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会話の中に

花の返事

作者: parupuntist
掲載日:2026/09/12

「ねえ、あの小さいロボット、今日もいる」

「壁のそばを走ってるやつ? 花をひとつ抱えてる」

「うん。昨日も、その前もいた」

「植木の手入れじゃないの?」

「ここ、花なんかないじゃん」

「街の植木は、ぜんぶ自動散水でしょ」

「だから変なんだよ。土のないところばかり走ってる」

「迷子なのかな」

「ロボットも迷子になる?」

「地図を持ってても、帰る場所がなくなったらなるよ」

「それ、誰かが言ってたの?」

「今、思いついた」

「止まった」

「学校の古い温室の前ね」

「扉はずっと閉まってるよ」

「ロボット、花を扉の下に置いた」

「返してるみたい」

「誰に?」

「知らない子に」

「名前がないのに?」

「花のほうは、知ってるかもしれない」

「花に名前がわかるの?」

「知らない。だから見てる」

「じゃあ、調べてみよう」

「学校端末で見ても、植栽管理ロボットじゃない」

「型番も出ないわ。古い機械みたい」

「古いなら、どうして動くの?」

「誰かが、止めなかったからじゃない?」

「ここに、〈返却物〉って表示が出てる」

「何を返すの?」

「青い花の種。所有者、空欄」

「空欄って、持ち主がいないってこと?」

「ちがう。持ち主を、見つけられないってことだよ」

「ロボット、ずっと探してるのかな」

「いつから?」

「記録のいちばん古い日付、二十年前」

「ぼくらが生まれる前じゃん」

「この温室が開いてたころね」

「温室に、花を置く人がいたの?」

「昔の写真、出てきた。ほら」

「子どもが一人、同じ花を持ってる」

「写真の日付は、春の最初の日」

「この子が、ロボットの持ち主?」

「わからない。でも、記録に一行だけ残ってる」

「何て?」

「〈春になったら、花を返して〉」

「春って、もう来てるよ」

「この街のカレンダーではね」

「外の天気は、ずっと同じなのに」

「でも、花を返す場所がない」

「持ち主が帰ってくるまで待つ?」

「二十年も?」

「ロボットは、待ってた」

「だからって、ぼくらまで待つの?」

「待つんじゃなくて、返すんだよ」

「誰に?」

「この子に」

「写真の子?」

「じゃなくて、次にこの種を見つける子」

「それ、ぼくら?」

「たぶん」

「たぶんで、返却できるの?」

「返す場所がないなら、作ればいい」

「土がないよ」

「学校の栽培ポッド、ひとつ余ってた」

「勝手に使ったら、先生に怒られる」

「明日、芽が出たら、怒られないかも」

「芽が出なかったら?」

「そのときは、また植えればいい」

「花を?」

「ううん。今度は、見つけてもらえる場所に」

「それ、ちょっとだけ変」

「でも、ロボットは変じゃない」

「毎日ひとつの花を抱えて走るほうが?」

「うん。だから、手伝ってあげたい」

「じゃあ、わたしは土を持つ」

「ぼくは、種を持つ」

「落とさないでよ」

「落とさない。返すんだから」

「誰に返すか、まだわからないのに?」

「わからなくても、返せることはあるよ」

「たとえば?」

「帰る場所」

「……それなら、ここにしよう」

「ロボットが、こっちを見た」

「カメラが青くなった」

「花を、ぼくに渡した」

「受け取っていいの?」

「返すためなら」

「じゃあ、二人で返そう」

「栽培ポッド、開けるよ」

「うん。土、あったかい」

「どうして?」

「ポッドが、春の温度にしてるんだって」

「種も、春を覚えてるかな」

「覚えてなくても、今から覚えるよ」

「ここに植える」

「温室の前に?」

「毎日、見えるところ」

「持ち主が帰ってきたら、すぐわかるね」

「帰ってこなくても」

「うん」

「誰かが見つけてくれる」

「その誰かが、また返すのね」

「そうしたら、花は迷子じゃなくなる」

「じゃあ、名前をつけよう」

「何にする?」

「返事」

「花なのに?」

「花が返ってきたら、返事でしょ」

「じゃあ、明日も見に来る」

「明日だけ?」

「芽が出るまで」

「芽が出たあとも」

「うん。芽が出たあとも」

「約束ね」

「約束」

「あっ、ロボットの画面、変わった」

「何て?」

「〈返却完了〉だって」

「まだ植えただけなのに」

「ロボットには、返したってわかるんじゃない?」

「誰に?」

「わたしたちに。たぶん」

「たぶん、が多いね」

「子どもだから」

「ロボットも、そう思ってるかな」

「思ってなくても、明日もここにいるよ」

「じゃあ、ぼくらもいる」

「二人分の庭ね」

「小さいね」

「最初はね」

「大きくなるかな」

「会話したぶんだけ」

「じゃあ、いっぱい話そう」

「うん」


 翌朝、二人が温室の前へ行くと、栽培ポッドの土から小さな芽が出ていた。

 古いロボットは芽の横に停まり、二人が持ってきた土を、根元へ少しずつ寄せていた。

 画面の〈返却完了〉の下には、いつの間にか新しい表示が増えていた。

 〈庭の記録――開始〉

 青い芽のそばで、二人の笑い声が重なった。

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