花の返事
「ねえ、あの小さいロボット、今日もいる」
「壁のそばを走ってるやつ? 花をひとつ抱えてる」
「うん。昨日も、その前もいた」
「植木の手入れじゃないの?」
「ここ、花なんかないじゃん」
「街の植木は、ぜんぶ自動散水でしょ」
「だから変なんだよ。土のないところばかり走ってる」
「迷子なのかな」
「ロボットも迷子になる?」
「地図を持ってても、帰る場所がなくなったらなるよ」
「それ、誰かが言ってたの?」
「今、思いついた」
「止まった」
「学校の古い温室の前ね」
「扉はずっと閉まってるよ」
「ロボット、花を扉の下に置いた」
「返してるみたい」
「誰に?」
「知らない子に」
「名前がないのに?」
「花のほうは、知ってるかもしれない」
「花に名前がわかるの?」
「知らない。だから見てる」
「じゃあ、調べてみよう」
「学校端末で見ても、植栽管理ロボットじゃない」
「型番も出ないわ。古い機械みたい」
「古いなら、どうして動くの?」
「誰かが、止めなかったからじゃない?」
「ここに、〈返却物〉って表示が出てる」
「何を返すの?」
「青い花の種。所有者、空欄」
「空欄って、持ち主がいないってこと?」
「ちがう。持ち主を、見つけられないってことだよ」
「ロボット、ずっと探してるのかな」
「いつから?」
「記録のいちばん古い日付、二十年前」
「ぼくらが生まれる前じゃん」
「この温室が開いてたころね」
「温室に、花を置く人がいたの?」
「昔の写真、出てきた。ほら」
「子どもが一人、同じ花を持ってる」
「写真の日付は、春の最初の日」
「この子が、ロボットの持ち主?」
「わからない。でも、記録に一行だけ残ってる」
「何て?」
「〈春になったら、花を返して〉」
「春って、もう来てるよ」
「この街のカレンダーではね」
「外の天気は、ずっと同じなのに」
「でも、花を返す場所がない」
「持ち主が帰ってくるまで待つ?」
「二十年も?」
「ロボットは、待ってた」
「だからって、ぼくらまで待つの?」
「待つんじゃなくて、返すんだよ」
「誰に?」
「この子に」
「写真の子?」
「じゃなくて、次にこの種を見つける子」
「それ、ぼくら?」
「たぶん」
「たぶんで、返却できるの?」
「返す場所がないなら、作ればいい」
「土がないよ」
「学校の栽培ポッド、ひとつ余ってた」
「勝手に使ったら、先生に怒られる」
「明日、芽が出たら、怒られないかも」
「芽が出なかったら?」
「そのときは、また植えればいい」
「花を?」
「ううん。今度は、見つけてもらえる場所に」
「それ、ちょっとだけ変」
「でも、ロボットは変じゃない」
「毎日ひとつの花を抱えて走るほうが?」
「うん。だから、手伝ってあげたい」
「じゃあ、わたしは土を持つ」
「ぼくは、種を持つ」
「落とさないでよ」
「落とさない。返すんだから」
「誰に返すか、まだわからないのに?」
「わからなくても、返せることはあるよ」
「たとえば?」
「帰る場所」
「……それなら、ここにしよう」
「ロボットが、こっちを見た」
「カメラが青くなった」
「花を、ぼくに渡した」
「受け取っていいの?」
「返すためなら」
「じゃあ、二人で返そう」
「栽培ポッド、開けるよ」
「うん。土、あったかい」
「どうして?」
「ポッドが、春の温度にしてるんだって」
「種も、春を覚えてるかな」
「覚えてなくても、今から覚えるよ」
「ここに植える」
「温室の前に?」
「毎日、見えるところ」
「持ち主が帰ってきたら、すぐわかるね」
「帰ってこなくても」
「うん」
「誰かが見つけてくれる」
「その誰かが、また返すのね」
「そうしたら、花は迷子じゃなくなる」
「じゃあ、名前をつけよう」
「何にする?」
「返事」
「花なのに?」
「花が返ってきたら、返事でしょ」
「じゃあ、明日も見に来る」
「明日だけ?」
「芽が出るまで」
「芽が出たあとも」
「うん。芽が出たあとも」
「約束ね」
「約束」
「あっ、ロボットの画面、変わった」
「何て?」
「〈返却完了〉だって」
「まだ植えただけなのに」
「ロボットには、返したってわかるんじゃない?」
「誰に?」
「わたしたちに。たぶん」
「たぶん、が多いね」
「子どもだから」
「ロボットも、そう思ってるかな」
「思ってなくても、明日もここにいるよ」
「じゃあ、ぼくらもいる」
「二人分の庭ね」
「小さいね」
「最初はね」
「大きくなるかな」
「会話したぶんだけ」
「じゃあ、いっぱい話そう」
「うん」
翌朝、二人が温室の前へ行くと、栽培ポッドの土から小さな芽が出ていた。
古いロボットは芽の横に停まり、二人が持ってきた土を、根元へ少しずつ寄せていた。
画面の〈返却完了〉の下には、いつの間にか新しい表示が増えていた。
〈庭の記録――開始〉
青い芽のそばで、二人の笑い声が重なった。




