第二章 次へ (1)
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ミールワッツの攻略の失敗にセイレンの支えを失ったイエンはリシテアの問題に立ち向かう前に自分の足元が揺らいでいた。今のままでは強制的な引退も免れないイエンは健康不良を理由に代表の座を退き、全ての問題をキャンベルに押し付け、願わくはその失敗で自分が再度代表の座に就く事をもくろんだ。
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(1)
マルチスペクトルスコープ・ビジョンに映る色とりどりの星々が映し出されている。
司令官席の左後ろにあるオブザーバ席に座るナオミ・キャンベル、ミルファク星系評議会代表は、映し出される映像に引き込まれていた。
「もう、何年になるのだろう。航宙戦艦に乗らなくなってから」
自分の過去を思い出しながら静かに流れる時に身をゆだねていた。
第一九艦隊旗艦ヘルメルトに乗艦しているキャンベルは、リシテア星系に向いながら、ここまでの道のりを思い出していた。
一ヶ月前のWGC3046/09。
シェルスターの政治中枢区にある星系評議会ビルの一室。
ナオミ・キャンベルは、ラオ・イエン、ダン・セイレン他星系評議会全員とジェームズ・ウッドランド大将、チャールズ・ヘンダーソン中将、キム・ドンファン中将ら、ミルファク星系の政治・軍事の主だった面々を集めていた。
「皆さんもご存知の通りリシテア星系から突きつけられた不当な要求に私は断固とした態度で臨むつもりです」
一呼吸置いて列席者全員の顔を見ると
「リシテアに直接私が交渉代表として乗り込みます」
全員の顔がキャンベル代表に釘付けになった。
「但し、頭を下げるつもりはありません。リシテアに頭を下げさせます。今回、彼らが取った行動が過ちだった事を認めさせるのです」
列席している全員が、何を言っているのか分からないという顔でキャンベルの顔を見ると
「既に星系交渉部を通じてリシテアに資源供給しているアルファット星系とビルワーク星系に技術供与を条件にリシテアへの資源供給停止を提案しています。程なく了承の返事が来るでしょう」
少し間を置いて、全員の顔を再度見ると
「リシテアの要求を取り下げさせるには尋常な方法ではうまく行きません。経済的ストレスだけではだめです。私は、リシテアに行くに当たって一個艦隊を持って臨むつもりです」
代表の言葉に全員が息を呑んだ。
「戦争をするつもりですか。代表は」
突然セイレンが声を発した。
「そんなつもりはありません。戦争は両星系にとって何のメリットもありません」
「しかし、一個艦隊を持って訪問するというのは、そうと受け取られても仕方ないのではないですか」
「だからこそアルファット星系とビルワーク星系からの資源供給を止めさせるのです。餓える兵が勝ったためしがないのは、神々の時代からの真実です」
自分では想像もつかない考えに、セイレンは唖然とした顔でキャンベルを見ていた。
「アルファット星系とビルワーク星系は、自分たちの資源をどうするつもりですか。リシテアに供給しなければ、彼ら自身が困ってしまいます。代表の要求を呑むとはとても思えません」
セイレンは、キャンベルの見えない意図に疑問を呈した。
「我星系が両星系の資源を全て引き受けます。我星系は、ミールワッツ攻略で無視できない被害を受けました。それを修復するには相応の資源が必要です。しかし今、資源の安定的供給経路であったADSM24は、未知の生命体の脅威に民間開発企業が、自分たちの安全を確保できないならば安定的な資源確保が出来ないといってきています。故にアルファット星系とビルワーク星系は良い代替供給源となるでしょう。もちろんADSM24からの供給を安定させる為の手も打ちます」
一度言葉を切るとセイレン、イエン、ヘンダーソンの順に顔を見た。
“代表は我々を未知の生命体の対抗にさせるつもりか”そんな思いが頭をよぎったが、
「第一七艦隊には、再度“未知の生命体”との接触をして頂きます。そして彼らの高度な技術を手に入れると共に友好関係を結ぶよう努力してもらいます。第一九艦隊は、私と一緒リシテアに言って頂きます」
全員の顔を見ながら有無を言わせない雰囲気がキャンベルにはあった。
現状の窮地に何ら案を出せないでいる評議委員の目の前で、自分の意見を言い、既に根回しまで済んでいる代表の行動力に少し呆れながらイエンとセイレンの顔を見たヘンダーソンは、その視線をウッドランド大将に向けると、まるで予定通りだという顔を見せていた。
“軍事統括は、代表の動きを知っていたのか。それとも既に二人は予定の行動だったのか”心の疑問を抱えながらヘンダーソンは会議室を後にした。
評議会ビルの一階で待っていたシノダ中将付武官がエレベータから降りてきたヘンダーソンの姿を見つけると
「ご苦労様です。中将」
シノダは、いつも会議が終わると、待っていたシノダを思いやるように瞳の奥に漂う深い優しさを湛えている中将が、今日はいつもとは違った視線を自分に投げかけているように感じた。
「中尉、直ぐにアルテミス9に戻る。連絡艇の手配を急いでくれ」
今までに聞いた事のないはっきりした口調で言うと中将の視線の先にセキュリティと取巻きに囲まれながら歩いていく人の姿が有った。
シェルスターからアルテミス9に戻る連絡艇は、一度シェルスターやアルテミス9の衛星周回軌道上より少し高い位置(首都星メンケントより少し離れた)まで遷移すると半時計方向にミルファク恒星を回る首都星メンケントと逆方向(時計方向)に推進エンジンを吹かせながら進む。
そして三分の一程進むと姿勢を反対にして推進エンジンをアルテミス9の方向に向けると推進エンジンを吹かせながら同期を取るように速度を落とす。そうする事によって首都星に引き付けられるように衛星軌道上に降りていく。
壁にややスモークのように映し出されるミルファク星系の惑星や軍事衛星、商用衛星の姿を見ながら“キャンベル代表の考えには一理あるが、もし失敗したら、アルファット星系とビルワーク星系が裏切らないという保障はどこにもない。
ご自信の乗る艦が万一のことがあったら、我艦隊が未知の生命体との接触に失敗したら・・・リスクがありすぎる。いつもの代表とは違う。どうしたんだ”
自身の疑問に答え切れないヘンダーソンは、物理的には遥かかなたにある第六惑星アルキメディアの本来肉眼では見えない姿を見ていた。
「キャンベル代表、列席者がみんな目を丸くして代表の顔を見ていましたね。すばらしい演説でした」
手をもみながら相好を崩し、媚を売っているのが丸見えのラオ・イエンの顔を疎ましく思いながらキャンベルは、
「イエン議員、今回の発案は十分に価値のある提案でした。これからも真摯にこの星系の為、尽力を尽くしてください」
まるで下等生物でも見る目でイエンの顔を見るとキャンベルは、迎えの自走エアカーに乗り込んだ。
“ふん、今のうちだ。そういう目で俺を見ていられるのは。いずれ俺の前にひれ伏す時が来る。その時をゆっくり待っていてやる”そう思いながら、それをおくびにも出さずにキャンベルのエアカーの後を追って見ていた。
第一九艦隊がミルファク星系首都星メンケントを出発する一ヶ月前。病気を理由に代表の座を降りたラオ・イエンは苦りきった顔で自宅に篭っていた。
イエンは焦っていた。自身の立場を強固なものにしようとする為、セイレンを巻き込んで第二次ミールワッツ攻略を仕掛けたが失敗し、第一〇艦隊こそ壊滅を逃れたものの第七艦隊、第九艦隊が壊滅的な打撃を受けた上、第九艦隊司令官アンディ・バルモアは重症、第七艦隊司令官モンティ・ゴンザレスも負傷という散々たる結果だった。
第一〇艦隊司令官カルビン・コーレッジからの報告で、相手を甘く見て、戦術的にも上のリギル星系軍と回転型メガ粒子砲というとんでもない武器まで装備したアンドリュー星系軍に叩かれ、撤退時も僚艦を守る為に取った行動が被害を大きくしたことがわかった。
アンドリュー星系軍の航宙戦艦の情報を得られなかった情報部の怠慢を言うにも既に権限を失っていたイエンはどうしようもなかった。
さらにセイレンからも見放されバックボーンを失った。病気を理由に代表の座を退いたまでは良かったが、権力と力を失った政治家の末路は哀れだ。
「何か、口にされたらいかがですか。お酒ばかりでは、体に良くありません」
唯一の味方である妻の言葉に仕方なく、グリーンアスパラに生ハムを巻いた料理をフォークで突き刺し、口に運ぶとまたバーボンを飲んだ。
「何か、何か手があるはずだ」
同じ事ばかり口走る夫に不安の思いを持ちながらテーブルの向かいに座る妻が、少し寂しげな目を向けると
「大丈夫だ。必ず何か手があるはずだ」
キャンベルから代表の座を奪い取り、我世の春を謳歌したのは、たった六ヶ月。今は見る影もない。
「人間には、“分”というものがあります。代表になる前、あなたは大変ながらも自分自身があったではないですか。今は下を向いて嘆いているだけです。昔の様に少し目を回りに向けたらいかがですか。直ぐにではないにせよ、何か遠くから見えてくるものがあるかもしれませんよ」
気休めでも良いから少しでも夫の気持ちを和らげようとした妻の言葉を聞き流していたが、
「遠いとこから見えてくるもの。今そう言ったのか」
「えっ、ええ」
何か目の前に見えたのか、先ほどまで何も口にしなかった夫が、バーボンのグラスをテーブルの右横に置くとフォークとナイフを持った。食べながら
「さすがだな」
妻の顔を見て笑う夫に訳が分からないが、とりあえず口に食べ物を運び始めた夫を見て、目元を緩ませた。
イエンは翌日、キャンベル代表に連絡を取った。
「キャンベル代表、お会いして話したいことがあるのですが」
イエンからの連絡に“何故、まだこんな輩と話をしなければならないのだ”と思いながら評議委員を辞職まではしていない以上、断ることも出来ないキャンベルは、スクリーンパネルの応答ボタンにタッチすると、不必要に顎の下に肉のついたイエンが現れた。
「何の用です。イエン議員は健康が思わしくないという事で、ご自宅で療養していると聞いていました。もう少し休まれたほうが良いのではないですか」
顔を見るのもおぞましいと露骨な表情で答えたキャンベルは、
「代表、リシテアを屈服させる事が出来る良い考えがあります。お会いして説明をさせて頂きたいのですが」
イエンの言葉に理解できない表情を見せたキャンベルは
「どういうことです。このテレコンタクトではだめなのですか」
露骨に嫌な表情を見せるキャンベルに愛想を振りながら
「代表、最近我星系の情報漏洩は深刻な問題となっております。この前もリシテアとの関係がアンドリューに漏れたという連絡が情報部から入っております。ここは直接お会いして説明したほうが良いかと愚考した次第です」
露骨な言い回しに空気がよどむ感じを受けながらイエンの言っている事実も無視できないキャンベルは、
「解りました。明日、評議会ビルのオフィスにアポイントを入れてください。あなたの時間に合わせるほど、暇ではないので」
そう言いながら一方的にスクリーンパネルをオフにしたキャンベルは、セキュリティの解除を自身がしないまでも入ってくる人の姿を見ていた。
「キャンベル代表、後一時間でリシテア星系方面跳躍点です」
第一九艦隊司令官キム・ドンファン中将の声に右舷二次方向にある跳躍点を見た。揺らぎと暗闇がなんとも言えない状況を映し出している。
中心の暗闇の中に周りから光が流れ込むかのように青白いガスが漂っている。その周りはオレンジともレッドとも言えない光り輝く物質が流れている。
「あの中に入るのか」
キャンベルは、航宙戦艦に乗ったといってもミルファク星系を出たことはない。軍人としてではなく、評議会議員として乗艦していただけだ。
右舷後方に疑似的に見せているミルファク星系第六惑星アルキメディアがミルファク恒星から受ける光に小さな光点を映し出していた。既にミルファク星系を遙か彼方から取り巻くカイパーベルトからは、二光時離れている。
「艦長、跳躍点まで後五分です」
航路管制官の声にドンファン中将は、コムを口元にすると
「第一九艦隊全艦に告ぐ。こちら司令官キム・ドンファン中将だ。これからリシテア星系方面跳躍点に入る。リシテア星系は、我ミルファク星系と友好関係にある星系だが、今回の訪問は少し趣が異なる。リシテアの理不尽な要求を突っぱねる為に訪問する。当然向こうも、両手を広げて迎えてくれるとは思えない。全艦、第二級戦闘隊形を取ったまま突入する。跳躍点から出たら直ぐにレーダーをアクティブモードで走査。戦闘管制システムをオンにしておけ。以上だ」
コムを口元から話すとドンファンは旗艦ヘルメルト艦長バーレン・クレメント大佐の顔を見た。
クレメントは司令官の頷きを見るとコムに向って
「航路管制官、航路確認」
「レーダー管制官、全レーダーシステムアクティブモード」
「攻撃管制官、攻撃管制システム、オールオン」
「全将兵は、跳躍点突入の衝撃に備え、シートをホールドモードにしろ」
「第二級戦闘隊形の位置に着け」
四分後、標準航宙隊形から第二級戦闘隊形になった時、航路管制官から
「跳躍点に入ります」
暗闇に揺らぐ跳躍点に総艦艇七一二隻が瞬時に消えた。
「跳躍点に突入しました」
「航路安定」
「磁場安定」
「航法確認。問題ありません」
レーダーも何も利かない跳躍中は、テキストレベルの通信しか出来ない。
既にスコープビジョンは、灰色の映像を映し出すだけだ。時に細長い光が前から後ろへと流れるだけだ。
ドンファンは、少しだけ体に重さを感じながら“いつもの感じだ。磁場の状態は安定しているようだな”と思い、声を掛けようと左後ろを振向くと
オブザーバシートで青い顔をして目が”とろん”としているキャンベルの姿が目に入った。
「代表。大丈夫ですか」
周りに気がつかないように指令官席を離れオブザーバ席に側に行くと小さな声で呼びかけた。
こちらの様子に気がついたのか主席参謀フォワン・ユイ大佐とクレメント艦長がこちらを見ている。
ドンファンは、主席参謀に目配せすると、ユイは、スクリーンパネルに何か打ち込んだ。
三分も経たずに医務室長が
「主席参謀、いかがしましたか」
助手の医務員を連れてドアを開けた。
何も言わずに目だけで指図されると医務室長は、オブザーバシートをリクライニングモードにした。
手首にリストを巻くとリストについているクリップをノートパッドに差し込んだ。映し出された何種類かのグラフを見ると
「大丈夫です。血圧、血中内酸素量、心拍共に正常です。久しぶりの航宙と始めての跳躍で緊張していたのでしょう。少しお休みになれば元通りになります。医務室に連れて行きます」
助手の医務員に目で合図をすると医務員は、携帯用のバッグを床に置きスイッチを入れた。いきなり膨らんだかと思うとほんの少し床から離れた。携帯用のストレッチャー(移動ベッド)だ。
ゆっくりとシートホールドを緩め、キャンベル代表の体をストレッチャーに移すと司令官フロアを出て行った。
ドンファンは、主席参謀と艦長を見て目元を緩ますと“仕方ない”という顔をした。
ミルファク星系とリシテア星系との距離は六〇〇光年。約六日間の跳躍だ。通常の軍事であれば、ごく普通の跳躍航宙であるが、民間人それも普段デスクワークの多い人にはきつかったのかも知れない。




