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一乗寺ラーメン戦線異常あり! 前田家と前田家のラーメン戦争! まつと利家の、恋と麺  作者: イサクララツカ


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22/25

第22話 金曜放課後、嵐山――鯛焼きと約束と、だいぶ浮かれてる恋の顔

 金曜日の放課後。

 阪急嵐山駅を降りた瞬間、空気がもう“観光地です”って顔をしていた。

 人。

 人。

 あと人。

 平日やのに、渡月橋へ向かう道はぎゅうぎゅうや。

 修学旅行生、外国人観光客、着物レンタルの女の子、カップル、おじいちゃんおばあちゃん。

 嵐山いうんは、平日とか休日とか、そういう概念をちょっと鼻で笑う場所である。

「……ほんまに平日?」  まつが言うた。

「嵐山にその言葉、あんま意味ないで」  寧々が即答する。

「さすが観光地」 「京都の顔面偏差値担当エリアやし」

 二人が歩いてきたのは、もちろん――

 京都スイーツ制覇プロジェクトのためや。

 別名、寧々とまつのマブダチプロジェクト。

「名前、やっぱちょっとダサない?」 「ダサいくらいが愛着湧くねん」 「それっぽい理屈やめぇ」

 今日の目的地は、嵐山で人気No.1と噂の鯛焼き屋。

 その名も――

 狂犬印 鯛焼き天下一。

「名前つよっ」  まつが看板を見上げる。

「強い。めっちゃ強い。

 “天下一”の時点で勝つ気満々やのに、“狂犬印”でさらに噛みにきてる」  寧々が真顔で分析する。

「鯛焼き屋に使う単語ちゃうやろ」 「でも行列できてるし、勝ってる」

 その通り、店の前にはしっかり行列ができていた。

 しかも、なんか普通の行列とちゃう。

「……なあ」  まつが目を細める。 「観光客、鯛焼きだけ見てへんくない?」 「せやろ?」

 寧々がにやっとした。

 焼き台の前に立っているのは、小田いち。

 生徒会会計。

 美人ランキング殿堂入り。

 そして、この店の実家娘。

 制服の上からエプロン。

 それだけやのに、なんかもう完成してる。

 動きが綺麗。

 姿勢も綺麗。

 横顔も綺麗。

 鉄板の前で鯛焼きを焼いてるだけやのに、なぜか一枚の絵みたいになってる。

「……ずる」  寧々がぼそっと言う。

「何が」 「全部」 「まあ、わかる」

 しかも今日は、ほんまに“いち先輩目当て”の客が多かった。

「Excuse me! Photo okay?」 「サインください!」 「芸能人ですか?」 「事務所どこですか?」

「待って待って待って」  まつが思わずつぶやく。 「鯛焼き屋やんな? ここ」 「鯛焼き屋やで」  寧々も頷く。 「でも、いち先輩がおると、だいたいイベント化する」 「嵐山のアイドルやん」 「芸能事務所の人っぽい人もおったで」 「マジで?」 「知らんけど」 「最後で雑に逃げるな」

 いちは、そんな騒ぎの中でも、顔色一つ変えへん。

 にこっと笑って写真に応じ、さりげなくサインを書いて、次の瞬間には鉄板に戻ってる。

「対応まで完璧なん、何なん」 「小田家の血筋やろ」 「説明になってへん」 「京都の名家って、たまに意味わからん完成度で育つやん」 「それはちょっとわかる」

 順番が回ってくる。

 いちが顔を上げて、二人に軽く微笑んだ。

「いらっしゃい。寧々さん、まつさん」 「先輩、こんにちは!」  寧々が手を振る。 「こんにちは」  まつも会釈した。

「スイーツ制覇、続いてるんやね」 「はい! 今日は嵐山攻略です!」  寧々が元気よく言う。

「嵐山攻略て」  まつが小声でツッコむ。 「魔王城みたいに言うな」

「でも、この人の多さ見たら半分ダンジョンやろ」 「それはそう」

 注文に入る。

 寧々が指を折りながら言う。

「こし餡鯛焼き、カレー鯛焼き、チーズベーコン鯛焼き」 「あと?」  いちが聞く。

「持ち帰りで、チーズベーコン二個」 「秀吉くんに?」  いちがさらっと言う。

 寧々がぴたりと止まる。

「……なんで分かったんですか」 「顔」 「美人に顔で読まれるの、ちょっと恥ずいです」

 まつが横で吹きそうになる。

「うちは、つぶ餡、カレー、チーズベーコン」 「あと持ち帰り」 「カレー四つ。妹に」 「さくらちゃんとうめちゃん」 「はい。あの二人、カレー系やたら好きなんで」 「成長期やね」 「食欲だけは世界レベルです」

 いちは手を止めずに鯛焼きを焼いていく。

 生地を流して、餡を入れて、具を乗せて、ふたをして、ひっくり返す。

 その動きが、やたらと綺麗や。

「見てるだけで腹減る」  寧々が言う。

「鯛焼きってな」  まつが腕を組む。 「皮の厚みと焼きの均一さが命やねん」 「出た、料理人」 「あと、こし餡とつぶ餡で食感のテンポが変わる」 「テンポ」 「こし餡は流れる。つぶ餡は跳ねる」 「表現が詩人」 「事実や」 「知らんけど」

 いちが少しだけ笑う。

「まつさんの食の比喩、わりと好き」 「先輩に褒められた」 「よかったね」  寧々が言う。

 焼き上がった鯛焼きを受け取って、二人は渡月橋の見えるベンチへ移動した。

 桂川の水が夕方の光を受けて、きらきらしてる。

 風もええ感じ。

 観光客は多いけど、ベンチに座ってしまえば、そこだけちょっと落ち着く。

「うわぁ……ええわ」  寧々がカフェラテを持って座る。 「この景色、恋バナ専用やん」 「嵐山はだいたいそういう空気ある」 「京都ずるい」 「京都は景色で殴ってくる街やし」

 まずは、焼きたての鯛焼き。

 寧々が、こし餡をひと口。

「……あっ」 「どう」 「うわ、皮ぱりっ。中とろっ。あんこ上品。

 これ、“嵐山で食べてる感”までセットでうまい」 「最後の評価が雑」

 まつも、つぶ餡をかじる。

「……あ、ええな」 「何が」 「粒ちゃんと立ってる。甘さも重たすぎへん」 「料理人コメントきた」 「つぶ餡は元気でええ」 「こし餡は?」 「上品」 「なんか、いち先輩と寧々みたいやな」 「誰がこし餡や」 「寧々はたぶんチーズベーコンや」 「何その急に強いカテゴリ」 「騒がしいし」 「否定できひん」

 二人で笑いながら、カレー鯛焼きへ移る。

「……あ、これやば」  寧々の目が丸くなる。 「カレー、ちゃんとカレーや」 「そらそうやろ」 「いや、鯛焼きの中やのに“おかず”の顔してる」 「小麦とカレーは仲ええからな」  まつが言う。 「しかも皮が受け止めてる。

 カレーの主張が強すぎへん」 「また理論」 「食べもんには全部理由ある」

 最後に、チーズベーコン。

「これが秀吉への土産か」  まつが袋を見た。

「そう」  寧々がやたら大事そうに持つ。 「これはな、絶対うまいし、男の子好きやろ」 「それはわかる」 「やろ?」

 そこで寧々が、もう無理ってくらいニコニコし始めた。

「……なに」  まつが言う。 「顔。めっちゃ浮かれてる」

「浮かれるやろ!」  寧々が即答する。 「だって、約束したし!」

「何を」

 寧々はカフェラテを握ったまま、少し身を乗り出した。

「秀吉と、今度二人で出かける約束した」 「……は?」  まつが固まる。 「いつ」 「昨日」 「なんで今言うたん」 「甘いもん食べながら言いたかってん」

 まつは一拍置いてから言う。

「寧々」 「うん」 「今、めっちゃキラキラしてる」 「してるやろ」 「してる」

 寧々はほんまに、顔から“うれしい”が漏れていた。

 あれだけ恋でやきもきして、空回りして、勝手に落ち込んでた子が、

今日はちゃんと“約束”を持ってる顔をしてる。

「どこ行くん?」  まつが聞いた。

「まだ決めてへんの」 「約束だけ?」 「うん。“今度、二人で出かけよか”って」 「それ、だいぶ前進やな」 「やろ!?」

 寧々がベンチの背に頭を預けて笑う。

「どこがええかなぁ……。

 水族館もええし、映画もええし、鴨川歩くんもええし……」 「京都女子高生、妄想で忙しいな」 「忙しい。今、人生で一番忙しい」 「大げさ」 「恋の時は全部大げさでええねん」

 まつはチーズベーコン鯛焼きを食べながら言う。

「でも寧々、よう頑張ったやん」 「ほんま?」 「ずっと好き好き言うて、空回りして、でも折れへんかったし」 「折れてる時もあったで?」 「あったな」 「でも、次の日になったらまた好きやねん」 「重症や」 「恋や!」

 寧々は、そこで急に真顔になって、渡月橋の向こうを見た。

「なあ、まつ」 「ん?」 「うち、やっぱ負けへんと思う」

「何に」 「竜子さんにも、いち先輩にも」

 まつが小さく笑う。

「また始まった」 「始まるで」

 寧々はにやっとする。

「うち、負けても負けても、負けヒロインにはならへん」 「そのセリフ、ほんま好きやな」 「好きや」 「結局、秀吉は最後に寧々のとこ帰ってくる?」 「帰ってくる」 「根拠」 「知らんけど」 「出た、最強の保険ワード」

 二人、声を立てて笑う。

「あと、秀吉が天下とるには寧々が必要や」  寧々が続ける。 「何の天下」 「人生の天下」 「でか」 「ええねん、大きい方が夢あるし」 「たしかに」

 まつはカフェラテを一口飲んだ。

「寧々って、ほんまによう折れへんな」 「折れてる時もあるって」 「でも戻ってくるやん」 「好きやし」 「それも知ってる」

 夕方の嵐山は、ちょっとだけロマンチックすぎる。

 だからたぶん、こういう恋バナがよく似合う。

 寧々は、秀吉用の袋を見つめた。

「これ、渡したら喜ぶかな」 「喜ぶやろ」 「ほんま?」 「チーズとベーコン入ってるし」 「理由が雑ぅ!」

 まつも、自分の袋を見た。

「さくらとうめも喜ぶやろな」 「絶対。“姉ちゃんの土産”ってだけで騒ぎそう」 「まあ、あの二人、食べ物に対する団結力すごいし」 「家族やなぁ」

 しばらく、二人は川を見ながら、残りの鯛焼きを食べた。

 風が少しだけ涼しくなってきて、観光客のざわめきも柔らかく聞こえる。

「次、どこ行く?」  寧々が当然みたいに聞く。

「また行く前提なんや」 「京都スイーツ制覇プロジェクトやで?」 「終わる気せえへん」 「終わらんでええやん。マブダチ活動やし」

 その言葉に、まつは小さく笑った。

「……せやな」

 金曜放課後。

 嵐山。

 鯛焼き。

 カフェラテ。

 恋の約束。

 ちょっと浮かれてる顔も、

 ちょっと大げさな未来予想図も、

 高校生の恋には、だいたい必要や。

 令和の京都女子高生は、

 甘いもんと、友達と、好きな人との小さな約束ひとつで、

 たぶんちゃんと来週も頑張れる。

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