第四話、不思議な陰り
第四話です。
ファントム家に宿泊してから、三日が経過した。その間はなんの変哲もない日常を繰り返しており、和やかな毎日を過ごしていた。人見知りのミーニャとも、大分打ち解けたような気がする。
しかし、三日目の夜。来訪者が現れた。どんどん、と大きなノック音をたてては、複数人の男たちが煩く騒いでいる。ミリュアさん曰く、彼らは数ヶ月に一度来訪する研究者らしい。なんでも、死人族の研究をしたいのだそうだ。だが、毎度断っている。誰とも知らない輩に、体をいじくり回されのは嫌だから、と。俺だって、例え大金を積まれても断る。金より、自分の体の方が大事だからな。
彼らは一時間近く粘り、そして帰って行った。こんなことが毎月のように行われるので、二人はもう慣れてしまったらしい。どうりで、あの気弱なミーニャが堂々としている訳だ。平然と食事をするものだから、最初は音が聞こえていないのではないかと心配したよ。きちんと聞こえていてよかった。
さて。食事も終えたことだし、今日も俺の武勇伝を二人に話す時間が来た。初日にミリュアさんが「フレイムさんの昔話、聞いてみたいですね」と期待に満ちた表情で言うものだから、ついつい話してしまった赤裸々な過去話。それを、三日目の夜もまた話さねばならない。二人のきらきらとした表情を、落胆に変えたくはないからな。
「今日は……そうだな。皇女を、ファンネルの脅威を救った話でも話そうか」
「前回は侍女を救ったお話でしたよね? また、“マグナ王国”での出来事ですか?」
「いや。今回は“ランドロス帝国”での出来事ですね」
「ら、ランドロス帝国? そんな国、あったかなぁ……」
これは宿泊して初日に分かったことなんだが、現在の“フィアネス”には二百年前に存在していた国家はほとんど存在しないらしい。いや……名前を変えて新たに生まれ変わったというべきか。
例えば、先日話した武勇伝での舞台は、“ファグネリア王国”という場所だった。しかし、現在ファグネリア王国は名前を変え、マグナ王国という名前になっている。王族も当然変わり、俺が知っている名前は一切なかった。
といったように、今のフィアネスは俺の知っているものとは少々異なる。だから、俺の知る『ランドロス帝国』をミーニャが知らないのは無理もないのだ。ファグネリア王国を知っていたミリュアさんなら分かるかと思ったが、彼女も分からないらしい。まったく、時というものは恐ろしいものだ。
「ランドロス帝国が分からないなら、他の国に例えてもいいぞ。二人の知ってる国名使って話すから」
我ながら素晴らしい妙案を提示すると、二人は椅子に座りながらひそひそと相談をし始めた。どの国名にしようか決めているのだろう。俺としては何でも良いのだが、ミーニャが知らない国名があるかもしれないと一人納得すると、しばしの間見守ることにした。
相談は、わりとすぐに終わった。体感時間だと、三十秒も経ってはいないだろう。
「それでは、“ラトゥス帝国”にしましょう」
ラトゥス帝国……やはり知らない名前だ。帝国というからには、元は“ベルティア帝国”だったのかもしれないが、全く違う国が台頭してきた可能性もある。そこの所は、俺には全く分からないな。まぁ、おいおい分かっていけばいいだろう。
「じゃあ、ラトゥス帝国での過去話を一つ。あれは、まだ俺が十五歳の時だった……」
まるで年老いた爺さんの昔話のような始まり方で、俺は淡々と記憶に残っている物語を語り始めた。
――三年前(正確には、二百三年前ぐらいか)、俺はラトゥス帝国にファンネル出現の報告を受け、一人でそこへ向かった。仲間は別の場所へファンネル討伐に向かっており、単独行動をせざるを得なかった。
ラトゥス帝国に馬車で約一週間掛けてたどり着くと、そこはさながら地獄絵図のような惨状が広がっていた。入り口には門番の死体が散乱しており、中へ入っても騎士の死体が大量にあった。爪で切り裂かれたような傷跡と、付近に落ちている黒い羽から鳥型のファンネルだと判断した俺は、まずはじめに、家内にいるであろう住民たちに大声で外へ出ないよう伝えた。家にいれば、ひとまずは奴に見つかる必要がないからだ。
それから、まだ息の音がある者達を安全な所に避難させた俺は、今回救援を求めてきた王族の元へ向かうべく、遠くからでも目に見える城へと、全速力で向かった。
城内は幸いな事に、怪我人は誰ひとりとしていなかった。ファンネルが鳥型なので、中までは入ってこれないのだ。少しだけ安心すると、俺は侍女に話を聞きに行き、王族の避難が完了したとの報告を受けた。
しかし、皇女が忽然と姿を消したのだとすぐに報告が入った。その皇女はまだ幼く、いまが危険な状態だということがわからずに出歩いてしまったようだ。
城をくまなく捜索していると、上部に位置するバルコニーに小さな少女がいることに気づいた。あれが皇女だろう。何かに手を振っている。
気付かれれば逃走される可能性があるので、慎重にバルコニーに近づいていた俺は、もう少しで皇女に手が届くといった距離で一旦手を止めた。一刻も早く助けねばならないというのに、彼女が何に対して手を振っているのか気になったのだ。
恐らく気球か何かだろうと思っていた俺は、視線を手すりの方にずらして……戦慄した。そこには、漆黒の翼と体躯を併せ持つ巨鳥が止まっているではないか。あれは見間違えようのない、人類の敵……ファンネルだ。
俺は皇女を助けるべく、奴が反応する前に疾走を開始した。奴はなぜ動こうとしないのか不思議だったが、好都合だ。今なら奴を殺し、そのまま彼女を救うことができる。
結局、奴は最後まで無反応だった。剣を一振りするだけで、あっさりと首が切断されて絶命した。なんともいえない虚しさを感じたが、皇女を救うことが最優先なので、その虚しさは無理やり振り切った。
そして、俺は皇女を連れて城内に戻ったのである――
「まぁ、今回はそこまで武勇伝じゃなかったな。真っ先に思いついたのがこの話だった訳で、他にもっとカッコいい話があるはずだ。
って、聞いてないか」
俺の昔話は聞いていて眠くなるのか、二人は毎回途中で眠ってしまう。それだったら途中で話をやめればいいのだが、どうも熱くなって話が止まらない。まるで年寄りだな。……って、年齢的に考えて俺はもう年寄りか。
「さてと。風邪引かないように、お二人さんをベッドまでお連れしてあげようかね」
ミーニャはミリュアさんと一緒に寝ている。その為、運ぶのはひと部屋だけなので大分楽だ――といっても、二階に部屋があるので手間がかかるが――それに、酔いつぶれたアイン達を結構な頻度で全員運んでいたから、妙に手馴れている。起こさないように、最小限の動きで目的地に運ぶというスキルまで習得している程だ。
さてと。二人を運んだことだし、俺もそろそろ寝るかな。明日は確か、近くの村に買い出しに行くんだったか。早起きしないとな……。
*************
フレイムが熟睡する中、隣の部屋ではもぞもぞと布団が動いていた。今の季節は、夏真っ只中。今宵は熱帯夜である。あまりの蒸し暑さに、ミーニャは起きてしまった。折角気持ちのいい夢を見ていたというのに、残念で仕方がない。
「お水……飲もうかな」
口を開けて寝ていた所為で、酷くのどが渇いている事に気づいたミーニャは、隣で眠るミリュアを起こさないように、ひっそりとベッドから降りた。そして、ベッドの側にある棚から手探りで“魔導ロウソク”を探しだすと、それに向かって、ふぅと息を吹いた。魔導ロウソクは酸素によって火が灯る、マジックアイテム――様々な細工が施された、不思議な道具だ。魔力と呼ばれる気体を使用する――の一つなのだ。
めらめらと燃える魔導ロウソクを手に、あくびをしながら家内を移動するミーニャ。いくら熱帯夜といっても、眠気がない訳ではないのだ。ただ、眠るためには喉の渇きを癒やさねばならない。彼女は眠気を我慢して、井戸のある外を目指す。
外は家内とは違い、多少涼しかった。高級品である断熱材が家に施されていない為、温度に差が出ているのだろう。外で眠るのも悪くは無いかもしれないなどと、考えてしまう程だ。勿論、外は盗賊や人攫いなどが出没するので、実現することはないだろうが。
「ふぅ……今日は綺麗な夜空だなぁ」
井戸から水を汲み上げ、冷えた水を手で掬って飲み干すと、ミーニャは夜空に目を向けて、絶賛した。今夜は星がごまんと点在しており、その全てがきらきらと輝いていた。そのあまりにも美しい光景に、彼女の眠気はどこかに消えてしまった。このまましばらく見ていよう、そんな気持ちが芽生えてきた。
「……ん? なんだろう、あれ。鳥……? でも、それにしては大きすぎるような」
星星が煌めく夜空に、大きな陰りが見える。それは鳥のようなシルエットをしており、あまりにも巨大だ。まるで星を食らっているのではないかと、彼女は一瞬だけ思った。しかし、陰りはすぐに遠くへ移動し、もう姿は見えなくなってしまった。
あれは一体なんだったんだろうと疑問を抱いたが、ミーニャは再度襲ってきた眠気に耐えかね、考えることをやめた。もう時間帯は深夜を回っている頃だろう。そろそろ眠りにつかなければ、明日の朝起きることができなくなるかもしれない。
少し早足で、彼女は家へと戻っていった。
ここまで読んでくださった読者様、ありがとうございます。これまで戦闘シーンがまったくありませんが、もう少しお待ちください。主人公が力を一切使わないので忘れているかもしれませんが、彼は元勇者です。必然と、戦う場面がやってきます。それまで、しばしお待ちを……。