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一乗寺ラーメン戦線異常あり! 前田家と前田家のラーメン戦争! まつと利家の、恋と麺  作者: イサクララツカ


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25/25

第25話 正午、一乗寺――爆弾の日の真ん中

 正午。

 ラーメン屋カブキモノの店内は、すでに戦場みたいな熱気になっていた。

 開店して一時間。

 行列はまだ外まで続いている。

 厨房の湯気、炒飯の香り、豚骨の匂い、味噌の香ばしさ。

 それが全部混ざって、もう店の中は完全に“ラーメンの空気”や。

「はい、竹子スペシャル二つ!」

 たけ子の声が通る。

「チャーシュー麺大、ネギ多め!」

 慶三が淡々と返す。

 まつはその横で、炒飯鍋を振りながら小さくつぶやいた。

「……母ちゃん、飛ばしすぎちゃう?」

 実際、竹子スペシャルがよく出ている。

 豚骨味噌ラーメンに、〆の小さなコーヒー。

 それが思った以上に観光客に刺さっていた。

 外国人のグループが、テーブルで感動している。

「This ramen…amazing!」

「Miso and tonkotsu…so rich!」

「And coffee after ramen!? Kyoto style?」

 たけ子がにこにこして説明する。

「ラーメンのあと、口を一回リセットするんや。

 コーヒーで締めたら、胃も気持ちも“終わったなぁ”ってなるやろ?」

 観光客の女性が目を輝かせる。

「That is beautiful!」

「美しいて言われたで、母ちゃん」  まつが言う。

「料理は文化や」

 たけ子は平然としてる。

 その横で慶三は、いつものラーメンを黙々と作っていた。

 普通のラーメン。

 チャーシュー麺。

 黒炒飯。

 カブキモノの“基礎”の味。

 そしてこの二つが、いい感じに競り合っている。

 竹子スペシャル。

 慶三ラーメン。

 どちらもよく出る。

「なんか……」

 まつが鍋を振りながら言う。

「うちの親、普通に人気すごない?」

「今さら?」  さくらが伝票を見ながら言う。

「昔からやん」

 うめも頷く。

「学校でも“カブキモノの娘”って言われるで」

「それちょっと恥ずかしい」

 外の席では、ラーメン仙人――吉岡爺さんが、ゆっくり竹子スペシャルを食べていた。

 最後のコーヒーを一口飲む。

 ふう、と息を吐く。

「……今日もええ」

 短い一言。

 それだけ言うと、ゆっくり立ち上がった。

 帰り際、カウンターに手を置いて慶三に言う。

「慶三」

「なんや」

「竹子、ええ腕や」

「昔からや」

 そのまま、吉岡爺さんは暖簾をくぐって出ていった。

 外では、並んでいた京大生がそれを見てざわつく。

「仙人帰った」

「満足顔やった」

「今日の爆弾、当たりや」

 その声を聞きながら、まつは心の中で思う。

(……いや、待って)

 炒飯鍋を置く。

 店の様子を見る。

 竹子スペシャル。

 慶三ラーメン。

 どちらも、よく出ている。

 でも。

(うちの日替わり……)

 ちらっと伝票を見る。

 まだ。

 出ていない。

「……なんでや」

 まつがぼそっと言う。

「え?」  うめが振り返る。

「うちの泡系豚骨、まだ一杯も出てへん」

 さくらが伝票を確認する。

「ほんまや」

「え?」

「まつの日替わり……」

 ゼロ。

 まつの眉がぴくっと動く。

「いやいやいや」

 鍋を握り直す。

「さっき寧々と秀吉、頼んだやろ?」

「頼んだ」

「食べた」

「食べた」

「……それだけ?」

「それだけ」

「え?」

 その瞬間。

 扉が開く。

 客がまた入ってくる。

「竹子スペシャル二つ!」

「チャーシュー麺!」

「味濃いめ!」

 伝票が増えていく。

 でも。

 まつの日替わり。

 出ない。

 まつは、だんだん腕を組み始める。

「……なんでや」

 厨房の奥で、慶三がちらっと見る。

「どうした」

「うちのラーメン、出てへん」

「そうか」

「そうかちゃう」

 たけ子が横で笑う。

「まだ一時間や」

「母ちゃん、余裕やな」

「勝負はな、後半で動くんや」

「それ、さっき母ちゃん言ってた“流れ作ったもん勝ち”と矛盾してへん?」

「都合ええ方を使うんや」

「強い」

 外から声が聞こえる。

「うわ、この店めっちゃ並んでる!」

「Kyoto famous ramen?」

「Yes yes! Tonkotsu miso!」

 観光客がまた増えていた。

 その流れの中で、さくらが小さく言う。

「……でもさ」

「ん?」

「まつの日替わり、見た目めっちゃ強いよ?」

「泡系やしな」

「SNS映えする」

「……ほんまや」

 まつの目が少し変わる。

 厨房の端に並ぶ丼を見る。

 白い泡が乗る豚骨。

 香ばしいニンニク炒飯。

 餃子。

 悪くない。

 むしろ強い。

(……なんで出えへんねん)

 まつの中で、少しだけ火がついた。

 厨房の奥から、慶三の声が飛ぶ。

「まつ」

「ん?」

「勝負は、まだ昼や」

 たけ子も笑う。

「そうや。まだ前半」

 外の行列は、まだ長い。

 店の中も、熱気はそのまま。

 一乗寺ラーメン戦争。

 今週も通常運転。

 でも。

 カブキモノの厨房では、

 もう一つの戦いが、静かに燃え始めていた。

 まつは泡系豚骨の丼を手に取る。

「……よし」

 まだ終わってへん。

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