第20話 昼休み、桂川高校――弁当と恋戦争と、生徒会の来訪
洛西大学附属桂川高校。昼休み。
午前の授業が終わった瞬間、教室の空気は一気に変わる。
椅子が動き、弁当箱が開き、どこからともなく「腹減ったー!」の声。
高校生にとって昼休みとは――
人生の回復ポイントや。
その教室の窓際。
まつは、静かに弁当箱を広げていた。
「はい、利家」
ドン、と机に置く。
三段弁当。
白米。
鶏胸肉の照り焼き。
ブロッコリー。
卵焼き。
ひじき。
タンパク質と炭水化物とミネラルのバランス、完璧。
前田利家は、それを見て一言。
「……神や」
「ただのマネージャーや」
利家は、朝練帰りの体で机に半分突っ伏している。
朝練メニュー
・10kmラン
・ダッシュ10本
・体幹トレ
・筋トレ
そして今。
「眠い……」
利家の目が半分閉じている。
「食え」
「はい」
利家は素直や。
巨大な体が、もぐもぐと弁当を食べ始める。
「タンパク質ちゃんと取れ。今日は脚トレやったやろ」 「うん」 「鶏胸肉増やした」 「うまい」
まつは頷く。
「それ、低温調理してる」 「なんでそんな手間」 「筋肉のため」 「筋肉は偉大」
そこへ、机の向こうから声が飛ぶ。
「秀吉! それ、先に食べて!」
寧々や。
秀吉の机の上には――
弁当が二つ。
しかも、どっちも女子の手作り。
「……なんで二個あるん?」
利家が聞く。
「知らん」
秀吉は真顔。
「なんでやねん!」
まつがツッコむ。
寧々が腕を組む。
「うちが先に作ってきたんやから、先に食べるん当たり前やろ!」
その隣で、静かに弁当箱を置く竜子。
「順序ではなく、味で判断するべきでは?」
「出た、理詰め美人」
まつがぼそっと言う。
竜子は涼しい顔。
「食事は公平に」
秀吉は困っている。
「えっと……」
「寧々の弁当!」
「竜子の弁当!」
左右から圧が来る。
教室の男子たちがざわつく。
「おい秀吉、人生のピークちゃうか」
「羨ましい死に方や」
「弁当二個は恋の戦争や」
秀吉は結局、言った。
「……両方食べる」
「それが一番安全や」
まつが頷く。
寧々は少し得意げ。
「うちの卵焼き甘いで」
竜子は静かに言う。
「こちらは出汁巻きです」
「対抗してくるな!」
「料理は勝負ですから」
秀吉は両方食べる。
「……うまい」
「どっちが?」
「両方」
「逃げた!」
寧々が机を叩く。
竜子は小さく笑った。
――これが、昼休み恋戦争通常運転。
その時。
教室のドアが開いた。
廊下の光の中に立っていたのは――
小田いち。
二年生。
生徒会会計。
そして、美人ランキング殿堂入り。
教室が一瞬静かになる。
「……小田先輩や」
「ほんまや」
男子がざわつく。
いちは、ゆっくり教室を見渡してから言った。
「秀吉くん」
「はい?」
「少し時間、いい?」
秀吉は口に卵焼きを入れたまま固まる。
「え?」
いちは微笑む。
「生徒会の用事」
「えっと」
「今」
有無を言わせない空気。
秀吉は慌てて弁当を閉じる。
「すぐ戻る」
いちは軽く頷いた。
二人は、そのまま教室を出ていく。
扉が閉まる。
そして――
教室の空気が変わる。
寧々がぽつり。
「……なにあれ」
竜子も静かに言う。
「生徒会でしょう」
「いやそうやけど!」
寧々が机に顔を近づける。
「なんで秀吉呼ぶん!」
「理由はあるでしょう」
「なんの!」
竜子は腕を組む。
「知りません」
「気になるやろ!」
「気になります」
利家が弁当を食べながら言う。
「秀吉、モテるな」
「そこちゃう!」
まつが即ツッコミ。
「これはな」
まつがコーヒー牛乳を飲みながら言う。
「恋戦争の新章突入や」
「やめて、怖い言い方!」
寧々が頭を抱える。
竜子は静かに言う。
「……生徒会」
「なに」
「小田先輩が関わると、話が大きくなります」
寧々が机に突っ伏す。
「なんでやー!」
利家はもう弁当を食べ終わっていた。
「うまかった」
「感想そこ!」
教室の窓から、五月の風が入る。
昼休みは、まだ終わらない。
でも恋の戦線は――
どうやら、もう一段階、広がりそうやった。




