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一乗寺ラーメン戦線異常あり! 前田家と前田家のラーメン戦争! まつと利家の、恋と麺  作者: イサクララツカ


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19/25

第19話 夕方五時半、中京区――恋の香り、プリンの固さ、負けへん女

 五月の夕方、十七時三十分。

 中京区の路地は、昼間の観光の熱がすこしだけ抜けて、代わりに「今日の晩ごはん、どうしよか」みたいな空気が流れはじめる時間やった。

 四条河原町の人波から、一本だけ細い道へ入る。

 雑踏の音がひとつ薄くなって、石畳と、格子と、灯りの色が急にやさしなる。

 その先にある小さなカフェ。

 スイーツ 恋の香り。

「……名前からして、もう勝ちにきてるやん」

 まつが看板を見上げて言うた。

「ええやん。うち、こういうベタなん好きやで」  寧々はにこにこしてる。通常運転や。

「“恋の香り”て。もう女子のHP回復アイテムやん」

「回復だけで済んだらええけどな」 「なにそれ」 「寧々の場合、恋愛脳に火ぃつく可能性ある」

「うるさいわ」

 二人は笑いながら扉を開けた。

 店の中は、白い壁と木のテーブル、少し低めの照明。

 おしゃれやけど気取りすぎてへん。

 制服のまま入っても、背伸びしすぎた感じにならん空気やった。

「うわ、ここ好き」  寧々が即答する。

「わかる。竜子のおすすめって時点で信用はしてたけど、これは当たりや」  まつも頷く。

 京極竜子。

 寧々の恋のライバル兼友達。

 その言い方だけで、もう高校生の人間関係のややこしさが煮詰まってる。

「竜子さんって、味覚の信頼度高いよな」 「高い。外れ引いたら、たぶん顔に出るし」 「こわ」 「美人で怖いは、だいたい強い」 「いちさん系とはまた別ベクトルの強さやな」 「それな」

 窓際の二人席に座って、メニューを開く。

「プリンある!」  寧々が目を輝かせた。

「絶対そこ行くと思った」 「“固めプリン”って書いてある。これは信用できる」 「急に料理人みたいなこと言うやん」 「まつの横おると、ちょっとずつ食の語彙が育つねん」 「育てた覚えないけどな」

 注文が決まる。

 寧々が元気よく店員さんを呼ぶ。

「プリン、キッシュ、カフェラテ。あとカヌレ、一個お持ち帰りで!」 「かしこまりました」

 まつも続ける。

「うちはプリン、キッシュ、コーヒーブラック。カヌレ二個、持ち帰りで」 「はい」

 注文が通ると、寧々がにやっとした。

「で?」 「なにが」 「カヌレ二個。妹らやろ」 「さくらとうめ」 「優しいお姉ちゃんやなあ」 「家族サービスや」 「利家には?」 「今日はなし」 「え、冷た」 「冷たない。あいつ今ごろ部活で、走るか食うかしか考えてへん」

「それはわかる」

 寧々は自分の紙袋の欄を指でとんとん叩いた。

「うちは秀吉に」 「出た」 「出たって何」 「寧々の一日は、だいたい秀吉に繋がってるやん」 「しゃあないやろ、好きやし!」

 その言い切りの速さが、もう寧々やった。

 ちょうどそこへ、プリンとキッシュが運ばれてくる。

 プリンは表面がつるんとして、見るからに固め。

 カラメルは深い茶色。

 キッシュは焼き色がきれいで、卵とバターの匂いが立ってる。

「……ええ顔してる」  まつが真顔で言う。

「プリンに“顔”あるん?」 「ある。料理は見た瞬間にわかる時ある」 「出た、料理人の勘」

 寧々が一口、プリンをすくう。

「……んんんっ!」 「うるさ」 「いや待って、これめっちゃうまい!」 「ほんまやな」

 まつも食べて、静かに目を細めた。

「卵の味ちゃんとする。牛乳でごまかしてへん」 「固さええわあ。最近やわらかすぎるの多いやん」 「固めプリンは、火の入れ方ミスったらすぐス入るからな。これは上手い」 「出た、うんちく」 「事実や」

 寧々はカフェラテを飲んで、ふうっと息をつく。

「生き返る……」 「女子高生、すぐ生き返るな」 「しゃあないやん。中間テストで脳みそ焦げてたんやし」 「頭から煙出てる言うてたもんな」 「うん。今日は鎮火の日」

 キッシュを切りながら、寧々がぽつりと言う。

「なあ、まつ」 「ん?」 「うちさ、竜子さんのこと、嫌いやないねん」 「知ってる」

 寧々は少しだけ、窓の外を見た。

「きれいやし、頭ええし、落ち着いてるし、秀吉のこと気になってる感じもあるし。……そら、もやるで?」 「うん」 「でも、よう考えたら、あの人ええ子やねん」 「せやな」

 まつはコーヒーをひと口飲む。

 苦い。

 でも、その苦さがちょうどいい。

「恋のライバル兼友達って、字面だけで胃もたれしそうやな」 「する。けど、現実やし」 「高校ってそういう時期やな」 「急に達観すな」

 寧々はプリンをもう一口食べて、急に笑った。

「でもな」 「ん?」 「負けても、負けても、うちは負けヒロインにはならへん」

 まつが吹きそうになる。

「急に看板背負い出したな」 「背負うで」

 寧々は、スプーンを持ったまま胸を張った。

「竜子さんに負けても、いちさんに負けても、うちは負けへん」 「いや、いちさんまで入れるん」 「入るやろ。あの人、別格やけど美人ランキング殿堂入りやで? なんかもう神棚やん」 「わかるけど、恋愛戦線に並べるんかは知らん」 「知らんけど」

 寧々は、そこで一回区切って、にやっと笑った。

「でもな。結局、秀吉は最後にうちに帰ってくるねん」 「どこから帰ってくるん」 「知らん」 「知らんのかい」

 ツッコミながらも、まつは笑ってしまう。

「あと、秀吉が天下とるには寧々が必要や」 「何の天下」 「人生の天下」 「でかいな」 「うち、内助の功やし」 「まだ付き合ってもないやろ」

 寧々はしれっと言う。

「気持ちの上では、だいぶ正妻」 「やば」 「でも“知らんけど”つけたからセーフ」 「関西人の免罪符みたいに使うな」

 二人で声を上げて笑う。

 少し落ち着いてから、まつがキッシュを食べながら言う。

「でも寧々、そういうとこ強いよな」 「どこ」 「折れへんとこ」 「折れてる時もあるで?」 「あるやろな」 「夜とか、一人になったら、普通に“むりー”ってなる」 「知ってる」 「でも、次の日なったらまた好きやねん」 「それはもう病気や」 「恋や!」

 寧々が即言い返す。

 その速さが、もう全部を物語ってる。

「まつはええよなあ。利家と安定してて」 「安定は努力やで」 「出た、名言っぽいやつ」 「ほんまや。飯も睡眠も会話も、結局は積み重ね」 「恋も?」 「恋もやろな」

 寧々はちょっとだけ真面目な顔になった。

「うち、たぶん“好き”だけで走ってる」 「最初はそれでええんちゃう」 「ほんま?」 「うん。最初から全部整ってる恋なんて、だいたい物語にならへんし」

 寧々は目を丸くする。

「まつ、たまに作家みたいなこと言うな」 「料理人やけど」 「関係ある?」 「ある。味も恋も、途中経過がおもろい」

 その言い方に、寧々は少しだけ嬉しそうに笑った。

「ほな、うち、まだ途中経過でええんやな」 「ええやろ」 「竜子さんも、いちさんも、おるけど?」 「おるな」 「それでも?」 「それでも」

 まつは、コーヒーカップを置いた。

「寧々は寧々や。竜子は竜子。いちはいちさんや」 「雑」 「でも本質」 「まあ……せやな」

 店の外は、夕方から夜に変わり始めていた。

 中京区の空気が少しだけひんやりして、ガラス窓に街の灯りが映る。

 寧々は包んでもらうカヌレを見て、ふにゃっと笑った。

「これ、秀吉喜ぶかな」 「喜ぶやろ」 「ほんま?」 「甘いもんやし」 「理由が雑!」

 まつも自分の紙袋を見る。

「さくらとうめも喜ぶやろな」 「絶対喜ぶ。姉ちゃんの持って帰る土産、あの二人めっちゃ楽しみにしてるやん」 「家で一番まともな土産担当やし」 「お父ちゃんとお母ちゃんは?」 「父ちゃんは酒、母ちゃんは情報」 「わかる」

 会計を済ませて、二人は店を出た。

 夕方五時半を少し過ぎた中京区。

 灯りがつき始めた街の中で、紙袋の中のカヌレがほんのり温かい。

「次、どこ行く?」  寧々が当然みたいに聞く。

「また次も行く前提なんや」 「京都スイーツ制覇!プロジェクトやで?」 「マブダチプロジェクトな」 「せや!」

 寧々が笑って、少しだけ前を向いた。

「うち、負けへんからな」 「誰に」 「恋にも、美人にも、空回りにも」 「戦う相手、多いな」 「青春やし」

 まつは、小さく笑った。

「……せやな」

 プリンの甘さ。

 カラメルの苦さ。

 友達の笑い声と、恋の強がり。

 それだけあったら、

 令和の京都女子高生は、たぶん明日もちゃんと前を向ける。

 負けても、まだ終わりやない。

 終わらへん限り、負けヒロインにはならへん。

 ――寧々は、ほんまにそういう女やった。

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