表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一乗寺ラーメン戦線異常あり! 前田家と前田家のラーメン戦争! まつと利家の、恋と麺  作者: イサクララツカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

第15話 一乗寺、昼一時――“◎”が点いた瞬間、行列が生き物になる


 開店から二時間。

 ラーメン屋カブキモノは、すでに一回戦を終えてるはずやった。

 ――普通の店なら。

 ところが一乗寺は、そうはいかん。

 時計が13:00を回っても、店の外の行列は途切れへん。

 昼ピークが終わるどころか、むしろ増えてる。

「……なんで増えるん」

 まつが暖簾の内側から覗いて、思わず口に出した。

「一乗寺やし」

 さくら(伏見中1)が即答。

 最近この子、答えが雑になってきた。京都力が上がってる証拠や。

「その返し、便利すぎひん?」

「便利やで。だいたい正解やし」

 うめ(附属小6)が水を運びながら、ドヤ顔する。

「うめも分かるで。人間はな、並ぶのが好きなんや」

「人間観が早熟すぎる」

「姉ちゃん、うめ天才やから」

「盛るな」

 ホールでは、たけ子が伝票を回し、さくらがオーダーを取り、うめが水と箸を配る。

 厨房では慶三が寸胴と会話せずに会話してる。

 まつは、その間を縫って回転を整える。

 今日のまつ限定日替わり25杯は、もう終わった。

 札も下げた。

 せやのに、店には海外観光客も入ってくる。

「Hello! Ramen!」

 外国の人が笑うと、さくらも笑う。

「いらっしゃいませ!オッケーです!」

「英語、雑」

「気持ちやろ!」

 京都は気持ちで通じる。

 ほんまに通じるのが怖い。

 そして――カブキモノの“お冷や”は、水だけやない。

 プアール茶。

 透明な香り、脂を切る後味。

 慶三が福岡で修行してた頃に覚えた“おもてなし”や。

「Water…?」

 観光客が首を傾げると、うめが間髪入れずに言う。

「お茶やで!脂、流れるで!すごいで!」

「小学生の説明が強い」

 まつがツッコむ。

 慶三は厨房からぼそっと。

「……プアール茶は、胃が楽になる」

「父ちゃん、急に喋った!」

 うめが驚く。

「喋る時はだいたい正しい」

 まつが言うと、さくらが笑った。

 店の端、瓶ビールを前にした常連のおっちゃんが、しょんぼりしている。

 餃子はある。ビールもある。

 でも――欲しかったのは、さっき終わった限定。

「……まつちゃんの限定、もう終わったんか」

「終わった」

 まつ、容赦ない。

 京都は早い者勝ちや。

 おっちゃんは餃子をかじりながら、たけ子に顔を寄せる。

「なあ、たけ子さん」

「なにー」

「今月の爆弾、いつや?」

 その瞬間、常連たちの耳がピクッと動いた。

 一般客は「爆弾?」って顔。

 海外観光客は「Bomb…?」って不安そう。

「爆弾て、やばいやつですか?」

 観光客が恐る恐る聞くと、おっちゃんがニヤリ。

「やばい。胃袋が泣くやつ」

「泣く!?」

「泣くけど、幸せや」

 意味分からん会話が成立してる。

 これが一乗寺の怖さ。

 たけ子は、平然とレジ横のカレンダーを指差した。

「来週土曜日や。ほら、ここに◎あるやろ」

「◎?」

 常連が身を乗り出す。

「あれな」

 たけ子が笑って、さらっと言う。

「私の毎月の誕生日や」

「毎月誕生日って何!!」

 まつが厨房から飛んでくる勢いでツッコんだ。

「気分や気分。月一の“お祭り”」

「お祭り言うて済ませるな!」

 常連のおっちゃんが瓶ビールを掲げる。

「ほな爆弾確定やな!」

「爆弾言うな!」

「ええやん爆弾!最高やん!」

 店内がざわつく。

 一般客も「え、なにそれ」って顔しながら、妙に楽しそう。

 海外観光客は「Event!?」と言いながらスマホを構え始める。

 撮るな、まだ何も始まってへん。

 慶三は厨房で、ラーメンを作りながら笑ってる。

 笑ってる慶三はレアや。

 つまり――面倒なことが起きる前兆。

(あかん)

 まつの背筋に、いやな予感が走った。

 案の定。

 たけ子が、まつにだけ聞こえる声で言う。

「まつ」

「……なに」

「来週土曜な」

「うん」

「おかあちゃんの特製50杯と、娘の限定25杯――勝負の日や」

「……は?」

 まつの声が裏返る。

「勝負って、何と何の勝負」

「盛り上がり」

「売り切り速度」

「客の胃袋の落ち方」

「やめて、単語が全部怖い!」

 そこへ常連のおっちゃんが割り込む。

「ほな決まりや!朝から並ぶわ!」

「並ぶな!」

「並ぶ!!」

「意志が固いな!」

「一乗寺やぞ!!」

 さくらが横で呟く。

「……来週、うち、オーダー速度上げなあかんやつや」

「上げんでええ。落ち着いてや」

「無理や。◎が点いたら皆、目が変わる」

 うめは目をキラキラさせている。

「姉ちゃん、勝負ってことは、うめも勝つ?」

「勝つのは店や。うめは水運べ」

「任せて!」

 店内の空気が、じわっと熱くなる。

 爆弾、という単語が人を釣る。

 京都人の“意味深”は、胃袋を動かす。

「なあ、まつちゃん」

 常連のおっちゃんがニヤニヤ。

「来週の25杯、何出すん?」

「まだ決めてへん」

「それが一番そそるわぁ」

「そそるな!」

 まつは頭を抱えそうになりながら、エプロンの紐を結び直した。

(あかん。来週、地獄)

 でも――

 それと同時に、胸の奥が少しだけ熱い。

 家族で回す店。

 常連が支える空気。

 観光客が混ざる今の一乗寺。

 戦争みたいで、生活で、

 笑えて、怖くて、

 それでも前へ進む。

 慶三が、厨房からぽつりと言う。

「……まつ。負けるなよ」

「負けへんけど、勝ち方が分からんわ!」

 たけ子が笑う。

「勝ち方?簡単や。

 出したもんが、うまかったら勝ち」

「それが一番重いねん!」

 店の外。

 行列はまだ伸びている。

 一乗寺ラーメン戦争、今日も通常運転。

 せやけど――

 カレンダーの◎が点いた瞬間から、

次の戦争は、もう始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ