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西銀河物語 第四巻 ミルファクの夢  作者: ルイ シノダ
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第二章 次へ (3)

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(3)

第一七艦隊旗艦アルテミッツを中心とした七一二隻と特設艦四〇隻は、アルテミス9を離れ、首都星メンケントの軌道から離れるとミルファク恒星を右舷に見て惑星軌道を上方にする方向に遷移して行った。

 ADSM72星系方面跳躍点まで星系外縁部から二光時、メンケントからは六光時の位置にある。同じ方向の惑星軌道の上方にはADSM24星系方面跳躍点がある。もちろんアルテミッツからは見えない。

 右舷上方にミルファク星系と惑星が映し出されている。マルチスペクトル・スコープビジョン(通称スコープビジョン)に映し出される宇宙空間はまさにパノラマを見ているようだ。

スコープビジョンの中央やや左舷に映る星雲や星々は、人間の目では到底見えない。アガメムノン級改航宙戦艦の高精度な光学レーダーと一四光時という走査範囲を誇るレーダーが星雲や星々から発生されるスペクトルを解析し映像化しなければ映し出すことの出来ない。

 ヘンダーソンは見慣れているとはいえ、スコープビジョンに映る映像に感心していた。

“艦隊は標準航宙隊形を取り、惑星軌道を下方向に離れてから〇.五光速で進んでいる。ADSM72星系跳躍点方面まであと五光時。人間の感覚では信じられない速度だが、宇宙空間においては何とゆっくりなことか。・・・惑星軌道最外縁部まで航宙したところで全員に今回の航宙の目的を言わなければならな”

ヘンダーソンは、映像を見ながらそんな事を考えていると急に自分を呼ぶ声がしてそちらを向いた。

「ヘンダーソン総司令官」

アッテンボロー主席参謀が、含みのある目で見つめていた。ヘンダーソンも“何だ”と

いう目で答えると主席参謀が近づいてきて

「重力カーテンをお願いします」

と言った。


今回はオブザーバでは無く、中将付武官として乗艦しているルイ・シノダ中尉はヘンダーソン中将が休憩に入ると自分も席を立った。

 指令フロアのドアを開け左に折れると、三〇メートルほど先にあるエレベータパネルに行き自分のIDを壁のパネルに掲げた。

 今回も居住区はオブザーバルームを使用している。乗艦前に尉官クラスの居住区を申請したが、中将付武官という仕事柄、常にヘンダーソンの側に居る必要がある以上、航宙母艦としては最上階にあるオブザーバルームになった訳だ。

この階は、ヘンダーソン中将とシノダ中尉、そしてラウル・ハウゼー艦長だけだ。ハウゼー艦長は、大佐だが、役目柄指令フロアに近いところ(艦長席は指令フロアの一段下がったところだが、出入りは指令フロアのドアになっている)に居なければならず、ほかの大佐とは違う部屋(艦長室)を与えられている。

シノダはエレベータの中に入り、一度上級士官食堂のある三階下に一度下りると右に折れて一〇メートルほど行き、更にエレベータに乗って二階下まで降りた。この階にはリラクゼーションルームがある。

エレベータを降り、左に曲がり突当りを左に少し行くと、ここが航宙母艦の中かと思うようなところがある。

入り口に三段ほどの階段があるが、下りる前にシノダは、リラクゼーションルームの中を見た。右手奥の方にこちらを向いてソファに座っている女性と視線が合った。ほんの少し目元を緩ませ微笑む女性に、シノダは自然と出る笑顔を見せると階段を下りて歩き始めた。

ショートカットで大きな目に黒い瞳が輝いている。“すっ”と通った鼻筋に唇の自然色に近いリップクリームを付けた唇が緩み笑顔が少しずつ大きく広がった。

「ルイ」

一言だけ呼ぶと立ち上がってシノダを見た。

「マリコ」

そう呼ぶと二人ともゆっくりとソファに座った。周りには誰も居ない。

「マリコ待った」

「ううん、今来たばかり」

「そうか」

あいも変わらない女性に対する抗体が、そうしているのか言葉少なに答えると、ワタナベ少尉の顔を見た。

「ルイ、何か飲む」

と聞いたワタナベに

「マリコは」

と答えると

「私が先に聞いたのだからルイが先に答えて」

そう言ってシノダの瞳を覗き込むとその瞳が突然右と左に動いたと思った瞬間、シノダの唇にワタナベの唇が触れた。

 一瞬だけ戸惑ったが、シノダは体をそのままにしているとほんの三秒だけ触れていた唇が離れた。甘い香に頭の中が“ふわっ”としていると

「ルイ、何にする」

「えっ、ああ、じゃあミルクティ」

そう言って立とうとするとワタナベが、

「私が取ってくる」

少しだけ離れた場所にあるカウンター(と言っても人は居ないが)に飲み物を取りに行った。

 女性にしては、ほんの少し大きいワタナベ少尉の後姿を見ながら“もう半年か”と思った。“ここで初めて会った時から”

「ルイ、はいミルクティ」

と言ってカップをシノダに渡すと自分もソファに座り、少しだけ熱いミルクティに口をつけた。

カップに口を付けながら目で“ふっ”と笑うワタナベをとても愛おしく見えたシノダは、ますます無口になり、ただワタナベの瞳を見つめるばかりだ。

 やがて、二人で飲み終えると人気もあまりないリラクゼーションルームの中でほんの少しワタナベがシノダに寄り添い、シノダの肩に頭を傾けると自分の手のひらをシノダの手に乗せた。


 何もない時間だけが過ぎていく空間の中でシノダは、宇宙空間に漂う感じを味わっていた。

 何も聞こえない静かな時間の中で二人と二人を座らせているソファだけが、宇宙空間に浮いている。漂ってくる甘い香に体を任せながらいると“ふい”に

「ルイ」

という声に意識が少しだけ戻り目を左に傾けるとワタナベが静かに瞳を閉じていた。壁に映る少しスモークの掛かった映像が、ミルファク星系とは反対の外宇宙の姿を映し出していた。


 “ふっ”と我に返り左手首にしている航宙軍支給の腕時計を見ると司令官フロアの自席を立ってからもう一時間半が過ぎていた。

「マリコ、そろそろ時間だよ」

優しく声を掛けるとワタナベはその大きな瞳を開けてシノダの腕時計を見た。

「えーっ」

と言うと

「私、寝てしまっていたの。ルイともう少しこうしていたかったのに」

 そう言って体を寄せてくるワタナベをそっと両腕で小鳥を優しく包むようにすると、シノダは唇を合わせた。少しの時間そうした後、ワタナベから唇を話すと

「もう少しこのままで」

と言って自分の右の頬をシノダの左の頬に触れさせるとほんの少しだけ自分の体をシノダに傾けた。

 シノダは、自分の体に当たるワタナベのやわらかい胸に一瞬“はっ”としたが、自分の体に寄りかかるワタナベの心地よい重さに自分の心を浸らせた。

 少しの時間そうしていた二人は、どちらからともなく体を離すと顔を近づけた。

甘い香に体を任せていると、自分の手に触れたシノダの腕時計をワタナベは自分の目の前に持ってきて

「わっ、もうこんな時間。ルイ、二時間過ぎている」

「えーっ」

まずいと思い仕方なく二人で体を離すと急いで入り口に向った。するとワタナベが

「ちょっと待って」

と言ってポーチの中からスプレーを出すといきなりシノダに向ってかけた。

“何だ”と思って驚くシノダに

「ルイ、私のにおいが付いているとアッテンボロー大佐にからかわれるでしょう」

そう言って微笑むとまた“シュー“とシノダにかけた。

 急いで指令フロアに戻ると既にヘンダーソン中将は、自席にいてスクリーンパネルを見ていた。中将の側に行き

「遅れて申し訳ありませんでした。中将」

と深々と頭を下げると、スクリーンパネルから目をシノダに移し、シノダの顔をいぶかしげな表情で見たが、直ぐにいつもの顔に戻り、瞳の奥に湛える深い光でシノダを見ると“ふっ”と目元を緩ませ

「自席に戻りなさい」

と言った。

 自席に戻る為、体を右に向ける一瞬、管制フロアに目を向けるとワタナベ少尉は、既に席に座ってレーダー管制の任務についていた。

 自席に戻り、体をスコープビジョンに向けるとアッテンボロー主席参謀とヘンダーソン中将そしてハウゼー艦長が目を合わせて微笑んでいた。

“おかしい。今回はマリコのスプレーのおかげで匂いは消えているはずだ。別のことだろう”そう思っていたシノダだが、自分の右頬に光るワタナベのファンデーションには気付くはずもなかった。

 シノダとワタナベが甘い時間を過ごしてから二日後、第一七艦隊はミルファク星系外縁部へ達していた。


「敵艦発砲しました」

「対艦防御。応戦しろ」

「撃て。なぜ撃たない」

・・・

「艦長。早く退避を」

その声に振向いた瞬間、スコープビジョンに敵艦からのエネルギーが迫っていた。

「うわーっ」

敵からの陽電子エネルギーが自分の体に迫る瞬間、ヘンダーソンは、いきなり、今自分がいた戦闘艦を見るように艦の上の方から自分の戦闘艦を見ていた。

「大尉、ヘンダーソン大尉」

“何だ”とても深い海の底にいるような感覚で遠い水面がかなたに見えながら底にいる自分を感じ浮き上がり始める体を感じたとたん、“ふっ”と我に返った。

ベッドの上の自分の体が汗でびしょ濡れになっていた。

顔をハンドタオルで拭くと“夢か”。ブルマク戦役の時、圧倒的な敵艦に囲まれ、戦況の不利を悟ったミルファク星系航宙軍は、停戦を要請しながら攻撃をされた。

あの時、ヘンダーソンは、重巡航艦艦長として任務に当っていた。

ミルファクがまだ、小星系だった頃、輸送艦の護衛をしていた。宙賊の対応に腐心していた頃に星系レベルの布陣を組んだ敵艦に遭遇し、輸送艦を拿捕された挙句、護衛艦を一方的に叩かれたミルファク星系護衛軍は、輸送艦の譲渡を条件に乗組員の保全を要求したが、圧倒的な敵艦隊に条件も無く、一方的に叩かれた。

ヘンダーソンは、艦中央に大穴を開けられながら、何とかミルファク星系軍の防衛ラインまで戻れたが、ほとんどの僚艦は、敵艦の攻撃を受け壊滅した。

あの時を思い出しながらヘンダーソンはベッドの中で考えていた。

“死ねと言うのか。私は。何も知らない民間人に。有効だと。それは政治家の自分の保身の言葉に過ぎない。私は・・ミルファクの政治家の保身に私は手を貸そうとしているのか”

 ヘンダーソンは、ミルファク星系の星系全体を右上に見ながら、これから言わなければならない言葉に心を詰まらせていた。


一時間後、ヘンダーソンは、シャワーを浴び、汗を流すと少し椅子に座って心を落ち着け、司令フロアに戻った。既にミルファク星系外縁部に到達している。

ADSM72星系方面跳躍点まであと二光時。既に艦隊と跳躍点の間には何もない。第一七艦隊が、ミルファク星系を右上後方に見ながら進宙している。前方のスクリーンビジョンには、外宇宙の映像が映し出されていた。


「総司令官。時間です」

ヘンダーソンは艦長の言葉にコムを口元に置くとハウゼー艦長に顎を引いて視線をハウゼー艦長と合わせると口を開いた。

「第17艦隊全艦に告ぐ。こちら総司令官ヘンダーソン中将だ。諸君はアルテミス9を出航前、各上官から“今回の航宙は訓練が目的だ”と聞いていると思う。それは正しいが、今回の航宙の目的はもう一つあることを話さなければならない」

一呼吸置いた。管制フロアは静まり返っている。

「それは、ADSM72星系の於いて”アンノーン”と呼ばれている未知の生命体と接触を持ち彼らと友好関係を結ぶ事である」

管制フロアがざわついている。

「うそだろう」

「あんな好戦的な種族と友好関係なんか結べるのか」

「だいたい、なんで友好関係を結ばなければいけないんだ」

ヘンダーソンは管制フロアが静まるのを待った。たぶん他の艦でも同じだろう。

「もちろん、既に一度戦っている相手だ。最初からうまく行くとは思っていない。しかし彼らの持っている技術力、ADSM98星系における豊富な資源を考えれば、彼らと友好的関係を結ぶ事は、我ミルファク星系にとって大変有意義なことであり利点も多い。今回の航宙が成功すれば、諸君たちだけでなく、諸君たちの子供達、更にその子供達までにも大きな利益をもたらす事が出来ると信じている」

間をおくと

「ミルファク星系は強いフロンティア・スピリットとたゆまぬ努力によって発展してきた。今回の航宙を成功させる事が出来れば、その成功は星系の発展に大きく寄与するものである。今回の航宙が成功するか否かはひとえに諸君達全員の力を必要とする。諸君達の将来とミルファク星系の将来の発展の為に力を貸してほしい」

決して長くなく、解り易い端的なメッセージの言葉を切ると少し時間をおいた。

管制フロアの方から始め小さく聞こえなかった拍手が、徐々に大きくなってきた。最後には、割れんばかりの拍手と共にミルファク星系歌が歌われている。

ハウゼー艦長もアッテンボロー主席参謀も副参謀も満面の笑みを浮かべて拍手している。

ヘンダーソンは、艦隊の反応に満足した。他の間でも同様の風景が繰り広げられている事を期待して拍手が鳴り止むのを待った。

そして最後に

「諸君の奮闘に期待する。以上だ」

と言ってコムを口元から離した。

ヘンダーソンの言葉に司令フロアの面々もエネルギーがみなぎった顔をしている。


二時間後、ADSM72星系方面跳躍点まで後一光時の位置に達すると第一七艦隊は進宙の足を止めた。

「アッテンボロー主席参謀、準備は良いか」

「はっ、整っています」

「では、始めてくれ」

「特設艦前へ」

アッテンボロー主席参謀はコムを口元にして言うと前方に布陣している航宙駆逐艦の後ろにあらかじめ位置していた特設艦四〇隻が左右上下に大きく広がるように移動し、艦隊から外れた位置まで来ると前進した。

五万キロ程前進すると四〇隻全艦が更に左右上下に大きく広がった。まるで格子状のような布陣である。幅二〇万キロ、縦五万キロまで広がると一隻一隻はスコープビジョンを通して見ても豆粒ほどになる。

 少し間を置くと各特設艦が一瞬光ったと思うと艦同士の間に光の帯が広がった。管制フロアの担当官は、全員が固唾を飲んで見守っている。

 そして何も無かったように・・少なくとも人間の目にはそう見える・・また、艦同士の間は静かになった。

 アッテンボロー主席参謀が右後ろの司令席に座るヘンダーソン中将に

「総司令官、展開は成功したようです。次の手順に映ります」

ヘンダーソンは顎を引いて“分かった”という仕草を見せるとアッテンボローは前を向き直してスクリーンパネルにタッチした。

スコープビジョンに目を投げると前方に布陣している航宙駆逐艦の半数九六隻から一隻当り六本、五七六本のミサイルが発射された。五七六本の筋が縦横に少し展開しながら進んでいく。

 やがて、特設艦のいる辺りに到達したかと思った瞬間、それまで真直ぐに進んでいたミサイルが音も発てずに一斉に消えた。

「おうっ」

管制フロアから驚きの声が上がっている。

「第二射発射」

アッテンボローは、今度は声を出しながらスクリーンパネルにタッチした。

今度は先に発射した航宙駆逐艦とは別の艦から同数のミサイルが発射された。先程と同様に五七六本の筋が縦横に広がり長い航跡を残しながら進んでいく。

 そしてこれも特設艦付近まで達した途端、音も無く消えた。

「やった。成功だ」

思わず声を上げたアッテンボローは、ヘンダーソン総司令官の方を向いて

「おめでとうございます。やりました。DMG成功です。総司令官」

満面の笑みを湛えて言うアッテンボローに、ヘンダーソンは満面の笑みで答えた。ハウゼー艦長も満面の笑みをこぼしている。


二時間後、標準戦闘隊形に戻し、特設艦を後ろに下がらせた第一七艦隊はADSM72星系方面跳躍点を目指し、再び進宙を始めた。



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