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一乗寺ラーメン戦線異常あり! 前田家と前田家のラーメン戦争! まつと利家の、恋と麺  作者: イサクララツカ


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16/25

第16話 午後二時、一乗寺――ラーメン仙人が座るだけで客が増える

 開店から三時間。

 時計は14:00。

 普通の店なら、そろそろ昼営業が落ち着く時間。

 ……やのに。

 ラーメン屋カブキモノの外には、まだ行列。

 途切れへん。

 むしろ、列が生き物みたいに伸び縮みしてる。

「……一乗寺、こわ」

 まつが暖簾の内側で呟くと、うめが元気に返す。

「こわない!楽しい!」

「小六の感想、強い」

「姉ちゃん、列は正義やで!」

「正義を簡単に言うな」

 さくらはオーダー表を抱えたまま、冷静に言った。

「姉ちゃん、今日、回転落としたら死ぬやつやで」

「知ってる」

「知ってる顔が一番怖い」

 たけ子は笑いながら伝票をさばき、慶三は寸胴の前で一切笑わずラーメンを作り続ける。

 厨房とホールの間で、まつだけが“人間の脳”をやってる感じや。

 そんな中――

 カウンターの端、橋みたいな席に、まだ座っている男がいた。

 瓶ビール。

 餃子。

 姿勢、微動だにせん。

 吉岡爺さん。

 一乗寺の職人界隈では有名な、

“座ってるだけで客が増えて売上が上がる”と言われる存在。

 通称――ラーメン仙人。

「……まだおったんかい」

 まつが小声で言う。

 吉岡爺さんは、ゆっくり目だけ動かした。

「おる」

「短っ」

 まつがツッコむと、さくらが囁く。

「姉ちゃん、あの人な。ほんまに座ってるだけで人呼ぶねん。

 『吉岡さんおる=今日は当たり』って噂がある」

「え、そんなマーケティングある?」

「ある。一乗寺やし」

 またそれや。便利すぎる言葉。

 さらに、店の外の行列に、観光客が混じってる。

 外国人も、スマホ片手にワクワクしてる。

「What’s that old man?」

「Ramen master?」

「Sensei!」

 やめて、仙人が照れる……いや、照れへんか。

 照れへん顔してるもんな。

 まつは、ふっと息を吐いた。

(この人の舌、信じられる。

 てか、信じた方が店が強なる)

 厨房の片隅。

 まつは炒飯鍋を取った。

「父ちゃん」

「……なんや」

 慶三、声だけ返す。手は止まらん。

「吉岡さんに、一つ出す」

 慶三は一拍置いて、ぼそっと。

「……ええ判断や」

 許可、出た。

 まつはニンニクを刻む。

 刻む量が、すでに普通じゃない。

「姉ちゃん、今日ニンニク祭り?」

 うめが覗き込む。

「祭りちゃう、儀式や」

 まつの目が真剣や。

 焦がしニンニクを油で立たせる。

 香りが、厨房の空気を支配する。

「うわ、匂いで腹減る」

 さくらが言う。

「匂いは最高の宣伝」

 黒炒飯の“黒”は、ただ醤油を濃くするんちゃう。

 焦がしを作る。

 火に当てて、香りを立てて、ギリギリで止める。

 そこへ――

 焦がしニンニク油。

 刻みニンニク。

 すりおろしニンニク。

「……トリプルいってへん?」

 さくらが引く。

「トリプルちゃう」

 まつがさらっと言う。

「ダブルトリプルや」

「意味わからん!」

「意味は香りとパンチや!」

 まつは仕上げに、もう一回だけ焦がしを入れた。

 黒、完成。

 ――ニンニク黒チャーハン。

 裏の裏に使う、試作品。

 客に出す用やない。

 仙人の舌にだけ出すやつ。

 まつは皿を持って、吉岡爺さんの前に置いた。

「……サービス。食べて」

 吉岡爺さんは、皿を見た。

 目だけで、全部を読む。

「ほう」

 ほう、が出た。

 それだけで、店内が少し緊張する。

 吉岡爺さんが一口。

 ゆっくり噛む。

 飲み込む。

 そして――

「……裏に使うやつやな」

 まつは、ちょっとだけ嬉しいのに、顔に出さへん。

「分かる?」

「分かる」

 短い。

「焦がしニンニク油。刻み。すりおろし」

「……はい」

「ダブルトリプル。やりすぎや」

「やりすぎ言うな!」

 まつが即ツッコミ。

「評価はどっち!?」

 吉岡爺さんは、もう一口食べてから言う。

「……ええ。

 ただし出す時は、客を選べ。胃袋が泣く」

「泣くのは爆弾の時だけにして!」

「知らん」

 まつが頭を抱えそうになる。

 そのやり取りを見た周りの客が、ザワつき始めた。

「なんやあれ?」

「裏の裏?」

「おもて?」

「裏のおもてなし……?」

 誰かが言う。

「裏のおもてなしって何語感」

「京都語やろ」

「知らんけど」

 海外観光客が、楽しそうに声を上げる。

「URA!」

「Ura! Ura!」

 やめて、裏を掛け声にする文化、京都にない。

 でも楽しいなら、まあええか。

 たけ子がホールで笑いながら言う。

「うちは水も出しますけど、お茶も出します。

 裏も表も、よう冷やして帰ってな」

「たけ子さん、うまいこと言うた!」

 常連が拍手しそうな勢い。

 慶三は厨房で、相変わらずラーメンを作っている。

 でも口元が、ほんの少しだけ緩んでた。

 まつは、行列を見た。

 確かに増えてる。

 吉岡爺さんがそこに座って、

黒いチャーハンを食べた――ただそれだけで。

(仙人、強すぎ)

 まつはエプロンの紐を結び直す。

「……よし。裏の裏は、まだ寝かす。

 でも、来週の勝負の日には――」

 さくらが即座に止める。

「姉ちゃん、今それ言うたら、客が増える」

「もう増えてる」

「じゃあ黙っとこ」

 うめが元気に言う。

「うめ、裏って言うたら客増えるの覚えた!」

「覚えんでええ!」

 午後二時。

 一乗寺ラーメン戦争、今日も通常運転。

 そしてカブキモノは、

“表のラーメン”だけやなく、

“裏の物語”で、また一段、列を伸ばしてしまった。

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