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世界を救った(元)勇者の放浪記  作者: 太陽と月
第一章:ファントム家での日々
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第二話、仲間の面影

 

 仲間の願いであった普通の旅をすべく、俺は彼らの形見と共に果ての大洞窟を出た。そして、食料を求めて彷徨っていた。封印のおかげで体の機能は眠る以前の状態なのだが、その時に何も食っていなかったようで、腹に何も入っていない。水はそこら辺の水たまりを飲んで済んだんだが、食料はそうもいかない。何か動物でも歩いてりゃいいんだが……ここは世界の果てだ。生き物さえ俺以外存在しない。


「旅の初っ端から死ぬって、あり得ないよな。ほんとに何か食わないと死ぬぞ俺……」


 まぁ、それは過大評価だがな。人は二週間ぐらい、水さえ飲んどけば大丈夫ってツヴァイが言ってたし。

 でも……マズイな。なんかくらくらしてきた。そういや大戦争の時、ろくに飯食ってなかったっけ。確かあの時は、休むまもなくファンネルが襲ってきたから食事を取る暇がなかったんだよな。大戦争に勝った後も、果ての洞窟に移動する間にあんまり食ってないし。

 ……あれ? やばくね?


「っ…………」


 駄目だ……体の自由が効かない。急に目眩が起こったかと思えば、体の感覚が無くなった。自然と俺の体は地面へと倒れ、顔面から激突した。地面が硬いので結構痛い。


「……ああ、彼らの気持ちが分かる気がする」


 毎日食事にありつける訳ではなく、ろくに生活をする事が出来ない。そんな難民達はこんな気分を感じていたのだろう。恒例こうれいのごとく食事を繰り返していた俺はなんて幸せものなんだ。染み染み自分は恵まれていたんだと、ようやく気づいたよ。見て見ぬ振りをしてて、ごめんな。


 そんな感じで難民たちに心から謝罪をしていると、突然視界が定まらなくなってきた。視界がブレるっていうのはこんな感じなのか。意識も無くなってきたし、本格的にやばい。


 遂には、意識も朦朧としてきた。医者に言わせれば、今の俺は栄養失調だろう。何か食べなきゃ本当に死ぬ。勇者の癖に、餓死するなんて恥ずかしすぎる。天国のあいつらに笑われるぞ。「そんなダサい死に方しないでくださいよ~」ってリリーに言われちまう。


 だが結局……俺は動くことが出来ずに、そのまま意識を手放した。




*************




『あ、あのぉ……お、起きてくださ~い』


「…………」


『お、起きてくれないと困るんですよぉ』 


 不思議だ、人の声が聞こえる。俺は何も存在しない白い世界にいるというのに。ふわふわに包まれているというのに。何故、人の声が聞えるんだ?


『は、はやくおきてくだしゃいっ!」


 ……痛い。なんだ、頬に僅かな痛みを感じる。ぺちぺちと何かを叩く音が聞こえるし、ふわふわがもぞもぞと動いている。それに……なんだか暖かい。これは一体、なんだ?


「……?」


「っ!?」


 ぱちっと目を開いてみると、驚いた表情の少女が見えた。しかし、どこかおかしい。少女の他に雲ひとつ無い青空が見えるし、太陽だって見える。前を向いていれば絶対に見えない光景だ。

 ……となると、俺の顔は上をむいていることになるのか。そしてそれは必然と体が水平になっていることを意味していている。


 はっ! まさか俺、少女に膝枕をされているのか。ということは、このふわふわとした暖かい感じは……


「太もも!」


「ひゃあっ!?」


 勢いよく起き上がると、小さな悲鳴が聞こえた。先ほど垣間見た少女の声だろう。

 

 後ろを振り返ると、案の定そこには少女がいた。雪のような白い肌に、長い銀髪をそのまま垂れ流した髪型の、赤い瞳の持ち主。誰もが認めるであろう美少女だ。成長すれば、相当な美人になるに違いない。

 と、勝手に彼女の将来について考えてしまったが、こんなことをしている場合ではない。なぜ俺は、彼女に膝枕をされていたのだろうか。記憶が全然ないぞ。


 その事を少女に聞いてみると、彼女は言葉を噛みながらも返答を返してくれた。どうやら、俺はここに倒れていたらしい。そこに彼女が偶然通りかかり、膝枕をしながら起こしてくれたみたいだ。


「あ、歩いていたら人が倒れていたので、びっくりしましたよ」


「そうか。助けてくれてありがとな。ついでに聞くけど、ここはどこなんだ?」


「こ、ここはウォートス大洞窟へ続く、名も無き道です」


「ウォートス大洞窟……ああ、なるほど」


 思い出したぞ。俺は果ての大洞窟を出てから、腹が減って彷徨ってたんだ。それで、遂に耐え切れなくなってぶっ倒れたと。情けないな……。


 しかし、こんな場所に人がいるなんて珍しいな。俺の知る限り、この果ての洞窟付近は人っ子一人いない寂しい場所だったはずだ。眠っている間に集落でもできたのか? それとも、たまたまこの少女が迷っただけなのか?

 色々疑問はあるが、それは後で聞くとしよう。今は、彼女についての情報が知りたい。


「質問ばかりで悪いけど、君はなぜここにいるんだ? というか、一体誰なんだ?」


「わ、わたしはこの付近にある木を倒しに来た木こりでしゅ。な、名前は……ミ、ミミーニャススストロフ・ナ、ナナナクチオ・ル、ル……ルル・リリリ・ファ、ファントム、と、い、言います!」


 ……何言ってんだこの子。噛み過ぎにも程があるだろ。特に、名前の所があり得ない。わざとやってるんじゃないかってぐらい、どもりすぎだ。でも、表情を見る限り真面目にやってるんだろうし、責めるわけにもいかないよな。

 俺はできるだけ優しく、それでいて今度はちゃんと言うように、彼女にもう一度問いかけた。


「も、もう一度ですか!? え、えーと……わたしはこの付近にある木を倒しに来た木こりで、名前がミーニャストロフ……えーと……えーと」


 駄目だ。自分の名前すら言えないなんて……誰がいったいそんな長い名前を付けたんだ。まったく、親の顔を見てみたいものだ。


「いや、聞いた俺が悪かった。君はミーニャって事で」


「はい……す、すみません」


 この子、人見知りなのか。でも、赤の他人に膝枕をする度胸はあるんだよな。不思議だ。


「あ……そうだ……お願いがあるんだが」


「ど、どうしたんですか?」


 胃が麻痺していたのかは知らないが、空腹というものを忘れていた。会話をしていく内に、どんどんそれが蘇ってきた。すぐにでも何かを食べないと……死にそう。


「なんか、食いもん持ってないか? 今まで忘れてたけど、餓死寸前なんだよ……」


「そ、そんな大事なこと忘れちゃ駄目じゃないですか!? えーっと……は、はい。これわたしのお昼ですが、どうぞ!!」


 ミーニャが所持していた巾着から取り出したのは、小さな弁当箱だった。その華奢な体格からして、あまり食べない方なのだろう。正直言って全然足りないが……ここは我慢だ。今は胃に食べものを入れることだけ考えなければ。

 早速フタを開け、俺は手づかみで黄色い料理を頬張った。


「って、辛っ!? なんだこの卵焼き!?」


「ご、ごめんなさい……わたし辛いものが大好きなんです。だ、だから“卵焼きにも”ハバネロが入ってるんです!」


 見かけによらず、この子は辛党なのか。甘党の俺にとって、唐辛子は大嫌いな食材なんだが……仕方ない。我慢して食うか。

 ……ん? でもちょっと待て。いまこの子、『卵焼きにも』って言わなかったか? まさか、な。


「もしかしてこの弁当、全部辛い?」


「そ、そうでもないですよ。そのごはんは唐辛子パウダーしか使ってませんし」


「え……ちょっと……」


 てっきり、この飯にかかっているのは梅のふりかけだと思っていた。でも、よくよく考えたら梅ってこんなに真っ赤じゃないよな。もう少しピンクっぽかった気がする。しかも、こんな辛そうなにおいはしない。もう少しすっぱいにおいがするはずだ。

 どんだけ辛いものが好きなんだこの子……。


 結局、俺は激辛弁当を完食した。涙を流しながらも、空腹に耐え切れずに我慢して食ったのだ。もう二度と食いたくない、酷い味だった。勿論そんなことを言えば泣かれそうなので、ミーニャには言わない。心の内に秘めておくのだ。


「……ありがとう、助かったよ」


 ミーニャからもらった冷水--念のため確認したが、唐辛子は入っていなかった--を飲みながら、俺は彼女に頭を下げた。もしも彼女がここを通らなかったら、俺は死んでいた。彼女は命の恩人なんだ。頭を下げない訳にはいかない。彼女の性格からして、慌てるだろうけどな。


「い、いえいえいえ! お礼を言われるなんてとんでもんないですぅ!?」


 ほら、やっぱりな。まだ知り合って間もないが、彼女の性格は大体理解した。分かりやすいったらありゃしない。クロノスが全く同じ性格だったから親近感が湧くよ。

 んで、こんな感じに謙遜けんそんしたクロノスにこう言うと、いつも照れながら嬉しがるんだ。


「君は本当に優しいな。これからも、その優しいままでいてくれよな」


「はぅ……ぅ……はい!」


「っ!?」


 そ、そっくりだ。外見は全く違うというのに、それ以外は全てが似ている。目を閉じたらそこにクロノスがいるんじゃないかってぐらい、そのまんまだ……。


「あ、あれれ? どうしたんですか? な、なんで泣いてるんですか?」


「いや……ははは。君が知り合いにあまりにも似てたもんでね。懐かしくてさ」


「わ、わたしがですか? 初めて言われましたよ、そんなこと……」


 困る姿も似てる……。やばい、涙が堪え切れない。彼女はクロノスじゃないのに、どうしてこんなにも愛おしく感じるんだ。


「ひゃ!? ど、どどどうしたんですか?」


「ごめん……しばらく、このままでいさせてくれ。頼む」


「べ、べつにいいですけど……はずかしい」


 もう、クロノスはこの世に存在しない。頭では分かっている筈なのに、心が未だに信じられない。死体だってちゃんと確認したんだから、絶対に彼女はいないんだ。

 なのに……ああ、くそっ。もう割り切ったと思ったのに。やっぱり俺は、彼女……いや、仲間に未練たらたらじゃないか。駄目な奴だな、俺は……。


 それから、俺は自分をコントロールすることが出来ずに、ひとしきりミーニャの胸で泣いた。めちゃくちゃ恥ずかしかったが、この悲しみは収まってはくれなかった。


 でも、泣くのは今日が最後だ。俺はもう、仲間の事でなげかない。これからどんなことがあろうが、乗り越えてみせる。

 修正しました。

 11/18 ファファナースド→ファントムに変更いたしました

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