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最後の乗客

作者: 一条あかり

#最後の乗客


第1章 深夜の終電


俺の名前は田中大介。28歳のサラリーマンだ。


IT企業で働く俺の日常は、終電との戦いの連続だった。

毎日深夜まで残業し、最終電車に飛び乗って帰宅する。

そんな生活がもう三年も続いている。


今夜もまた、時計が23時55分を指す中、俺は駅のホームを走っていた。


「間に合った...」


滑り込むように電車に乗り込む。深夜0時2分発の終電だった。

平日の深夜ということもあり、車内にはほとんど人がいない。


俺は車両の中ほどの席に座り、疲れた体を預けた。

スマートフォンを取り出し、明日の予定を確認する。また朝から会議や仕事が詰まっている。


電車は静かに走り続けた。途中の駅で数人の乗客が降りていく。

酔っ払いのサラリーマン、夜勤明けらしい看護師、コンビニ帰りの学生...


そして、俺の降車駅である「桜台駅」の一つ手前で、最後の乗客が降りた。


車内には俺一人だけが残った。


電車は桜台駅に向かって走り続ける。

あと3分ほどで到着する予定だった。

俺は窓の外を流れる夜景を眺めながら、今日の仕事を振り返っていた。


やがて電車が減速し始める。桜台駅に到着だ。


「桜台、桜台です。お降りの方はいませんか」


車掌のアナウンスが響く。

俺は席を立ち、ドアの前に向かった。


電車が完全に停車し、ドアが開く。

俺は改札に向かって歩き始めた時、妙なことに気がついた。


改札を通る時、自動改札機のディスプレイに表示された数字。


「降車人数:2名」


俺は振り返った。

でも、俺以外に誰もいない。確かに俺一人しか降りていない。


(機械の故障かな?)


そう思って、俺は家路についた。


第2章 繰り返される謎


翌日も、またその翌日も、俺の終電生活は続いた。


そして、三日後の夜。また同じことが起こった。


今夜も俺は終電に乗り込んだ。

途中の駅で乗客が降りていき、桜台駅の手前で最後の乗客が降りる。

車内には俺一人だけが残った。


桜台駅で降りる時、改札機のディスプレイを確認する。


「降車人数:2名」


また同じ表示だった。でも、やはり俺以外に誰も降りていない。


(おかしいな...)


俺は駅員に声をかけた。


「すみません、改札機の表示がおかしいみたいなんですが」


「どのような不具合でしょうか?」


「降車人数が2名と表示されているんですが、実際は僕一人しか降りていません」


駅員は困惑した表情を見せた。


「申し訳ございません。機械の点検をさせていただきます」


でも、翌日も同じことが起こった。そして、その翌日も。


一週間が経った頃、俺は確信した。

これは機械の故障ではない。何か別の原因があるのだ。


第3章 観察の始まり


俺は意識的に周囲を観察するようになった。


終電に乗り込む時から、車内の様子を詳しく見回す。

乗客の数、座席の位置、荷物の有無...すべてをチェックした。


そして、桜台駅の手前で最後の乗客が降りた後、俺は車内を歩き回って確認した。

座席の下、荷物棚、トイレの個室...隠れることができそうな場所をすべて調べた。


でも、誰もいない。確実に俺一人だった。


それなのに、桜台駅で降りる時の改札機の表示は必ず「降車人数:2名」だった。


(いったい何が起こっているんだ?)


俺は不安になって、駅の監視カメラの映像を見せてもらえないか駅員に相談したが、「個人情報保護の観点から難しい」と断られた。


そこで俺は、自分なりに調査を始めることにした。


第4章 手がかりの断片


俺はスマートフォンで車内の様子を動画撮影することにした。


終電に乗り込んでから桜台駅に到着するまでの約15分間、できる限り車内を撮影し続けた。


家に帰ってから動画を確認する。

車内には確かに俺一人しかいない。他に人影は映っていない。


でも、改札機の表示は「降車人数:2名」のままだった。


(録画に映らない何かがあるのか?)


俺は別のアプローチを試してみることにした。

車内で意識的に周囲に話しかけてみるのだ。


「もし誰かいるなら、返事してください」


静寂が続く。


「何か伝えたいことがあるなら、サインを送ってください」


やはり何も起こらない。


でも、ある夜、奇妙なことが起こった。


俺が車内で呟いていると、座席の一つがわずかに沈んだような気がしたのだ。

まるで誰かが座ったかのように。


俺は慎重にその座席に近づいた。でも、そこには誰もいない。

座席を触ってみたが、特に変わったところはなかった。


(気のせいかもしれない...)


でも、その日の改札機の表示も、やはり「降車人数:2名」だった。


第5章 真実への接近


俺は図書館で電車に関する超常現象について調べてみた。


古い新聞記事や雑誌に、いくつかの似たような話が載っていた。

「姿の見えない乗客」「幽霊電車」「消える乗客」...


でも、どれも俺の体験とは微妙に違っていた。

俺の場合、何かが増えているのだ。

見えない乗客が一人、俺と一緒に電車に乗っているのだ。


ある記事に、興味深い内容が書かれていた。


「電車事故で亡くなった乗客が、同じ路線を毎晩利用し続ける」


俺は桜台駅周辺で過去に電車事故があったかどうか調べてみた。


図書館の古い新聞記事を漁っていると、10年前の記事を見つけた。


「桜台駅構内で人身事故 会社員男性が死亡」


記事によると、深夜に桜台駅のホームで男性が線路に転落し、

進入してきた電車に轢かれて死亡したという。

男性は28歳の会社員で、残業帰りだったとされている。


年齢も職業も、俺と同じだった。


第6章 見えない同行者


記事を読んだ翌日の夜、俺は改めて終電に乗り込んだ。


今度は、その見えない乗客に対して話しかけてみることにした。


「君も残業帰りなのか?」


静寂が続く。


「毎晩同じ電車に乗ってるんだね」


やはり返事はない。

でも、なぜか車内の雰囲気が少し変わったような気がした。


「10年前の事故のことを最近知った。君は...」


その時、電車の照明が一瞬点滅した。

偶然かもしれないが、俺には何かのサインのように思えた。


「もし君がその時の男性なら、なぜ毎晩この電車に乗り続けているんだ?」


照明が再び点滅する。今度は確信した。

これは偶然ではない。


「何か伝えたいことがあるのか?」


車内に冷たい風が吹いたような気がした。

今は冬で冷房は動いていないのに。


俺は続けた。


「もし話すことができるなら、何でもいいからサインを送ってくれ」


その時、俺のスマートフォンの画面が勝手に点灯した。

メッセージアプリが開かれ、文字が入力され始める。


『毎晩、家に帰ろうとしている』


俺は息を呑んだ。


『でも、たどり着けない』


『君と同じように、終電で帰宅しようとしている』


『でも、桜台駅で降りても、帰り道がわからないんだ。』


俺は理解した。この見えない乗客は、10年前に事故で亡くなった男性の霊なのだ。

彼は毎晩、家に帰ろうとして終電に乗り続けているが、帰り道を思い出せずにいるのだ。


第7章 最後の手助け


『どうすれば君は家に帰れるんだ?』


俺はスマートフォンに向かって話しかけた。


『分からない』


『ただ、毎晩同じことを繰り返している』


『君が来るまで、ずっと一人だった』


俺は深く考えた。

もしかすると、この男性の霊は俺の助けを求めているのかもしれない。


『君の家はどこにある?』


『桜台駅から徒歩10分』


『マンション・グリーンヒル』


俺はそのマンション名を知っていた。

駅の近くにある古いマンションだ。


『一緒に行ってみるか?』


『本当に?』


『ああ、俺も同じ方向だし』


桜台駅に到着した。俺は改札を通る時、改札機のディスプレイを確認した。


「降車人数:2名」


今夜も同じ表示だった。でも、今度は理由が分かっている。


俺は駅を出て、マンション・グリーンヒルに向かった。

歩きながら、スマートフォンで彼と会話を続けた。


『懐かしい道だ』


『10年ぶりに歩いている』


『ありがとう』


マンションに到着した。古い建物で、少し薄暗い。


『ここが君の家か?』


『そうだ』


『3階の305号室』


俺はマンションの入り口で立ち止まった。


『ここからは君一人で大丈夫か?』


『分からない』


『でも、やってみる』


『本当にありがとう』


スマートフォンの画面が暗くなった。

そして、なぜか急に周囲が静かになったような気がした。


俺は自分のアパートに向かって歩き始めた。


第8章 真相の発覚


翌日の夜、俺は恐る恐る終電に乗り込んだ。


車内には相変わらず数人の乗客がいたが、途中の駅で降りていく。

そして、桜台駅の手前で最後の乗客が降りた。


車内には俺一人だけが残った。


俺は周囲を見回した。あの見えない乗客はいるのだろうか?


桜台駅に到着し、俺は電車を降りた。

改札機のディスプレイを確認する。


「降車人数:1名」


初めて、正しい表示が出た。


俺は安堵の気持ちと、少しの寂しさを感じた。

あの男性の霊は、無事に家にたどり着くことができたのだ。


でも、次の日の夜、俺は驚くべき事実を知ることになった。


会社の同僚と飲みに行った時、偶然その話題になったのだ。


「田中って、桜台駅だっけ?あそこって10年前に事故があったよな」


「ああ、人身事故だっけ?」


「そう。でも、変な話があるんだよ」


同僚は声を潜めて続けた。


「実は俺の友達がその現場にいたんだけど、事故で亡くなったのは二人だったって言うんだ」


「二人?」


「でも、新聞には一人としか報道されなかった。もう一人は...」


俺は背筋に寒いものを感じた。


「もう一人は?」


「身元不明だったらしい。でも、同じように残業帰りの会社員だったって」


俺は急いで図書館に向かい、当時の新聞記事をもう一度詳しく調べた。


そして、小さな記事を見つけた。


「桜台駅人身事故 もう一人の被害者は身元不明」


記事によると、確かにもう一人の男性が事故に巻き込まれていたが、

身元が分からず、報道は控えられていたという。


その男性の特徴は「28歳前後、会社員風、残業帰りと思われる」と書かれていた。


俺は震え上がった。


第9章 もう一つの真実


その夜、俺は再び終電に乗り込んだ。


今度は違った視点で考えてみた。もしかすると...


桜台駅に到着し、俺は電車を降りた。

改札機のディスプレイを確認する。


「降車人数:2名」


また2名の表示に戻っていた。


俺は急いで駅の事務室に向かった。


「すみません、改札機の記録を確認していただけませんか?」


「どのような件でしょうか?」


「降車人数の記録です。毎晩僕が降りる時の記録を」


駅員は困惑しながらも、コンピューターで記録を確認してくれた。


「えーっと、本日0時15分の桜台駅降車記録は...」


駅員の顔が青ざめた。


「お客様、これは...」


「何ですか?」


「記録上、降車人数は1名となっています」


「でも、改札機の表示は2名でした」


「それが...改札機の表示記録も確認したのですが、1名としか記録されていません」


俺は混乱した。

改札機の表示は確かに2名だったのに、記録上は1名になっている。


「もしかすると、お客様の見間違いでは...」


その時、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。


もしかすると、俺が見ている「降車人数:2名」の表示自体が、幻覚なのかもしれない。


第10章 最後の真実


俺は慎重に事実を整理してみた。


10年前の桜台駅の事故で、二人の男性が亡くなった。

一人は身元が判明し、新聞にも報道された。

もう一人は身元不明で、報道されなかった。


そして、俺が毎晩体験している不可解な現象。


改札機の表示は俺にだけ「2名」と見えるが、実際の記録は「1名」になっている。


俺は恐ろしい可能性に思い当たった。


もしかすると、俺自身が...


その夜、俺は家に帰ってから鏡を見つめた。


鏡に映る俺の顔は、確かにそこにある。

でも、何かが違うような気がした。


俺は会社の同僚に電話をかけてみた。


「田中です。明日の会議の件で...」


「田中?田中って誰だ?」


「田中大介です。同じ部署の」


「田中大介?そんな名前の人はうちの部署にいないぞ」


電話が切れた。


俺は震え上がった。会社の人事部に電話をかけてみた。


「田中大介という社員はいますか?」


「少々お待ちください。調べてみます」


しばらく待った後、返事が来た。


「申し訳ございませんが、田中大介という名前の社員は在籍しておりません」


俺は自分のアパートの契約書を確認した。でも、どこにも俺の名前は書かれていない。


まるで俺という存在が、この世界から消えてしまったかのようだった。


エピローグ 真実の受容


俺は図書館に向かい、10年前の事故記事をもう一度詳しく調べた。


そして、身元不明の男性についての詳細な記事を見つけた。


「事故で亡くなった身元不明の男性は、推定年齢28歳。

IT企業の社員と思われるIDカードを所持していたが、

なぜかどこの記録にもその人物は存在しなかった」


俺は記事を読み続けた。


「男性は毎晩終電を利用して帰宅していたとみられ、事故当日も深夜まで残業していた形跡がある」


すべてが一致した。すべてを思い出した。


俺は、10年前に桜台駅で事故死した身元不明の男性だったのだ。


この10年間、俺は毎晩終電に乗り、家に帰ろうとしていた。

でも、実際には死んでいるので、現実の世界には存在していない。


改札機に「降車人数:2名」と表示されるのは、俺ともう一人の男性の霊、二人が一緒に電車を利用していたからだった。


そして、俺が彼を家まで送り届けた時、彼は成仏することができた。


でも、俺はまだこの世界に留まっている。


なぜなら、俺にはまだ理解していないことがあったからだ。


俺は桜台駅のホームに立った。

深夜の静寂の中で、俺は自分の死と向き合った。


10年前のあの夜、俺は終電で帰宅しようとしていた。

でも、ホームで足を滑らせ、線路に転落した。そして、進入してきた電車に...


俺は事故の瞬間を思い出した。その時、俺は一人じゃなかった。

同じように終電を待っていた男性がいた。


俺が転落した時、彼も巻き込まれてしまったのだ。


俺は彼に謝りたかった。

そして、一緒に天国に行きたかった。


でも、彼はもう先に旅立ってしまった。


俺は一人でこの世界に残されている。


それでも、俺はもう迷わない。

毎晩終電に乗り続ける必要もない。


俺は桜台駅のベンチに座り、静かに朝が来るのを待った。


やがて空が白み始め、最初の電車がホームに入ってきた。


俺は立ち上がり、その電車に向かって歩いた。


でも、今度は家に帰るためではない。


本当の旅路に向かうために。


光の中に消えていく俺の姿を、誰も見ることはなかった。


そして、桜台駅の改札機には、もう二度と「降車人数:2名」と表示されることはなくなった。


【完】

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