第三話、死人族(デドリアス)
お待たせしました。第三話です。
現在、俺は命の恩人であるミーニャの家へと向かっている。無一文の俺を、彼女はしばらく泊めさせてくれるそうだ。なんて優しい子なんだと、改めて思ったよ。
道すがら、彼女は何かを聞きたそうな顔をしている。しかし、行動には移さない。人見知りであろう彼女にとって、人に自分から話しかけるのは難しいのだろう。ここは、俺から話しかけるのがいい気がする。
「そういえば、俺の名前ってまだ教えてなかったよな。“フレイム=ジャーミー”だ。よろしくな」
唐突に俺がそう発語すると、ミーニャは話しかけられることを予想していなかったのか、きょとんとした表情で俺を見つめ始めた。その状態で銅像にすれば、さぞ間抜けな銅像として有名になることだろう。
「…………」
……動かない。彼女は未だに俺を見つめたまま、まるで凍りついたかのように身動きをしない。本当に銅像になってしまったのだろうか……。
「っぇえええええ!!??」
「っ……」
耳をつんざくような叫声。とても温厚そうな彼女からは聞こえないであろうその声に、俺は少しだけ後退した。一体どうしたんだ、彼女は。あれか。俺の後ろに、何か驚くような物体でもあるのか。
だが、後ろを向いてもそこには何も存在しない。あるのは、白い土で作られた地面と、そこに芽吹く僅かな草花だけだ。
「フレイム=ジャーミー……」
白い少女は再度俺の名を反復し、何かを考えこんでいる。別に何か意味が含まれている名前ではなかろうに。どうしてそんなに悩む必要があるのだろうか。
「っておい! どうして急に距離を取る!? 俺、なんかしたか?」
「あ、あの御方の名前を勝手に使うのは犯罪なんです! つ、捕まっちゃいますよ!」
あの御方って、誰だ? まさかとは思うが、同姓同名の知らない奴じゃないよな。知りもしない奴の名前を持つだけで捕まるなんて、理不尽すぎるだろ。試しに聞いてみるか。
「質問。あの御方ってどんな人なんだ?」
「……え? あ、あの御方はこの世界を救った勇者様じゃないですか! まさか知らないんですか?」
……驚くのは分かるよ。俺だって、一般常識を一般人が知らなかったらそりゃ驚くさ。でもな。そんな、人を馬鹿にしたような表情で見ることはないだろう。俺が眠ってから何年経ったかは分からないが、その間の知識なんて知っている訳がないんだから。
「そんなの知ってる訳ないだろ」
少しだけイライラしてしまった俺は、辛辣な返答を返した。命の恩人である彼女に対して、あまりにも不敬な行いだ。その所為で、彼女は怯えた表情を見せてしまった。自分で言っておいてなんだが、後悔してる。ここにリリーが居れば、間違いなく俺を非難することだろう。そして、しばらく口を聞いてくれないに違いない。俺はそういう行為をしてしまったのだ。
よくキレっぽいと言われてきたが、相変わらず治っていない。俺の短所であり、嫌いな部分だ。些細な事でイライラして、他人を傷つけることを何度繰り返してきたか。自殺未遂までさせたこともあるっていうのに、何故学習しないんだ俺は。そんなんじゃ、いつか本当に誰かを殺してしまうぞ。後悔する前に、ちゃんと治さなければ。
今回は俺が全面的に悪いので、彼女に頭を下げて謝った。これから彼女の家に行くというのに、ぎくしゃくとした状態では会話もろくに続かないだろう。いつまで泊まるか分からないが、その間ずっと気まずかったら精神的に辛いしな。
っと、そうだ。いつまたこんな状態になるか分からないし、俺のことを認識してもらわねば。
「話を戻すけど、俺は本当にフレイム=ジャーミーなんだ。これでも、勇者なんだぜ?」
「も、もし本当だったら世紀の大発見ですよ。だって、二百年以上も捜索されているのに、見つからないんですから」
そうか。あの大戦争の後、俺って二百年近くも眠ってたのか。となると、今の俺は十八歳ではなく二百十八歳以上になるな。その間、誰かは分からないがずっと捜索してくれてたのか。なんか悪いことしちまったな。
と、知りもしない人たちに心のなかで謝っていると、珍しくミーニャから話を振ってきた。
「に、二百年以上もどこにいたんですか?」
だとさ。
それについての返答は、極寒の洞窟で眠ってたんだ……なんだが、あんまり信憑性が無いな。俺は妙な体質を持っているからいくら寒くても生きられるが、普通は勇者でも死んじまうだろう。まして、0℃を下回るであろうあそこでは絶対に生きていけない。嘘だと言われる可能性があるな。
……なら、どうするか。何かいい理由はないだろうか。
あれやこれやと考えつつ、俺はふと、目線を下にずらす。するとそこには、当然ながら白い土がある。つま先でぐいぐいやっても掘ることの出来ない、固い土だ。
そうだ……地底にいたというのはどうだろう。いくら長い間捜索されていたとしても、地底までは調べられないだろう。そんな場所にいるとは、誰も思わないだろうしな。
その事をミーニャに伝えてみると、本当に信じてくれた。「た、確かにそこなら見つからない訳です」と、どもりながら納得してくれた。ついでに、肩に刻まれた勇者のタトゥーを見せることで、さらに信憑性を高めた。
「あ! 見えてきましたよ、わたしの家です!」
俺が勇者だと分かってもらえてから、しばらく道を進んでいると、ミーニャが前方を指さしながらそう言った。だいぶ前から何か建物がある事には気づいていたが、あれは家だったのか。結構でかいな。
「おかーさーん! お客さんだよ~!」
まるで小さい子供のように、ミーニャは手を横に広げて家へと走って行った。家には母親がいるのだろう。垣間見えた満面の笑顔からするに、相当大好きに違いない。見た限り十四歳辺りだと思うから、まだまだ母親から離れられない年齢なのだろう。
一足遅れてミーニャの家にたどり着くと、俺はそのあまりに綺麗で大きな家に度肝を抜かされた。その家は銀一色で構成された、シンプルな丸型の造りなのだが、太陽の光できらきらと輝いて見える。それはさながらミーニャの髪のようで、彼女に合わせているのではないかと思える程だ。家と彼女が並べば、さぞ美しい事この上ないだろう。
「フレイムさん、はやくはやく~!」
ミーニャが家の中から呼んでいる。その隣には、俺と同じぐらいの背――170レール程――の女性が、にこにこと笑みを浮かべて立っている。恐らく、ミーニャの母親だろう。とても綺麗な人だ。
「こんにちは。あなたがミーニャちゃんのお友達の、フレイムさんね? 私はミリュア。ミーニャちゃんの母親です」
「あ、どうも。フレイム=ジャーミーです」
ミリュアさんって言うのか。凄い優しそうな人だな。ミーニャと同じ、銀髪で赤い瞳を持っている。見たことのない組み合わせだ。
「ふふふ。私達の髪と目、気になります?」
まじまじと見つめすぎたか。銀髪に赤目って、神秘的で凄く綺麗だから、思わず目を離せなかったんだよな。十八年……じゃなくて、二百十八年近く生きてきて初めて見たかもしれない。
「……あ。もしかして、二人は希少種族ですか?」
「ふふ、そうです。私とミーニャちゃんはね、死人族と呼ばれる希少種族なんです。言い換えれば、不死身の一族ですね」
希少種族は五十年に一度のペースで生まれる、絶対的に人数が少ない少数種族。特徴的な容姿や特技を持っていて、既存の種族とは異なる文化を築く。俺が知らない訳だ。こんな果てに住む種族、聞いたこともないからな。
しかし……まさか不死身の種族がいるとは。この世界で一番長生きするのは長耳族の五百年だが、それすらも超えるということになるじゃないか。俺も結構な寿命を持っているが、それでも多いと感じているんだぞ。一生生きることが出来るって、ある意味残酷だよな。だって、絶対に死ねないって事じゃないか。時代が移り変わっても、世界が滅んでも、存在し続ける。俺だったら耐え切れずに、発狂しちまうな。なんて辛い人生なんだ、って。
そんな俺の心境を察したかは分からないが、ミリュアさんは俺にこっそりと、死人族の秘密について耳打ちしてきた。
『死人族はですね、死ぬことが出来るんですよ。最愛の人が亡くなった瞬間、そこからはもう普通の人に戻りますからね』
なんだ。死人族は恵まれない種族だと思ってしまったが、俺の思い違いだったのか。別に恵まれていない訳じゃないんだ。最愛の人さえいれば、いつかは死ぬことができる種族なんだ。ただ少し勝手が違うだけで、あまり人間と変わらないじゃないか。
……となると、ミリュアさんは最愛の人を見つけたのだろうか? こうしてミーニャと共にいるが、どこかにその人はいるのだろうか? 気にはなるが、プライバシーに関わることなので聞くのはやめておくか。
ってか、さっきからミーニャがむくれてるから、そろそろ彼女もいれて会話をするか。自分から進んで話しかけられないのは、もう分かっていることだしな。
それから、しばらく俺は銀色の二人と他愛の無い会話をして、晩飯を食い、ファントム家で一夜を明かした。しばらく泊めてくれるそうだから、お言葉に甘えさせてもらおう。二百年の間何かあったか、色々と聞きたいしな。