第12話 五月、金曜、四条河原町――抹茶で鎮火、うちらは生き返る
五月の金曜日。
中間テスト、ぜんぶ終わった日。
四条河原町は、いつもどおり人が多い。
観光客、修学旅行生、仕事終わりの大人、買い物の家族。
その中に、制服の女子高生二人が混ざると――京都は急に“日常”になる。
「……終わったぁぁぁぁ」
寧々が、四条通のど真ん中でふにゃっと声を出した。
「声。河原町に吸われる前に回収して」
まつが即ツッコミ。
「無理。うち今、脳みそ焦げてる」
「焦げた脳みそでよく歩けるな」
「歩ける。甘味に引っ張られてる」
利家は部活。
秀吉はリハビリのあと自習らしい。
つまり今日は、女子二人だけの自由時間。
「聞いて。今日、うち頭から煙出てるから」
「比喩な?」
「比喩やけどガチ」
「どっちやねん」
寧々がスマホを掲げる。画面には――
『クレープ にじ:究極の抹茶クレープ』
「これで鎮火する」
「火事場に抹茶投げて消えるか?」
「消える。抹茶は強い」
「信仰やん」
二人は笑いながら、店へ向かった。
角を曲がると、もう列が見える。
“にじ”の前には、ずらーっと行列。
観光客が写真撮ってる。常連らしき女子大生が手慣れた顔で並んでる。
外国の人も「MATCHA!」って言うてる。
「……え、並びすぎ」
「通常運転」
「河原町の通常運転、地獄」
「でも並ぶ価値あるから、みんな並んでんねん」
寧々は列にスッと入る。
迷いゼロ。
この子、ほんま甘味の時だけ判断が早い。
「ねえ、まつ」
「なに」
「今日のテスト、数学さ――」
「爆発した?」
「爆発した」
「どっちの意味」
「悪い方」
「知ってた」
まつ、容赦ない。
「まつは?」
「燃え尽きた」
「それも悪い方?」
「悪い方」
「仲間!」
寧々が肩をぶつけてくる。軽い。
でも、その軽さが救いでもある。
「てかさ、利家部活ってほんま体力バケモンやな」
「スポーツ科やし。午後ずっとやろ」
「そんで夜、こってり行くんやろ?」
「行く」
「やっぱバケモン」
「バケモンを支えるのが、うちの仕事」
「ドヤァ」
「ドヤるな」
「ドヤる」
列が進み、ようやく注文の番。
「ご注文どうぞー」
寧々、即。
「究極の抹茶クレープ!白玉増し!あと抹茶濃いめいけます?」
「濃いめできますよー」
「勝った」
「何に」
「人生に」
まつも同じものを頼む。
寧々が横でニヤつく。
「まつも結局、抹茶よな」
「今日は鎮火日」
「ほんまそれ。うち、今、頭の中ヤバい」
「テスト終わった直後の女子高生、だいたいヤバい」
受け取ったクレープは、緑が深い。
抹茶クリーム、抹茶アイス、あんこ、白玉。
見た目だけで“効く”。
「……見て。色、勝ってる」
「勝ってるって何」
「抹茶の勝ち」
二人で一口。
「……っっ」
寧々が目を見開いた。
「え、なにこれ。抹茶が刺さる」
「苦みが生きてる」
「生きてる抹茶って何」
「新しい粉使ってる。香りが立ってる」
まつのうんちくが始まる。
「抹茶はな、空気と光で落ちる。
せやから店の回転が早いと、味が安定すんねん。行列は正義」
「行列を肯定する女」
「京都で生きるには必要な思考」
「こわ」
寧々が、もぐもぐしながら突然言う。
「なあ、まつ。うちさ」
「ん?」
「テスト期間って、余計なこと考えへん?」
「考える」
まつは即答した。
「うち、秀吉のこと考えすぎて、頭さらに焦げる」
「通常運転やな」
「うるさい」
寧々は笑いながら、でも目が少しだけ揺れる。
「なんかさ……うちだけ必死で、相手は通常運転って、しんどない?」
「しんどい」
「やろ?」
「でも寧々、それでも好きなんやろ」
「……好き」
抹茶の苦みが、口の中に残る。
甘いのに、最後はちゃんと苦い。
「恋も抹茶やな」
まつがぼそっと言う。
「急に詩人」
「苦みがないと、甘さが死ぬ」
「それ、誰の名言」
「うちの胃袋の名言」
寧々が吹き出した。
「ほんまにまつって、なんでも身体に落とすよな」
「現実主義や」
「そのくせ、利家のことは甘やかしてる」
「管理してるだけ」
「それを世間は甘やかしって言うねん」
四条大橋が見えてくる。
鴨川の風が、抹茶の香りを少しだけ薄める。
観光客が写真を撮って、修学旅行生が騒いで、
京都の夕方はいつも忙しい。
「……でもさ」
寧々がクレープの最後をかじって言う。
「こうやって食べてたら、ちょっと落ち着く」
「糖と、抹茶のカフェインやな」
「ロマン返せ」
「返さへん」
二人、笑う。
「次どこ行く?」
寧々が目を輝かせる。
「え、まだ行く気?」
「京都女子の甘味制覇やで?御朱印巡りみたいに、スタンプ集めるやつ」
「それただの食べ歩きや」
「正解!」
まつはため息をつきつつ、ちょっとだけ嬉しそうに言った。
「ほな、次は鴨川沿いのあそこ。
歩いて消化しよ」
「歩くのもセットなんや」
「当たり前。甘味は“摂取”と“調整”セット」
「出た、管理栄養士」
寧々が空を見上げる。
「……煙、消えたわ」
「よかったな」
「また明日、燃えるけど」
「燃える前に食うな」
五月の金曜日。
抹茶で鎮火して、笑って、また明日を迎える。
それが、令和の京都女子高生の、いちばんリアルな回復やった。




