党二人が先に弁当を食べ終わり、後片付けをし始めた。俺はというと、最後に残しておいた卵焼きを頬張っている。この甘々(あまあま)とした味は俺の舌を癒し、同時に、さっきの激辛弁当を脳内から忘れさせてくれる。やっぱ、卵焼きは甘くないとな。


「では、そろそろ買い出しに行きましょうか」


 食事も終わり、ようやく今回の目的である食料の買い出しが始まった。まずは栄養満点の野菜とタンパク源の肉からで、調味料などは後回しにするそうだ。ただ、二人にとってはそっちの方が重要ではないかと俺は思うのだが。主に、大量に使うタバスコは必需品だろう。完売する前に、買うべきではないのだろうか。

 と思ったが、あんな辛いもんを好んで食すのは二人だけだな。売り切れる訳がない。というか、逆に売れ残っているだろう。もしかしたら安くなっているかもしれない。


 牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉ようにく鹿肉しかにく猪肉ししにく。レタス、キャベツ、トマト、ナス、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、パセリ。唐辛子、タバスコ、鷹の爪、ナツメグ、コショウ、塩、砂糖、醤油、油。この村で買ったものは、二十三種類にも及んだ。それらの数を全て合わせると、百以上。いくら商人達が運んでくれるからと言って、多すぎではないだろうか。余らせて腐らせるだけなんじゃないか? 

 引きつった表情でその事を伝えてみると、どうやらこれでも保たないらしい。少食の二人の他に、俺よりも大食いの人物がいるそうだ。どんな人物かは教えてくれなかったが、恐らく男だろう。女がこれほどの量を食うとは思えないしな。


「ふふふ。近いうちに、会えると思いますよ。もうすぐ帰ってくる頃でしょうし」


「わーい。おみやげなんだろう!」


 大方おおかた、出稼ぎに出ている父親辺りだとは思うが……どんな大男なんだろうか。気になるな。会うのが楽しみになってきた。


「じゃあ、帰りましょうか。家に着いた頃には夕方になっているでしょうし、すぐに夕飯を作らないと」


「は~い」


 眠気がすっかり覚めたミーニャに続いて、俺も賛成の声を出す。まだまだ体力は残っているので、今から帰っても問題はない。俺が勇者だと知っているから、ミリュアさんはこの村で一泊しようとは言わないのだろう。もしも俺が一般人だったら、優しい彼女は宿屋に泊まったはずだ。


 入り口で酒を飲んでいた農夫に挨拶し、俺達はエブミヤ村を後にした。



*************

 


 薬草を摘みつつファントム家に戻ると、玄関の前に白衣を着た男達が待ち構えていた。恐らく、昨晩来訪した研究者だろう。性懲りもなくまた来たのか。絶対に断られるというのに。


「ミリュアさぁあん。そろそろ私の研究に協力してくださいよぉ」


 丸眼鏡をくいっと上に上げ、しゃがれ声の持ち主は嫌味ったらしくそう言った。雰囲気からして、こいつは奴らのリーダーなのだろう。手を横に広げながら、こちらに向かって歩いてくる。


「だから……いつも言っているでしょ! 私はあなた方に協力はしないと! 勿論、この子もです!」


 あの温厚なミリュアさんが、眼光を鋭くして怒った。大声で男に立ち向かうと、ミーニャを守るように抱き寄せる。いつもはおっとりとしているが、今は立派な強い母親だ。


 ミリュアさんの大声が予想外だったのか、男は歩み寄るのを止めて感嘆の声を漏らした。その声に反応してか、周りの奴らは拍手をしながら口笛を吹く。明らかに馬鹿にしてやがる。ムカつく奴らだ。


「おい……お前ら。嫌だって言ってんだから、さっさと帰れ。そして、二度と来るな」


「おー? 君は誰かねぇ? 部外者が邪魔をしないで欲しいねぇ」


 まるで今俺に気づいたかのように、男は丸眼鏡をかけ直して顔を突き出し、俺の顔を凝視し始めた。その動作がいちいちイラつくので、俺は思わず舌打ちをした。今すぐにでもぶん殴ってやりたい。殴って、このイライラを解消したい。しかし……丸腰の相手を殴るのは人としてどうなのか。いくらイラつくといっても、それは犯罪ではないだろうか。


 そんな葛藤を俺が抱いているとは知らず、男はさらにイラつく行為をし始めた。なんと奴は、部下に家を破壊しろと命令したのだ。


「ふっふっふ~。さぁぁあ、ミリュアさぁん。家を壊されたくなかったらぁ、私の研究に協力しなさぁあい」


「なんて非道な事を……この、外道!」


「そ~んなこと言っていいんですかぁああ? ほぉら、家がどんどん壊れちゃいますよぉ~」


 男の部下は、鈍器のような物で玄関を破壊し始めた。複数人に鈍器をぶつけられ、玄関はあっという間に粉砕された。それは、ほんの数秒の出来事だった。ミリュアさんとミーニャは、何が起こったのか分からず呆然としている。


「あ~あぁ。壊れてしまいましたねぇええ。でもぉ、それはあなた方の所為なんですよぉお? 私に協力をしないからねぇ。くっくっくぅ。

 ほぉら、次も壊してしまいなさぁい」


「や……やめて。やめてよ! わたしたちの家を、壊さないで!」


 今まで口を閉ざしていたミーニャが、悲痛な声で叫んだ。壊された家を見つめ、大きくかぶりを振っている。その表情は、絶望に染まっていた。


「んん~? だったらぁ……あなたが協力しなさぁあい。そうすればぁあ、家は壊されなくて済みますよぉ?」


「そ、そんな……うぅ……酷い……酷いよぉ」


 ミーニャが泣いた。その瞬間、俺は心の底から怒りを感じた。二百年前のあの日、四人の仲間が殺された時にも感じた、懐かしき感情。それは俺を支配し、体を動かさせた。


 人差し指を宙に差し出し、縦にスライドさせる。すると、すぐにスライドさせた箇所から大量の文字が溢れ始める。“魔素”と呼ばれる、空気中に存在する気体を己の“魔力”で文字に変換させたのだ。

 

 大量の文字の中から、俺は瞬時に二つを選びとる。その文字は“拘”と“束”であり、並べて読めば拘束こうそくとなる。俺はその並べた二つの文字を、家を破壊しようとする奴らに向ける。そして、その文字へ魔力を注ぎ込み、爆発させた。

 その瞬間。二つの文字は人を戒める鎖へと変貌し、奴らの体を拘束させる。


「ぐぁっ……」


「なんだこれ、はあぁあ」


「くる……しいっ」


 拘束の文字から生まれた鎖は、俺が自由に操作することが出来る。こうして強く締め付け、地面に転がせることも可能だ。この拘束を解くには、対となる“解放”の文字を生み出すか、術者である俺が死亡しなければならない。しかし、俺は勇者だ。生半可な攻撃では死なないし、寿命も長い。その為、永続的に鎖は存在し続けることになる。

 つまり、俺の呪縛からは一生逃れられない。俺の気が変わらない限りはな。


「……んん~?」


 丸眼鏡の男は、なぜ部下達が拘束されているのか分かっておらず、頭をかしげた。それはミーニャとミリュアさんも同じようで、同じ動作をしながら拘束された奴らをみつめていた。


 無理もない。なにせ、俺が文字を選びとってから鎖を発動するまでの時間は、コンマ一秒にも満たないのだから。俺が独自に生み出した《記号魔術》は、一瞬で力を行使するのだ。制限はあるがな。


 さて……これだけじゃ、俺の怒りはまだ治まらない。一番ムカつく奴が、まだピンピンしてやがるからな。その顔を苦痛に歪ませ、泣き顔にしてやる。そして、二人に謝罪してもらおうじゃないか。


 記号魔術には、膨大な数の文字が存在する。俺はその全て把握できる訳じゃない。だから、分かりやすいよう二つに分けた。それは、スライドさせる方向で変化する。縦が具現化、横が添加てんかといったように。

 さきほど、俺は縦に指をスライドさせる事で記号魔術を発動させたが、今回は違う。横にスライドさせ、添加のパターンで発動させる。その際選びとった文字は、“加”と“速”。すなわち、加速だ。俺はその二つの文字を、自分に添加させる。すると、世界が止まって見え始めた。いや、正確には俺が加速しているから、そう錯覚するのだろう。


 拳を握りしめ、俺は怒りの対象である丸眼鏡の男へ肉薄にくはくする。体全体が加速されているので、数歩踏み出すだけで奴の元へ辿り着いた。間抜けな表情だ。いま、奴には俺の姿がブレて見えていることだろう。何が起こったのか分かっていないに違いない。

 ……さぁ、ミーニャを泣かしたお前は罰を受けなければならない。思い知れ、自分が何をしたのかを!


「はぁ……っ!」


 加速された体をひねり、俺は奴の顔面めがけて拳を振るった。みしみしと骨が折れる音が聞こえ、丸眼鏡が跡形もなく壊れた。奴は後頭部から地面ヘと激突し、意識を失った。

 これでも、加減したんだからな。ありがたく思えよ。


「「…………」」


 寄り添いあっていた二人が、まさに言葉も出ないといった状態で固まっている。まぁ、ざっと十秒で全てが終わったんだ。それが当然の反応だろうな。


「さてと。ミリュアさん、そろそろ腹減ったんで夕飯お願いします」


 自身に記号魔術で“減速”を添加すると、俺は空腹に悲鳴をあげる腹の望むままに、未だ唖然としているミリュアさんに食事を要求した。やっぱり、魔力を使うと腹が減りやすくなるな。昼から何も食ってないし、余計だろう。


「…………」


「ミリュアさん?」


「……あ、はい。すぐ作りますね。ミーニャちゃんも手伝って頂戴」


「う、うん」


 とりあえず、家は破壊されたが一件落着だ。これからまた、普通の日常が戻って来る。毎日が平和な、のんびりとした毎日が。


 あ、研究者達にはこの後ご帰宅してもらった。二度とこんなことをしないと、約束させてな。過剰かじょうなまでに頷くのだから、俺もやりやすかったよ。少し、恐怖を与え過ぎたか? 


 夕食を食べ、それから今日も武勇伝を話し、今宵も過ぎてゆく。

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